可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 伊勢裕人個展

展覧会『伊勢裕人展』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2023年2月6日~18日。

絵画7点で構成される、伊勢裕人の個展。

冒頭に掲げられた《木》(750mm×1220mm)は、ベージュの画面の左右にオレンジ色の壁と、中央に赤褐色の木が1本描かれている(その背後にはうっすらと紺色の輪郭線で表わされた7本の木が立ち並ぶのが見える)。壁は樹脂によるものらしく、厚みを持ち罅が入り、その物質感が強調されている。周囲を縁取る朱は華やかさよりも不穏さを感じさせる。奥に向かってやや窄まる形は開かれた扉のように見え、恰も鑑賞者を出迎えるようである。それならば、奥に立つ(ようにやや小さく表わされた)木は作家のメタファーかもしれない。木の赤褐色の絵具が垂れ、血液をイメージさせることもその解釈の線を補強する。
《地獄谷叙景》(1600mm×2150mm)は横幅の異なる矩形の画面を11枚(上段3枚、中段4枚、下段4枚)を組み合わせた作品。それぞれが茶、緑、ベージュなど異なる色で塗り分けられているが、落ち着いた色味で作品を構成する11枚に統一感がある。それぞれの画面は単色で平板に塗り潰されているわけではなく、暗部や明部が作られあるいは筆遣いが見える。とりわけ左上の淡い茶色の画面の塗りが荒く、その左上の部分は落剥して地の茶色が覗いていて、物質としての実在感が表現されている。中段の左から3枚目の画面には(月を表わす?)円と右足とが線で描き込まれてる。足は作家の象徴であり、円はモティーフないし作家の追究するテーマを象徴するのではなかろうか。「叙景」と題されていることから景色の表現ではあろうが、「地獄谷」は具体的な地名を前提とするものではなく、作家の周囲に広がる世界の印象――それは作家の心理の投影でもあろう――を表わしたものと解される。
《泥濘》(1820mm×3100mm)は、縦長の4枚の画面を横に組み合わせた屏風のような作品。いずれのベージュの画面で、3枚には蓮の葉のような中心線から放射状に延びる線の入った円が配され、1枚(右から2枚目)には「蓮の葉」の代わりに鶏の頭にも見える花らしきものが配されている。左端の画面には2枚の「蓮の葉」とともに右脚が描かれている。その爪にはペディキュアが施されているようにも見える。蓮葉女の脚は、実は泥中の蓮である――江口の君が普賢菩薩であるように――との見立てであろうか。
《春風》(910mm×1170mm)はベージュの画面の四隅に黄土色の正方形が配され、上から色取り取りの(膨らませていない)ゴム風船のようなものが降り注いでいる。その向かいに展示された《春風》(725mm×910mm)では、四隅の正方形が錆びて脆くなった金属板のような表現となり、「ゴム風船」は黒い爆弾(焼夷弾)となっている。《春風》が描くのは東京大空襲(1945年3月10日)によって焦と化した東京――焼け焦げた建物と何も無くなった土地――を描いているのではなかろうか。仮にそうであるなら、四隅に錆びた正方形が配され、中央には黄土色と焦げ茶で描かれた1本の木が立つ《木》(570mm×570mm)は、その関連で読み解くことができそうだ(なお、本展のメインヴィジュアルに採用されている《木》(920mm×920mm)は、ベージュの画面の四隅に茶褐色の正方形が配され、その中央に紫色で1本の木が描かれている。左上の正方形の中には十字が描かれ、墓地を連想させる)。