可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『別れる決心』

映画『別れる決心』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
138分。
監督は、パク・チャヌク(박찬욱)。
脚本は、パク・チャヌク(박찬욱)とチョン・ソギョン(정서경)。
撮影は、キム・ジヨン(김지용)。
美術は、リュ・ソンヒ(류성희)。
衣装は、クァク・ジョンエ(곽정애)。
編集は、キム・サンボム(김상범)。
音楽は、チョ・ヨンウク(조영욱)。
原題は、"헤어질 결심"。

 

釜山西部警察署。刑事部捜査第一課のチーム長チャン・へジュン(박해일)が部下のオ・スワン(고경표)とともに射撃訓練を終え、拳銃や装備品を返却する。殺人事件が減ったって。最近晴天だからか。チルゴクドン事件、2人のうち、まだ1人は捕まってないよな。署長(윤성원)もチームの連中も協力してくれない。どうします? 俺らでやる。俺ら? ああ、お前と俺と。
へジュンがオッパというネットカフェに聞き込みに向かい、アルバイト店員(정소리)からチルゴクドン事件の容疑者であるイ・ジグ(이학주)がプリペイド・カードの払い戻しに訪れたとの情報を得る。無理だけど上司に確認するって言って、それで刑事さんにメールしたの。お手柄だったね。前に写真見せてくれたことあったでしょ。それでピンときたの。彼はまた来るかな?
ネットカフェの前に駐めた車で張り込みをしているスワンが、電話でヘジュンに愚痴を溢す。週末に1人で奥さんのところに行けて嬉しいっすか? 「お前と俺と」なんて言ってませんでしたっけ? 俺も早く結婚しなきゃな。ヘジュンはイポ第1原子力発電所で原子炉の運転責任者を務めている妻アン・ジョンアン(이정현)の住まいへとうつらうつら車を走らせていた。クラクションで目を覚ます。また居眠りっすか? 夜は寝て下さいよ。張り込みで眠れてないんすから。 張り込みのせいじゃない。眠れないから張り込みしてるんだ。イ・ジグとホン・サノ(박정민)、3年前に捕まえときゃ良かったんすよ。
ヘジュンが腕を振った夕食を食卓に並べながら妻に尋ねる。週末は寮に残る生徒は多いのか? 数学オリンピックの準備に追われてるからよ。中学生が何でそんなに必死になるんだ? 私もそうだったから分かるわ。妻が食卓に着く。寿司を注文しても良かったのに。不味い寿司はご免だ。俺がいるときくらいお前に温かいものを用意してやりたい。ジョンアンが鍋に舌鼓を打つ。イポに転勤したら? 毎日温かいものが食べたい。ヘジュンが酒を注ぎ、ジョンアンと盃を合わせる。職場のイ主任がね、嫉妬深い人で、心配するフリをしながら私を困らせて喜ぶんだけど、週末だけ一緒の夫婦は6割が離婚するって。それでどうなのかって私に訊いてくるの。で、何て答えたんだ? セックスレスの夫婦は55%が離婚する可能性があるの、で、あなたはどうなのって。ヘジュンが笑う。
未明。ヘジュンはスワンとユ・ミジ(정이서)とともにクソ山の崖下で鑑識官から説明を受けている。ザイルを使って山頂に到達した後、滑落したんでしょう。鑑識官は懐中電灯を使って崖の血痕を上から順に照らし出す。遺体の写真を撮影する耳には高級なワイヤレスのイヤホン。左手の薬指に金の指輪。罅の入ったロレックスは月曜日の10時02分で止まっていた。登ってみないと。ヘリコプター、来るんすか?
日が昇り、クソ山の垂直に切り立つ岩壁をヘジュンがスーツ姿のままスワンを背負って登っている。歩いて上がれるのに何でこんなところを登るんすか? 被害者の行動を検証するのが警察官だろ。じゃあ下りは3回ぶつかりながら滑落するんすか? 法律で禁止すべきだろ! ヘジュンとスワンが周囲の峰を見渡せる狭い山頂に到着する。遺留品のリュックやスマートフォンのケース、財布には"KDS"との刻印があった。スマートフォンの電源は入らない。身分証から遺体はキ・ドス(유승목)60歳と判明する。スキットルの中味はウィスキーだった。ヘジュンは崖の端に立って見下ろす。目薬を差す。
崖下のキ・ドスの遺体に蟻が集る。見開いた目には山頂のヘジュンの姿が映っている。その上を蟻が這い回る。
遺体安置所。キ・ドスの遺体を前に、スワンがヘジュンに報告する。出入国管理事務所の公務員で、退職後には面接官をしてました。ヘジュンがキ・ドスのスマートフォンを起動すると、ホーム画面に笑顔のキ・ドスと若い女性の写真が表示される。娘さん、美人っすね。ヘジュンがロックを解除しようとパターンをあれこれ試しているところへ、スワンがホーム画面の女性(탕웨이/汤唯)を伴ってやって来る。お父さんはこちらです。キ・ドスの妻のソン・ソレです。中国人ですので、韓国語はうまく話せません。ソレが遺体を確認する。ヘジュンはソレの左手の甲の絆創膏を写真に収める。ショックを受けてますね。ソレは首を振る。山に登って来ないのではと心配しました。やっと死ぬかもしれないと。あなたは私より韓国語がお上手だ。ヘジュンはソレを見詰める。スマートフォンのロックを解除してもらえませんか。
遺体安置室から引き上げるヘジュンとスワン。夫が亡くなったのにショックを受けてないって。できた奥さんっすね。戻って、目撃者がいない遺体については解剖が必要だと伝えてくれ。俺の妻も驚かないかもな。こうなると分かっていました、だから警察官とは結婚したくなかったなんて言いそうだ。目撃者がいない場所で原因不明で死亡した者については、遺体を解剖して死因を調査する必要がある。これは規則だ、いや、命令だって言えばいいっすかね? もっと簡潔に。
病院でヘジュンは救急外来の医師(김도연)にソレについて聞き込みを行う。医師は胸部レントゲン写真の左の鎖骨が折れていることを示しながら、夫の暴力を警察に通報すべきだと言ったという。外から見えないところを狙って殴っています。医師はソレが服を脱いで痣が見える写真を示す。ちょっと待って。ヘジュンはショーツのウェストラインの辺りに"KDS"の刺青を見付ける。

