可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ぬけろ、メビウス!!』

映画『ぬけろ、メビウス!!』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
93分。
監督は、加藤慶吾。
脚本は、村上かのん。
撮影監督・編集は、小向英孝。
撮影は、曽根剛。
録音は、黒沢秋と田島幸。
ヘアメイクは、坂手マキと青山志津香。
音楽は、コバケン。

 

朝。櫻川優子(坂ノ上茜)が自室でリキッド・ファンデーションを使って目の下のそばかすを隠している。メイクを終えた優子はキッチンでグラスに水を汲むと、居間のセンターテーブルに置き、ソファで眠る母・久美子(藤田朋子)のブランケットを直してやる。父親の写真の前に置いたおりんを鳴らす。
優子がピンクの軽自動車に乗り込み、郊外の交通量の多くない道路を行く。専門学校を卒業後、上村建設工業に契約社員として勤めて4年が経ち、優子は24歳になった。
おはようございます。優子が社員に挨拶をして職場に入る。隣の席の木下奈月(松原菜野花)が本を読んでいる。優子と奈月とは小学校から高校まで一緒の腐れ縁だ。何の本? 奈月が表紙を見せる。えっ、宅建? 三島部長(棚橋ナッツ)が正社員になるなら取った方がいいって。
奈月に触発された優子が仕事帰りに書店に立ち寄る。宅建士の参考書を手に取ると、3000円もする。優子は古書店に向かい、220円の宅建士の参考書を手に入れる。喫茶店で頁を繰る。溜息が出る。交際相手の佐藤太一(細田善彦)が現れ、何を読んでるのかと尋ねられるが、優子は本を仕舞う。ママのとこ行こう。人の母親のことをママって言わないでよ。タコのおでんが食べたいんだよ。もう、パスタ食べるつもりだったのに。
優子は太一とともに母・久美子の小料理屋へ。カウンターの端には既に出来上がっている常連の水谷(吉岡そんれい)が坐っている。卵と大根と卵ね。笑顔で出迎えた久美子が太一の好みを確認する。太一君にビール、何坐ってんの! 私、客なんだよ。優子がふてくされてビールをグラスに注ぐ。嬉しいねえと太一は喜んでいる。僕は何でも知っているんだよが口癖の水谷は、二人を最初に引き合わせたのは自分なんだと久美子に訴える。皆が乾杯する。
優子が部屋で社労士の本をベッドに横になって読んでいると、紙片が落ちてくる。そこにはジョージの夢が叶いますようにとあった。
職場の休憩室で優子が奈月と2人で昼食を取っている。奈月は優子に太一がいるのが羨ましい。彼氏欲しい、結婚したい、せめて正社員になりたいと奈月は優子に訴える。優子が宅建士の参考書を手に入れたというので、一緒に勉強しようと相談する。
ああしいたあ、はあまあべえを、さまあよおええばあ…。自動車を運転しながら、優子が大きな声で「浜辺の歌」を歌っている。
優子が三島部長に呼ばれ、別室で面談する。ごめんね、忙しい時に。お母さんはお元気かな? お父さん、亡くなってどれくらいになる? 7回忌です。もうそんなになるか。まあ、繁昌して良かったよね。また近々顔を出すって伝えといてもらえる? 話ってそのことですか? 三島部長が黙り込む。
ファミレスに優子と奈月が宅建士の勉強に来ている。奈月は優子が暗い顔をしているのを気にする。太一さんと何かあった? 太一と関係ある? ずっと人間関係安定してて、平和でいいでしょ。夢って何だった? 正社員になって、結婚。そうじゃなくて、もっと大きいやつ、小学生の頃の。看護師かな。優子は? 先生になりたかった。
黙っていた三島部長が優子に言いづらそうに切り出す。契約社員の5年ルールって知ってる?

 

櫻川優子(坂ノ上茜)は、茶の名産地に生まれ育ち、専門学校卒業後、地元の上村建設工業で契約社員として働いて4年、優子は24歳になった。7年前、父が亡くなった後、母・久美子(藤田朋子)は小料理屋を開いた。常連の水谷(吉岡そんれい)の紹介と久美子の強い推しがあって、優子は常連の会社員・佐藤太一(細田善彦)と交際するようになった。男は若い女を選ぶものよと、久美子は優子に太一との結婚を促す。優子は自分の人生を生きているのかと釈然としないものがあり、踏ん切りが付かないでいる。小中高が一緒で短大を出ている親友・木下奈月(松原菜野花)は結婚相手をお膳立てされる優子を羨ましがり、せめて正社員になりたいと宅建士にたるための勉強を始めた。奈月に触発され優子も宅建士の勉強を始めることにする。ところが優子は三島部長(棚橋ナッツ)に呼び出され、「5年ルール」を回避するために契約を打ち切りたいと告げられる。優子は勤務態度に問題がない自分が雇い止めに遭うのは学歴のせいだと、東京の大学に進学を望みながら、母の反対で断念したことを悔やむ。優子は先生になるという子供の頃の夢を叶える決心をする。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

大学に行くと宣言する優子に、母親の久美子は稽古事が続かない娘が思いつきで言い始めたと相手にしない。久美子はこれといってやりたいことがないなら、結婚するチャンスをものにするのが幸せだと考えている。優子は久美子の提案を「結局全部受け容れて」きたのだ。
だからこそ優子は、母親の「言うこ」とを聞くだけの娘から変わりたいと願い、「優子」という名前を嫌う。母親にあれこれ「言うな」と、運命的な出会いを果たすエリート・青山瑛斗(田中偉登)の前では、「優奈」を名乗る。
高校時代・合唱部に所属し、校内の合唱大会ではソロを歌った。そのときにした努力が優子の支えになっている。優子が車を運転しながら歌を歌うのは、当時の気持ちを思い返し、自らを奮い立たせるためだった。
佐藤太一が優しすぎることも優子の不安を煽ったのかもしれない。太一の魅力に気付くには、彼を失わなければならない。
木下奈月のような幼馴染みがいるのも優子は恵まれている。
太一がかつて志望したのは聖アボンリー学院大学。通称「アボ学」。なお、東京にある私立大学で教育学部を擁するのは早稲田大学青山学院大学である。
カラメルに苦みの利いたカスタード・プディングのような作品。なお、青山瑛斗の登場するパートの味付けが濃いことは、瑛斗や彼の父親(寺脇康文)の譬えをずらすことで、意図的なのだろう。