可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『パリタクシー』

映画『パリタクシー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス映画。
91分。
監督は、クリスチャン・カリオン(Christian Carion)。
脚本は、シリル・ジェリー(Cyril Gély)とクリスチャン・カリオン(Christian Carion)。
撮影は、ピエール・コットロー(Pierre Cottereau)。
美術は、クロエ・カンブルナク(Chloé Cambournac)。
衣装は、アニェス・ノーデン(Agnès Noden)。
編集は、ロイック・ラレマン(Loïc Lallemand)。
音楽は、フィリップ・ロンビ(Philippe Rombi)。
原題は、"Une belle course"。

 

洗浄液が噴射され、ブラシが回転し、洗車機がタクシーを洗浄する。洗浄を終え、シャルル(Dany Boon)がエンジンをかける。ワイパーをかけ、メーターを空車に設定し、タクシーを走らせる。シャルルはセーヌ川沿いの道をとる。猛スピードのオートバイに無理矢理追い越され、シャルルは腹を立てる。
4分の1は解雇しました。それでも不十分ですが。後部座席のスーツの客(Nadir Legrand)が電話で話している。おい、川沿いの道は避けてくれ、込み入ってるから。銀行員はシャルルに注文を付ける。四半期末を期限に設定して、期限を過ぎたら全て停止にします。私どもとしましてはですね…。わざとなのか? 川沿いは通るなと言ったろ! 自分の行動くらい把握してます。「銘々自分の仕事に励めば」ってやつですよ。銀行員はシャルルへ文句を言うのを止めて、通話に戻る。10分で銀行です。最終的に全てが丸く収まれば…。
シャルルが運転しながらグレゴワール(Frédéric Cherboeuf)に電話する。シャルルか、まだタクシー乗ってんのか? ああ。もう点数がないんじゃないかって。まだ2点残ってる。気をつけろよ、免許が無くなりゃ車も無くなる、車が無けりゃ…。分かってるさ。なんで電話してきたんだ? 返済できないのか? まずい! シャルルが電話を助手席に投げ捨てる。近くにパトカーが停まっていたのだ。
シャルルがタクシーを停めて外に出て兄のダニエル(Jacques Courtès)に電話する。自動応答のメッセージが流れる。ダニエル、俺だ、シャルルだ。急ぎの用件でね……俺が電話すると疑うかもしれないが、折り返しの電話をくれないか。シャルルは電話を切ると再びタクシーに乗り込む。
シャルルにオペレーターのヨランデ(Agathe L'Huillier)から無線が入る。素晴らしい配車依頼よ。ブリ=シュル=マルヌに興味は? ブリ=シュル=マルヌの近くにはいないな。依頼主は今すぐメーターを入れていいって言ってるわ。素晴らしい依頼よ。どうするの? 嫌ならサミュエルに回すけど。ブリ=シュル=マルヌだな、分かった、受けるよ。引き受けるのね? ああ。住所は? マルヌ河岸通り123番地、マドレーヌ・ケラー。了解。 
シャルルがパリ中心部から12キロほど東にある依頼人の住まいへと車を走らせる。黒い門扉の屋敷だった。シャルルは呼び鈴を鳴らすが反応がない。タクシーに戻ってクラクションを鳴らす。屋敷と反対の川岸の遊歩道から声がかかる。白髪の高齢女性、マドレーヌ・ケラー(Line Renaud)が立っていた。何故そんな風にクラクションを鳴らすの? 近所中に聞こえるわよ。それに私は耳が遠いってことはないの。準備万端よ。シャルルがタクシーのドアを開ける。スーツケースを持ってきてもらえる? マドレーヌは車に乗り込む前に名残惜しそうにしばし屋敷を眺める。スーツケースを運び入れたシャルルが脇に来ると、行きましょうとマドレーヌがタクシーに乗り込む。運転席に着いたシャルルにマドレーヌがクルブヴォアのシャヴァンヌ通りと告げる。パリを横断することになりますよ、分かってますか? ええ、分かってるわ。近くなら頼まなかったわ。シャルルは車を走らせる。
あなたはあまりお喋りじゃないのね。半年前に階段で転んだのが運の尽きよ。骨が折れて体にがたが来てね。以来、医師は私の一人暮らしを認めないの。医療施設だか専門機関やらにいた方がいいって。面白くないわ。好きじゃないもの。私が望んでることじゃないから。結局、私には選択の余地が無かったの。ねえ、私はいくつに見える? 待って、眼鏡を外すから。…分かりませんけどね、80ですか? 女たらしね。そうじゃなければ眼鏡を買わなきゃ。私はね、92よ。