 

釜山西部警察署。刑事部捜査第一課のチーム長チャン・へジュン(박해일)は、チルゴクドン事件解決のため、部下のオ・スワン(고경표)とともに、容疑者のイ・ジグ(이학주)とホン・サノ(박정민)を追う独自捜査を行っていた。その最中、クソ山で高級品を身に付けた初老の男性の遺体が発見される。身元は出入国管理事務所を退職したばかりのキ・ドス(유승목)で、登山や岩登りをYouTubeに投稿していた。滑落事故とも思料されたが、歳の離れた中国出身の妻ソン・ソレ(탕웨이/汤唯)は遺体に対面しても微塵も動揺しない。ソレの通院記録から夫による日常的な暴力が判明し、事情聴取で夫の死亡について説明を受けると、笑みさえ浮かべた。ヘジュンはソレの行動を監視することにする。ヘジュンは事件よりも美しいソレに執着していた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

有能で真面目な刑事のヘジュンは、未解決事件が片時も頭を離れず、不眠症に苛まれていた。任地のプサンから妻ジョンアンの暮らすイポーへ向かう際、ヘジュンは眠気で朦朧となりながら霧の中を運転する。原子力発電所で原子炉の運転監督をする妻は統計にも強い関心を抱く、理詰めのタイプ。体を重ねても、ヘジュンとジョンアンの気持ちは離れている。
滑落死したキ・ドスの妻ソン・ソレに、ヘジュンは一目見たときから魅了されている。ヘジュンが容疑者としてソレの行動を監視する――双眼鏡で覗く――と、互いの身体の距離は離れていても、視覚的にはソレはヘジュンの目の前にいる。ヘジュンはソレとの心理的距離を詰める。
ヘジュンはスマート・ウォッチで気付いたことを音声で記録する。音声データの再生とは、過去の現在への召喚である。また、中国出身のソレの韓国語は、時代劇を鑑賞して身に付けているために時代がかっている。それもまた過去の声の召喚と言えよう。
ヘジュンが愛していると言うとき、既にその愛は終焉を迎え、まさにそのときにソレの愛が始まると、ソレのセリフによって時差が明示される。
恋愛の妙味は相手との距離をいかに詰めるかにある。ヘジュンがイポでスッポン泥棒を追いかけるエピソードは「アキレスと亀」を鑑賞者に想起させるためである。バイクで逃走するスッポン泥棒が転倒しスッポンが逃げ出すコミカルな演出は、実は「崩壊」のメタファーであり、恋愛が決して成就しない――追いつくことはない――こと、そして叶わない恋愛であるが故に逆説的に永遠になることを暗示するのだ。
エリート刑事を狂わせるソレを演じる汤唯に説得力がある。
映画らしいルックだけでも素晴らしい。
見落としていることがたくさんありそうだ。