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芸術鑑賞の備忘録

映画『オットーという男』

映画『オットーという男』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
126分。
監督は、マーク・フォースター
原作は、フレドリック・バックマンの小説『幸せなひとりぼっち(En man som heter Ove)』及びハンネス・ホルム(Hannes Holm)監督のスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち(En man som heter Ove)』。
脚本は、デビッド・マギー(David Magee)。
撮影は、マティアス・クーニクスビーザー(Matthias Koenigswieser)。
美術は、バーバラ・リング(Barbara Ling)。
衣装は、フランク・フレミング(Frank L. Fleming)。
編集は、マット・チェシー(Matt Chessé)。
音楽は、トーマス・ニューマン(Thomas Newman)。
原題は、"A Man Called Otto"。

 

日曜大工用品などを扱うチェーン店ビージー・ビーヴァー。静かな店内にアナウンスが響く。ようこそ。あなたはビージー・ビーヴァー? いいや、ビージー・ビーヴァーなんかじゃない。オットー・アンダーソン(Tom Hanks)がフックを物色しながら独り言つ。しょっちゅうビーヴァーならお店にお得を溜めるタムを作っちゃおう。是非1枚噛んでね。オットーはロープのコーナーに行き、引っ張り出して強度を確認する。探し物なら当店のビーヴァーにお声掛けを。オットーがナイフを取り出しロープを切ろうとしているところへ店員(John Higgins)が駆け付ける。お手伝いしましょうか? ロープの切り方が分からないとでも? お声掛けすることになってまして。怪我して血を垂れ流したって訴えるつもりだとでも思ったのか? いいえ。それなら助けは必要ない。良い1日を。オットーがレジに並ぶ。先ほどの店員が対応する。お探しの物は全て揃いました? ああ。良かった。3ドル47セントです。ロープを6フィート分請求するのか? ええ、1ヤード99セントですから。2ヤードじゃない。5フィートだ。フィートではなくヤードでお売りしてますので。1ヤード99セントなら1フィートは33セントだ。5倍すれば1ドル65セントになる。なのに1ドル98セント払えって言うのか? 計算が早いですね。分かりますが、コンピューターにフィートで入力できないんです。簡単な計算ができないコンピューターが何の役に立つんだ。店長を呼んでもらえるか。昼休憩でして。近頃じゃ昼飯しか頭にない連中ばかりだ。他に責任者は? 副店長なら。じゃあ、副店長と話したい。店員が店内放送で副店長のテイラー(Lily Kozub)を呼び出す。どうしたの? 若い女性が駆け付ける。一体いくつなんだ? 学校にいる時間じゃないのか? オットーの会計が終わるのを待っていた男(Tony Bingham)がしびれを切らして差額を支払うと申し出る。あなたねえ、私は33セントが惜しいんじゃない。5フィートのロープが必要だから5フィートしか買わないってだけだ。6フィートのロープが必要ないのに6フィート分支払わなきゃならないって道理はない。それなら1フィートお付けしましょうか?
雪のちらつく住宅地。私道を挟んで消炭色の同じ形の家が向かい合って並んでいる。ベッドで目を覚ますオットー。直後に5時30分にセットした目覚まし時計が鳴る。アラームを止める。オットーの隣にはもう1つ枕があるが人の姿はない。髭を剃り、スーツを着たオットーがドレッサーの小皿の銀貨を手に取る。ダイニングのテーブルで1人珈琲を飲む。6時になる。
