可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 井出賢嗣個展『ふたりの人 ふたつの時間』

展覧会『井出賢嗣「ふたりの人 ふたつの時間」』を鑑賞しての備忘録
KAYOKOYUKIにて、2023年1月14日~2月12日。

主に30cmかそこらに収まる、大きくても1mには届かない、小ぶりの立体作品で構成される、井出賢嗣の個展。低い台に設置された作品群は、球、柱、壁、スロープなどに人形(ひとがた)や手・足が添えられ、公園の遊具のマケットのように見える。壁面には空(雲)を描いた古い絵葉書が2枚飾られているのも、屋外のイメージを強調している。

メインヴィジュアルに採用されている《After some years》(700mm×100mm×180mm)は細長い板(700mm×100mm)の上に40度くらいの円弧、レモンのような小さな球、台座に立てられた細い柱の上に球を取り付けた街灯のような形が2つずつ配され、一方の組には角柱の上に球を載せた人形(ひとがた)が、もう一方の組には「レモン」を転がすような右手が配されている。
《circulation of the shadow》(150mm×290mm×940mm)は、頂部に円盤を取り付けた板状のタワーに角柱と球の人形(ひとがた)2つ、右手、小さな球などが取り付けられている。
《that day, we met》(130mm×150mm×350mm)は、板(130mm×150mm)の上に2つの手と、2つの手から円を描く軌跡が記されている。板の1つの角とその対角に人形(ひとがた)のような角柱が、板の上に置かれ、あるいは板の脇に接着されている。「人形」の中央には、それぞれ黒い円と白い円が挿し込まれている。
《calender of 2018》(390mm×275mm×165mm)は、板(390mm×275mm)の上に、2つの円が切り抜かれた板が、面を斜めに仕切っている。一方には桝目それぞれに小さな穴を穿ったものとその上に置かれた右手と小さな黒い球とが、他方には小さな白と黒の球とが配されている。
以上の作品にはいずれも手が組み込まているが、《Step on new system》や《night walk am 1:00》・《night walk am 1:05》には足が取り入れられている。なお、主に環と円と球で構成される《Personal incident》など、手足や人形(ひとがた)を伴わない作品もある。

同じ形の組み合わせに、一部異なる要素を配することで、変化すなわち時間が強調される。他方、円のイメージは循環であり、永遠への志向を感じさせる。
ところで、とりわけ人形の同型性を鑑みるとき、「ふたりの人 ふたつの時間」とは、AとBという2人の人物と、Aの時間とBの時間ではなく、現実のAという人物と、ありえたAの姿(A')とを(そしてAとA'それぞれの時間)を表わしているのではなかろうか。

 映画〔引用者註:キェシロフスキ監督『ふたりのベロニカ』(1991)〕のあらすじは、次の通りである。ポーランドの小さな村に住むべロニカは、個性的な美しい声をもち、コンサート歌手としてのデビューが決まった。初めての演奏会で歌っているとき、ベロニカは突然、以前からときどき彼女を襲っていた激しい胸の痛みを感じ、倒れてしまう。周囲の人々は驚き、あわてて彼女を抱き上げるが、すでに彼女は息絶えていた。
 同じ頃、パリにもベロニカがいた。こちらのベロニカは、小学校の音楽教師である。ある日、彼女は、学校のホールで上演された神秘的な人形劇を見て、これに強く惹かれた。彼女は、この人形劇を上演した人形使いのファブリに関心をもち、最終的に、彼と恋に落ちる。二人が結ばれた後、ファブリは、ベロニカのバッグの中に入っていた何枚もの写真の中から1枚を取り出し、こう言う。「ここに君が写っているね」と。ファブリが見ていた写真はすべて、ベロニカが数年前にポーランドを旅行したときに撮ったものだが、そこに自分が写っているはずがないということをベロニカは知っていた。彼女は専ら写真を撮るだけで、誰にも自分を撮ってもらってはいなかったからだ。しかし、ファブリが差し出した写真の隅には、間違いなく自分が――自分とそっくりの女性が――いた。その瞬間、ベロニカは悟る。もうひとりベロニカがいるということを、である。実は、彼女はずっと前から、自分は一人ではない、誰かが常に一緒にいる、と感じていたのだ。そして、このもう一人のべロニカこそが自分を助けており、こうして恋が成就できたのも彼女のおかげであった、と知る。
 『ふたりのベロニカ』は、人生の「もうひとつの可能性」との間の差異を際立たせている。ポーランドのベロニカは、パリのベロニカから速く離れたところで、まったく違った人生を歩んではいるが、それでもなお、パリのベロニカのありえたかもしれない姿である。ポーランドのベロニカは、パリのベロニカに、やはり幽霊のように――いや守護天使のように――付きまとっている。ふたりのベロニカの人生は、平行世界のようなものだが、互いに交わったり干渉しあったりすることもあるのだ。このことを劇的に示しているのが、あの1枚の写真である。このとき、写真を撮るベロニカと撮られるベロニカが、まちがいなく1つの場所の中に共存していたのだから。
 キェシロフスキの映画を検討したのは、これらの映画が、偶有性ということが、つまり人生の展開や出来事の生起が偶然的なものとして現れるということがどういうことなのかを、誇張したかたちで可視化してくれるからである。ここで得た洞察を、小説についてのここでの考察に適用してみよう。
 現実の人生の展開が偶有性の様相を帯びているということは、他のありえた可能性が、見てきたように、「抑圧されたものの回帰」の形式で現実にたち現れ、幽霊のようにとり憑くことである。このとき、同時に、次のような逆転が生ずるのではないか。この偶然の現実が、他なる可能性の否定を前提にしてこそ成り立っているのだとすれば、後者の現実化していなかった可能性の方がより本来的であり、現実よりもいっそう、私にとって真実だということになる。(略)
 ここで、まことに正確に、ヘーゲル弁証法でいうところの「否定の否定」の論理が作用している。「否定の否定」とは、否定されていることが、実際には、もとの「肯定されているもの」よりもいっそう徹底的に肯定されているという意味である。現実の人生の物語がたち現れる上で否定された可能性の方が、現実よりも深い真実を含んでいるように感じられるとき、まさに「否定の否定」の論理が働いている。
 そして、この論理こそが、小説における「虚構性の勃興」を説明するのである。現実が偶然性を帯びているとき、その現実をまさに偶然性として際立たせる上で背景になっている、現実化しなかった可能性がある。こちらの可能性にこそ真実を見出し、これをプロットの軸に据えたとき、小説は、現実から切り離された虚構性そのものの中に真実を見出すのだ。そのプロットは、虚構であるがゆえにますます真実であり、これを採用している小説は、現実を単純に模写する小説よりもなおいっそうリアリズムに深く傾倒していることになる。(大澤真幸『〈世界史〉の哲学 近代篇1 〈主体〉の誕生』講談社/2021/p.538-541)

《After some years》は『ふたりのベロニカ』とを重ねることができる。人形(ひとがた)がパリのベロニカであり、右手がポーランドのベロニカである。パリのベロニカの前に、幸福(あるいは恋人)を象徴する「レモン」を差し出してくれたのは、「守護天使」としてのポーランドのベロニカであった。
作家の提示する公園を、映画を見たり小説を読んだりするように逍遙するのも一興であろう。