 

面倒な客も多いが上司のいない気楽さからタクシー稼業で暮らすシャルル(Dany Boon)。最近は金策に迫られむしゃくしゃしているため違反が重なり、あと2点で免停の危機にある。今日はリストラを進める銀行員(Nadir Legrand)に道を指図され、グレゴワール(Frédéric Cherboeuf)への返済のくり延べを願おうとして断念し、医師の兄ダニエル(Jacques Courtès)に融通してもらおうとして電話が繋がらない。そこへ配車オペレーターのヨランデ(Agathe L'Huillier)から上客を回され、向かったのはパリ東郊ブリ=シュル=マルヌにある川沿いの屋敷。マドレーヌ・ケラー(Line Renaud)は家の中ではなく、向かいの川岸の遊歩道で手提げ鞄とスーツケースを持って待っていた。行き先はパリ西郊クルブヴォア。半年前に階段で転んだのをきっかけに医師に一人暮らしを禁じられ、やむを得ず老人ホームに入所することになったという。いくつに見えるかと問うマドレーヌに80かと答えると、嬉々として92だという。戦前生まれのマドレーヌは生まれ育ったヴァンセンヌに立ち寄るよう求めた。10分余分にかかると渋るシャルルに、長い人生で10分など大したことはないとマドレーヌは意に介さない。だがモダンな集合住宅が建ち並ぶヴァンセンヌはマドレーヌの記憶とはまるで異なっていた。落胆するマドレーヌは階段から落ちた話はしたかと尋ねる。それで施設に入ることになったんだろうとシャルルが答えると、アンドレという少年に突き飛ばされたという少女時代の話を始める。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

屋敷を引き払い、老人ホームに入所するマドレーヌと、彼女を送り届けることになったタクシー運転手シャルルとの数時間の交流を描く佳作。現在のパリの街並を書割に、パリに生きた女性の秘史が上演される。
90年以上の長きに亘りパリで生活してきたマドレーヌには、各所に忘れがたい思い出が残されている。マドレーヌは問わず語りに来し方を放し、シャルルに思い出の地に立ち寄らせる。マドレーヌが人生を振り返る小旅行を行うにはタクシーが必要だった。
マドレーヌの恋人マット(Elie Kaempfen)は、パリを解放し(libérer)たアメリカ軍兵士であった。パリそのものであるマドレーヌにとって、マットはアメリカであるとともに自由(liberté)の象徴である。マットの「贈り物」は息子マティウ(Hadriel Roure/    Thomas Alden)であるが、同時に自由でもあるのだ。マドレーヌはマットが残したマティウ=自由を守るために戦うことになる。だからこそフランス映画であるにも拘らず、アメリカ(英語)の音楽が全篇に響き渡る。
面倒な年寄りだと溜息ばかり洩らしていたシャルルは、次第にマドレーヌの人生と彼女の魅力に惹かれていく。
シャルルがタクシー業務を開始する際、メーターの「空車(libre)」の表示が映し出される。シャルルが自由(libre)を大切にしていることを示す。また、シャルルは銀行員に道を指図されると、「各々自らの務めに励めば万事快調だ(Chacun son métier, les vaches seront bien gardées.)」という諺を持ち出し、彼の口を封じる。