オットーがコートを羽織り、小雪の舞い散る外に出る。玄関前にチラシが落ちていた。またか。オットーはチラシを拾うと、芝が濡れているのに気が付く。チラシで拭って匂いを嗅ぐ。オットーは近所に落ちているチラシを拾い集めると、ゴミ集積所へ。紙ゴミの箱に缶やプラゴミが混じっている。オットーが分別する。集積所の脇に自転車が停めてあった。すぐ近くの自転車ラックに移動させていると、若い男(Mack Bayda)が俺のだとオットーを咎める。自転車は自転車ラックに駐めろ。たかが30分だろ。次は遺失物で処理するぞ。面倒なジジイだ。オットーは私道に駐めてある車に許可証があるか確認していると、ウォーキングしているジミー(Cameron Britton)から挨拶を受ける。ルーベン(Peter Lawson Jones)の家の前を通り過ぎる際、オットーは窓際で車椅子のルーベンが妻のアニータ(Juanita Jennings)に食事を口に運んでもらっているのを目にした。階段で柔軟体操をしているアンディー(Max Pavel)から手を振られる。オットーは歩道に犬の糞を確認する。オットーたちの分譲住宅の区画の通りを隔てた向かい側には、分譲アパルトマンと宅地開発・分譲事業会社ダイアンドメリカの看板が立っている。仔犬を散歩させる女性(Kailey Hyman)に出会すと、2度と人の家の前で小便をさせるなと言い付ける。あんたの仕業だろ。プリンス、気にしなくていいからね。面倒なお年寄りなのよ。誰の仕業かなんて分からないのにね。わかってるさ、お前さんだって。アホな彼氏に人前で股を拡げるなと言って聞かせろ。14歳のルーマニアの体操選手かってんだ。ガレージに行くと野良猫がいた。どっか行け。オットーが猫を威嚇する。
金属加工工場に到着。車を降りてヘルメットを装着して工場に入っていく。機械や金属の騒音の中、作業員が作業を行っている。隅にある技術部の小さなオフィスのドアを開ける。主役のご登場だと部長(Peter Sipla)が言って、待ち構えていたスタッフが一斉に拍手する。何の騒ぎだ? 退職祝いですよ。テーブルの上に楽しんでとのメッセージとともにオットーの写真をプリントしたケーキが置いてある。楽しめって何を? 残りの人生ですよ。祝うってのか? そうですよ、いや、違うか。素敵な歓送会をしようと。素敵なとは? 退職を決断したのはあなたですよ。かなりの退職金も入ったでしょ。業務から外されて労働時間を減らされたんだ。私が面倒を見てやったテリー(Patrick Stanny)を私の上司に据えた。電話無しじゃ今年が何年かも分からないような奴だよ。確かに退職金は受け取ったがな。合併に対処する必要があったんですよ。あなたには長年会社に貢献して頂きました。同僚達も、めっちゃ信頼できたよとか、いなくなるんなんて寂しいわとオットーに声を掛ける。オットーに! 部長の掛け声で一堂が乾杯する。同僚の男(Connor McCanlus)がケーキをカットする。顔の部分が欲しいかい? オットーの顔は十字に切り裂かれた。オットーは何も言わず出て行く。静まりかえるオフィス。お腹は空いてるのは? 部長が一堂に声をかける。
オットーが車で戻ると、私道に運送業者の焦茶色のトラックが入り込んでいた。配達員(Cindy Jackson)に叫ぶ。この道は許可がないと使えないよ。駐車じゃなくて、荷物を降ろしただけ。標識には荷物について何も書いてないだろ。許可証が必要なんだ、持ってないだろ。通れないんだ。ごきげんようと言ってトラックを走らせる配達員。あんたが乗り入れるたんびに住人が駐車できなくなるんだ。白いトラックの連中はちゃんとルールを守ってるんだ。なんて茶色い連中はこうなんだ? 人種差別の話じゃ無いぞ!
自宅に戻ると電話が鳴る。スーザンです? スーザンって? 健康保険についていいお話がありまして…。ロボットめが! オットーは即座に電話を切る。オットーは電話会社に解約の件で電話するが、案内されたお客様相談室へはなかなか繋がらない。続いてオットーは電力会社に電気を停めて欲しいと電話する。引っ越しですか? いいや解約したいんだ。さらにガス会社にも供給停止の連絡を入れるが、6日間分は使用していないのに支払いの必要があるという。オットーはガスについては即日ではなく6日間利用を延長させることにした。
オットーはリヴィングに丁寧に掃除機をかけると、スーツを着込む。小皿の25セント硬貨を手にすると、リヴィングの絨毯の上に新聞紙を敷き詰める。ローテーブルに上がり天井にフックを取り付けると、フックから輪にしたロープを吊り下げた。オットーが頭をロープの輪に通そうとしたところ、向かいで女性が大きな声を上げ始めた。トレーラーを牽引する車を駐車しようとする夫婦の姿をブラインド越しに確認する。妻(Mariana Treviño)のスペイン語混じりの指示で夫(Manuel Garcia-Rulfo)がハンドルを切るが、なかなか停められない。苛ついたオットーが堪らず家を出る。男が車をばっくさせてトレーラーを家に軽く衝突させてしまう。何やってんだ! その通りよ、あなたの言った通りのことを言ってやってたとこなのよ。

