可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 天明里奈個展『微熱を飼う』

展覧会『天明里奈個展「微熱を飼う」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿GT2にて、2023年2月4日~18日。

天明里奈の乾漆による立体作品を展観。

《アンブラスモワ Ⅰ》(400mm×280mm×220mm)は、青の上に霞のように黄味がかった白を帯びた肌を持つ女性の肩から上の像。右頬に軽く添えられた誰かの右手の感触を確かめ、あるいはその右手に委ねるように、目を閉じてやや右下に首を傾げている。目、鼻、口など顔の作りの精緻さに比して、流麗な曲線を描いた幾つかの塊となった髪は抽象度が高い表現をとる。その髪が上方へ流れることで、首を傾げる動きとともに、浮遊する感覚を生み出している。
《アンブラスモワ Ⅱ》(350mm×290mm×320mm)も女性の肩から上の像だが、灰青の肌を持つ《アンブラスモワ Ⅰ》に比して黄味がかった白が青の地を覆う割合が高く、黄味を帯びた灰色に見える。誰かの右手によって顎が持ち上げられ、頭を後ろに反らせている。顔の作りに対して抽象的に表わされた頭髪は、その中に実のような球体を含むことで、植物への連想を誘い、アール・ヌーヴォーに接近する。
微笑を湛えているように見えるのは、アルカイック・スマイル同様、口の表現によるものであろう。誰かの右手が添えられていない《銀色と渦》(345mm×280mm×260mm)と比較すると、手の感触を求める「アンブラスモワ(Embrasse-moi)」2点の官能的な性格が浮かび上がる。
頭部にネコ科動物(?)2匹が目を閉じて重なり合って載っている《隔たりの夢 110322》(450mm×28mm×28mm》、胎児のように体を折り曲げたアシカの仔(?)を頭に載せた《隔たりの夢 040822》(593mm×260mm×205mm)と対照すると、「アンブラスモワ(Embrasse-moi)」2点は、右手が顔とごくわずかしか接していない(手と顔との間の空隙がとられている)ことで、上に流れる髪、首や肩の傾き、高揚感の表情が作る浮遊感が増幅されていることに気付く。
ところで、映画『パーフェクト・センス(Perfect Sense)』(2011)では、感染症により嗅覚から始まって人々の五感が次々と失われていき、最後に残ったのは触覚であった。しかしcovid-19のパンデミックでは、感染防止の観点から人々は接触を奪われた。コロナ時代の愛とは、触覚への冀求であった。目を閉じることで、眼前の世界を切り離す一方、ここではない時空との接続が可能になる。今、ここにいない存在――人であれ、動物であれ、想像上の存在であれ――と繋がることができる。何が起ころうとも、日々は続く。愛も創作も絶えることはない。「微熱を飼う」とは、コロナ化を生き抜く作家の所信表明であろう。