展覧会『山口みいな・プーカリン・林京平「あの辺の家を眺める」』を鑑賞しての備忘録
OGU MAGにて、2023年1月12日~29日。
日常で擦過する形や動きから線を抽出する山口みいな、景観のエッセンスを標識のように伝える平面や立体を提示するプーカリン、日常で目にする形をアクリル板をカットしたシルエットで表現する林京平の三人展。
山口みいなの映像作品《trajectory of lines》は、青い光が書道のように文字らしき形を描いていく軌跡を見せる。線が伸びて曲る動きは速く、溜める表現は見られない。青い軌跡が生み出される過程に目を奪われ、鑑賞者はその運動の追体験をすることになる。それこそが作品の狙いである。山口みいなの《moss lines [blue:1]》は、ふわふわした青い便座カヴァーが曲がりくねり、断片化したような形状の、青い毛糸による立体作品。タイトルの通り苔をイメージしたもののようだが、緑では苔そのものの表現となるため、青にすることで線を見せようとしたのだろう。《trajectory of lines》の投影した壁に《moss lines [blue:1]》の一部が凭せ掛けられることで、青い苔が青い光に転化していくことが暗示される。静的な苔の作る形が青い光の運動に含まれているのだとしたら、鳥が飛び回り、樹木が枝を伸ばし、店頭の幟が揺れ、自転車が通り過ぎ、アスファルトに罅が入るといった、日常で擦過する様々な動きないし形は、当然《trajectory of lines》の構成要素になり得る。《trajectory of lines》の線の由来へに対する想像力をたくましくさせる働きが、《moss lines [blue:1]》との関係で生まれたのである。他に、どこか生命的な印象を宿すドローイングや、アラビア文字をイメージさせるような線を表わした小さな焼き物(陶板)である「つぶやき」シリーズも展示。
プーカリン《パノラマ展望図/山々》は、青空を背に3つの緩やかな円弧が横に連なる稜線で表わした山並を描いた図案化されたイメージを白い2本の棒で立てることで標識のように立てたものと、その周囲に設置された青緑の園芸支柱(樹脂ポール)を曲げて作ったアーチ3つから構成される立体作品。平板な交通標識は山の存在を喚起する装置であろうか。絵画で描かれる山よりも盛り上がった形のアーチは「標識」の手前から奥へ、会場の床、3段だけの階段脇、壁の背後に立てられている。その配置によって山が奥へと連なっていく状況が印象付けられる。なおかつ山はアーチとして造形されており、際に鑑賞者が通れるほど大きなものではないとしても、潜らせて奥へと誘い込む力を宿している。それは「標識」が平板であるがゆえに、その対照によって効果が増幅されている。他に標識的イメージにより不在の景観を喚起させる《イメージフジ》や見立てにより対象の増幅を試みる《シンクロ八ヶ岳》など山をモティーフとした絵画も展示。
林京平は衣類のシルエットをアクリル板によって造形した「operation」シリーズを展示。《operation [command+C]》と《operation [command+D]》は、グレーの透明のアクリル板で七分袖(?)の服を表わしたものが、壁から浮かせるように吊り下げられている。《operation Ⅱ [command+G]》や《operation Ⅲ [command+G]》では、半袖のTシャツやキャミソールなどの複数の衣服が重ねられたイメージが作られているため、洗濯物が干してある情景を思い浮かべることになる。吊り下げられた洗濯物という人の営みを強く喚起させるイメージは、他方でアクリル板という無機質な素材で作られ、カットによりシャープな印象が強められるとともに、アクリル板の透明さと宙に浮かされる展示によって現実感を殺いでいる。地に足を付けた現実的な生活がスマートフォンその他のディスプレイを介したイメージに置換されていく様を表現しているのかもしれない。
三者とも日常的景観から抽出したイメージによって視覚偏重の現実を浮き立たせることで、却って見えなくなっているものや、身体の存在や運動に対する喚起を促している。