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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中西伶個展『街への距離、画家の記憶』

展覧会『中西伶「街への距離、画家の記憶」』を鑑賞しての備忘録
OIL by 美術手帖ギャラリーにて、2023年2月17日~3月13日。

中西伶の絵画「flower of life」シリーズ5点を展観。3点はフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)の、1点はポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)の描いた作品を下敷きとしている。

《flower of life―in the style of van Gogh #1》(2000mm×2000mm)は、フィンセント・ファン・ゴッホのひまわり――端的に背景が明るい黄色であることから判断すれば、ロンドンのナショナル・ギャラリー所蔵の《ひまわり》か――に取材した作品。花瓶に活けられた様々な向きのひまわりの花々の構図は踏襲されているが、まずは大きさに圧倒される。単純に言って、縦が100cm前後のゴッホの作品の4倍ある(因みに、ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵の《静物:花瓶の薔薇(Nature morte : vase aux roses roses)》(710mm×900mm)に基づく《flower of life - in the style of van Gogh #2》(727mm×910mm)や、ゴッホ美術館所蔵の《アイリス(Irises)》(927mm×739)を踏まえた《flower of life - in the style of van Gogh #3》(1000mm×803mm)は原寸に近い)。また、上下のカットによる正方形の画面は、ひまわりの花により迫るとともに安定感を生み出している。油絵具による厚みのある描線や、UV印刷による積層模型のような立体的な形とスペクトルのような色彩を始め、アクリル絵具、スプレー、クレヨンとの組み合わせによる細部の描写に惹かれる。釉薬の垂れかかる陶器のような花瓶から熱による熔融を感じるのは、下に向かうヒマワリの花に加え、画面全体に下方向に垂らされ、あるいは引かれた絵具のためだろう、ヒマワリ(zonnebloemen)――とりわけ最上段の上向きの花――が太陽(zon)のように光を発し、焼き物(≒陶土)の象徴する大地へと降り注ぐ。表現されているのは、生命活動を可能にするエネルギーの供給である。その結果、咲いたり萎れたりする花が訴える、「生命=時間」というテーマが浮き立つ。

《flower of life no.118》(1501mm×5290mm)は、横に長い画面に銀を背景として群青で抽象化された花を表わす。題名にこそ明示されてはいないが、屏風のようなパノラマ的画面に紫色の花が覆う様は、尾形光琳の《燕子花図》の右隻(1512×3588)の燕子花の花にフォーカスしてトリミングしたように見える(高さ(縦の長さ)が両作品で一致するのは偶然ではあるまい)。縦に素早く描き込んだ荒々しい線を中心に、時折カーヴを交えた花の表現は、咲き誇る花の生命の躍動を伝える。変化を介して生命の時間性を表わした《flower of life―in the style of van Gogh #1》に対し、《flower of life no.118》は速度によって生命が時間であることを訴えている。アクセントとしてわずかに取り入れられたスペクトラムのような色彩は、光のエネルギーの存在を暗示するものだろう。

なお、ゴッホゴーギャン静物(Still "life"ないしNature "morte"、すなわち生死)と、「はるばる来ぬる旅をしぞおもふ」との和歌を踏まえた光琳の屏風とを本歌取りした作品群が「生命=時間」の表現であることは、展覧会タイトル「街への距離、画家の記憶」に挿入された「距離」と「記憶」という時間の縁語からも明白である。