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芸術鑑賞の備忘録

映画『高速道路家族』

映画『高速道路家族』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
128分。
監督・脚本は、イ・サンムン(이상문)。
撮影は、キム・ヒョンオク(김현옥)。
美術は、ソン・ソイル(손소일)。
音響は、ホン・ソンジュン(홍성준)。
編集は、ウォン・チャンジェ(원창재)。
音楽は、イ・ミンフィ(이민휘)。
原題は、"고속도로 가족"。

 

干潟の傍を歩く4人家族。麦藁帽子の父チャン・ギウ(정일우)が時に笛を吹き先頭を行く。5歳の弟テク(박다온)が9歳の姉ウニ(서이수)を追いかける。身重の妻アン・ジスク(김슬기)が後に付いていく。山の中の自動車道。猛スピードでバスが通り過ぎる脇を4人がゆっくり登っていく。無人駅のホーム。姉弟が遊ぶ中、両親はベンチで横になっている。突然ギウが子供たちを巫山戯て追い回す。一家は線路を辿る。稲穂の実る田の間の道を抜ける。金網の柵に行く手を遮られた一家。ギウが皆に荷物を降ろさせ、柵の向こう側に置く。ウニとテクを担ぎ上げて向かいに渡すと、しゃがんで踏み台になりジスクを越えさせる。最後にギウも柵を攀じ登る。
高速道路のサーヴィスエリア。ジャケットを羽織ったギウが、甘い物を手に自動車に戻る若い夫婦に声をかける。こんにちわ。すいません、妻の実家を訪ねた帰りなんですが、財布を無くして…掏られたみたいで…。僕たちに何の用? 家に帰りたいんですが、ガソリンが切れてしまったんです。2万ほど借りられませんか、家に着いたらすぐに送金しますから。妻(손예원)に促されて財布を確認した夫(손용범)は現金の持ち合わせがないという。そこへウニがテクの手を引いて現れる。パパ、いつになったら帰れるの? 早く帰りたいよ。車で待ってろって言ったろ、何で出て来るんだ! 見かねた妻がカカオペイで送金しますと申し出るが、ギウはスマートフォンを示して電池切れだと言う。妻は再度探すよう夫に催促し、クルマの中を探す夫のポケットから財布を取ると、妻が2万ウォンを取り出してギウに渡す。ありがとうございます。親子が礼を言う。口座番号を教えて下さい、帰宅したらすぐに送金しますから。妻が名刺をギウに渡してカカオペイで送金するように言う。親子は改めて礼を言う。
ベンチに座ってカップ麺を食べる4人。おいしい? 母の問いかけに激しく頷くジウ。ジスクはテクにもっとゆっくり食べるように言う。釣りだ。ギウがジスクに残金を預ける。7400ね。ジスクはブタの小銭入れにしまう。テクはもう1つ食べたいよと洩らす。
日が傾く。キャンプは楽しいな。ギウはサーヴィスエリアの芝生にテントを立てる。手伝うことはあるかと訊ねる子供たちにテントに荷物をしまうように言う。
夜。テントを背にしたギウが妻に体を求めるが、ジスクが拒む。これからどうなるの? ずっと歩き続けるんだよ。再びギウが妻にちょっかいを出す。やめてって。夫婦てじゃれ合って笑っていると、テントで寝ていたテクが何か食べてるのと尋ねる。何も食べてないという母親に、テクは背中が痛いと訴える。ギウは背中が痛いと思うから背中が痛くなる、痛くないと思えば痛くなくなると言う。テクは隣のウニにお腹が空いたと訴える。ウニはお腹が空いてないと思えばお腹は空かないと諭す。不満そうな弟にウニはガムを取り出して与える。
朝。一家が寝ていると、サーヴィスエリアの職員(이재우)がテントを揺らす。ここはキャンプ禁止区域です。すぐにテントを畳んで下さい。5分で出て行かないなら強制的に撤去しますよ。分かりましたから、ご心配なく。ギウがテントから顔を出して答える。職員が立ち去ると、ギウは寝ようと言って再び横になる。ウニが心配するが、ギウは気にせず眠る。。
女子トイレの洗面台でウニが洗髪し、隣ではジスクがテクノ顔を拭いている。隣に来た若い女性が鬱陶しそうにウニに荷物をどかすように言い付ける。ウニが荷物をずらす。
芝生ではギウがテントを片付け終え、歯磨きをしてむせる。
レストラン。ギウがチゲの定食を1つ運んできて、食べようと元気に言う。神に感謝の祈りを捧げ、4人で分け合って食べる。
ジャケットを羽織ったギウが、指の狭い隙間から人を眺めるといい人かどうか分かるんだとウニに説明している。ギウはやたら汗をかき、タオルで顔を拭く。暑いの? いや。
テクは母親と一緒にダンゴムシを観察したり、髪の毛を切ってもらったり、遊具で遊ぶのに付き合ってもらったりする。
ギウは夫婦に2万ウォンを借りようと声をかけるが現金がないと断られる。
ギウが声をかけた眼鏡の男性(장준학)は、ギウに家はどこかと尋ねる。急な質問に戸惑ったギウはマサンにあると答える。マサンのどこ? 2万ウォンで帰れるのか? ええ。車はどこ? …向こうに。身分証を見せてもらえる? …身分証、ありませんよ、財布と一緒に無くしてしまって。現金は持ってないんだ、悪いね。いくらかでもあれば、お返ししますから。すまないが他を当たってくれ。男は車に乗り込み、車を発進させる。後部座席にはソトクソトクを頬張る少年が乗っていた。ウニが羨ましそうに少年の姿を目で追った。
ひもじいウニは女子トイレに駆け込み水を呑む。サングラスを掛けた女性(라미란)がその水は呑んじゃダメよと声を掛ける。ウニは女性をしばし見詰めると、その場から逃げ出す。
サングラスの女性がレストランで一人寂しく麵を頬張っている。レストランのガラスに少女と少年が張り付いているのに気付く。
サングラスの女性が車に戻ったところへギウが駆け付ける。財布を無くしてしまったんです、2万ウォン借りられませんか?