 

ピッツバーグ郊外の分譲住宅で1人暮らしをするオットー・アンダーソン(Tom Hanks)は、毎朝出勤前にゴミは落ちていないか、ゴミの分別が行われているか、私道に許可無く駐車していないかなど、近所の見回りを欠かさず行ってきた。ルールを守らない者を見付ければ、その非を咎め、繰り替えなさいよう警告する。日課を終えて長年勤務してきた金属加工工場に向かうと、技術部の同僚たちがオットーの歓送会を用意していた。オットーはスティムコ・スティールによる買収後居づらくなった職場を早期退職することにしたのだ。部長(Peter Sipla)は勤続を労い第二の人生を楽しむように言うが、孤独なオットーには残りの人生に何の未練も無かった。ケーキにプリントされた自分の顔が切り刻まれるのを目にして、オットーは立ち去る。帰宅したオットーは、スーツに身を包むと、リヴィングの床に新聞紙を敷きつめ、天井にフックを取り付け、輪にしたロープを取り付ける。首を吊ろうとしたオットーは、向かいに引っ越してきたヒスパニックの夫婦が駐車に難儀して騒いでいるのに気を散らされる。身重のマリソル(Mariana Treviño)の指示でトミー(Manuel Garcia-Rulfo)がハンドルを切るのだが、トレーラーを家に接触させてしまう。見かねたオットーが運転を代わると、思いがけず愛らしい姉妹ルナ(Christiana Montoya)とアビー(Alessandra Perez)が後部座席に坐っていた。駐車を終えて部屋に戻ると、ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』が目に留まる。妻ソーニャ(Rachel Keller)との出会いを提供してくれた本だった。オットーはソーニャの姿をまざまざと思い浮かべる。だがソーニャのイメージは、マリソルとトミーの訪問で破られた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

オットーが不機嫌な老人となった所以が徐々に明らかにされつつ、新たな隣人マリソルらとの交流の中でオットーの偏屈さが次第に緩和されていく。
コミカルな要素もまぶしつつ心温まる内容で、鑑賞者を選ばない作品。
オットーは妻ソーニャに対して深い愛情を抱いていた。肥大型心筋症のために入隊が叶わないという失意の最中、ソーニャが落とした本を拾って届けたことをきっかけに、思っても見なかった――乗るつもりだったのとは反対方向の列車に乗るような――人生が開けたために、オットーにとっては彼女が全てだった。ソーニャを亡くしたオットーは生きる気力を失い、世界すなわち他者に対して意味を見出せなくなる。そんなオットーに救いの手を差し伸べるマリソルがいみじくも見抜く通り、オットーはソーニャを亡くした自分だけがつらい人生を送り、周囲の全ての者を役に立たない愚か者だと見下してしまっていた。マリソルの訴えるとおり、ひどい1日を乗り切るのを助けてくれた存在にただ感謝すべきなのだ。
オットーがなぜルールに厳しいのか。その理由もまたソーニャに関わる。
スペイン語混じりの英語で捲し立てるマリソルを演じたMariana Treviñoがとりわけ素晴らしい。
かなり趣は異なるものの、本作を好む向きには、不機嫌な隣人を描いた日本映画『ミセス・ノイズィ』(2020)の鑑賞をお勧めしたい。