 

チャン・ギウ(정일우)は、妻アン・ジスク(김슬기)、9歳の娘ウニ(서이수)、5歳の息子テク(박다온)とともに徒歩で旅をしている。向かうのは、高速道路のサーヴィスエリア。ギウは駐車場に立ち、休憩を終えて出発しようとする人に声を掛ける。妻の実家に行った帰り、財布を擦られて困っている、帰宅したらすぐに振り込むので2万ウォンだけ貸してもらえないか。現金の持ち合わせが無いとか、忙しいからとギウを相手にしない人がほとんど。それでもタイミングを見計らい、ウニとテクが早く帰りたいと泣きつくと、幼い子供達の姿に絆されて貸してくれる人もいる。ギウはすぐさま相手を安心させるために決して振り込むことはない口座の情報を求める。金が手に入るとカップ麵を買ったり、1食を4人で分けたりして、食事を取る。夜は併設されている緑地にテントを張って眠る。頭を洗ったり身体を拭いたりはトイレで済ませてしまう。子供達は遊具を使ったりかくれんぼしたりして遊ぶ。ウニは事情を慮って水を呑んで空腹を紛らわせるが、テクはすぐに空腹を訴える。その度ギウは空腹だと思うから空腹になる、空腹じゃ無いと思えば空腹じゃなくなると諭す。ウニは弟に飴などを与えて凌がせる。ある日、サングラスの女性(라미란)にギウが声を掛けると、忙しいと断られるが、3人が姿を現わすと、彼女は翻意して要求に応えてくれた。トイレやレストランでウニやテクの姿を目にしていて、同情したのだ。彼女はさらに5万ウォン紙幣をウニに差し出す。

(以下では、冒頭意外の内容についても言及する。)

ギウの一家はサーヴィスエリアにテントを張り、財布を盗られたから2万ウォン貸して欲しいとドライヴァーに訴え、せしめた金を食費に充てて生活している。テントを撤去するよう求められると、また別のサーヴィスエリアに向かい長距離を徒歩で移動する。
幼いテクは空腹に耐えられずすぐに不平を漏らす。姉のウニは事情を察して大切にとってあった飴などを弟にあげて自らは水で凌ぐ。身重の母親はまずは子供たちに食事が回るように心を砕く。ギウは家族にひもじい思いをさせているが、とにかく明るく振る舞う。その明るさが、極限の生活を何とか支えている。
ギウは生活のために金を「借りる」。返済を免れようと逃げる。逃げるためにまた罪を犯す。借金と罪責とはどんどんと膨らんで行き、どこまでも逃げ続けなくてはならない。逃走生活の発端には、ギウが意図せず負ってしまった責任がある。ギウが逃走を繰り返すのは、被せられた責任に抗う、彼なりの抵抗の仕方なのだ。
家族の姿が鏡や車などに映り込む場面が挿入される。それは無限に向かうイメージの増幅なのか、あるいは自らを省みて悔悛を促すための仕掛けなのか。
常に死に追いかけられて生きているなら、およそ生きるとは逃げることなのかもしれない。
ジスクはその生い立ちから、家族を守りたいという思いが強い。
サングラスの女性はリサイクルショップを経営している。ある家の家具と別の別の家の家具とが隣同士で店内に並んでいる。それは、家が「家族」であり家具が家族のメンバーだとして、「家族」という枠組みをリサイクルショップという1つの屋根(≒社会)に拡張した状況を表わしてる。それは、国家が事件被害者に対して補償を給付することに怒りを表わす人々の姿を対照的に挿入することによって、社会の分断の回避を示すものだ。
自動車の車「輪」、「輪」になって踊る、リ「サイクル」ショップ。回転は繰り返しであり、永遠の生へと連なっていく。そこには社会を超えて、さらに広い生命観を持つことをも示している。