可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『レッド・ロケット』

映画『レッド・ロケット』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
130分。
監督・編集は、ショーン・ベイカー(Sean Baker)。
脚本は、ショーン・ベイカー(Sean Baker)とクリス・バーゴッチ(Chris Bergoch)。
撮影は、ドリュー・ダニエルズ(Drew Daniels)。
美術は、ステフォニック(Stephonik)。
原題は、"Red Rocket"。

 

長距離バスの座席で眠りこけていたマイキー(Simon Rex)が目を覚ます。テキサスシティの煙突が立ち並ぶコンビナートが車窓に広がる。手ぶらでバスを降りるマイキー。彼の左目の辺りには痣がある。打ち棄てられた家屋、工場の前を通り過ぎ、屋根の向こうに工場の煙突を臨む、粗末な平屋の住宅にやって来る。
マイキーは、軽く手櫛で髪を整えると、玄関に向かう。ドアを叩こうとして躊躇し、電話を取り出す。レクシー(Bree Elrod)、俺だよ、マイキーだ。おいおい、切るなよ。驚かせてやるからさ。マイキーはドアをノックする。どちらさん? 清掃業者? 義母のリル(Brenda Deiss)が姿を見せる。驚いた? 何てこった。俺も会えて嬉しいよ。元気だった? まあねえ。マイキーだよ。忘れたの? 分かってるさ、何しに来たんだい? レクシーに会いにさ、もちろん義母さんにも、2人にね。レクシーは今いるの? リルがレクシーを呼ぶ。何てこと! 驚いた? どうなってるの、何しに来たわけ? 俺も会えて嬉しいよ。何から話せばいいかな? 来ないで! 家に入ろうとするマイキーをレクシーが慌てて止める。滅茶苦茶ね。本当。分かったよ、言いたいのはさ…。何でここにいるの? 何日か泊めてもらえないかって。駄目、家には入れない。ママ、先に戻っててくれる? レクシーはドアを閉めると玄関ポーチでマイキーと話す。何のマネよ? 分かるけどさ、想定外だって。あんたに想定外なんてないでしょ。相変わらず生意気な口利いちゃうんだなあ。レクシーは鼻で笑う。何しに来たか知らないけど何もしてあげられない。だから何しに来たとかどうでもいいわけ。出てって。リル! ブラインドの隙間からこっそり覗いている義母に気付いたマイキーが挨拶する。レクシーは母親を詰る。俺だって来たかなかったさ。気まずいさ。私だってあんなに来て欲しくない。行く当てがないから泊めてもらいたいだけだ。うちがホテルにでも見えるわけ? 本気で言ってんのか? 敷地から出てもらっていい? どうするつもりだ? 警察呼んで欲しいの? 警察呼ぶよ。やめろ! レクシーが10数え始め、マイキーは慌てて目の前の道路まで走り去る。もう敷地の外だ! 警察は呼べないだろ! 公共の場所にいるんだからな! 境界は侵してないぜ! 叫ぶマイキーにレクシーが声を抑えるよう訴える。こっちに来りゃいいだろ、そしたら大声出す必要なんてないんだ! やむを得ずレクシーは玄関と道路の半分くらいの位置までに歩いて行く。何日か寝る所が必要なだけだ。大事じゃ無いだろ? 巫山戯るんじゃないよ! レクシーが引き返す。俺に何があったか知りもしないだろ? 俺の顔を見てみろよ。2日間もバスに揺られて、バス停からここまで歩いたんだ。自分の母親んとこに行きゃいいでしょ! ラボックの老人ホームにいんだよ。そんなとこで寝れないだろ。マイキー、何が望みなの? 何度も言ってんだろ、ただ何日か泊めてくれって。金か? 22ドルある。ほら、取りに来いよ。あんたは前もって電話すべきだったのよ。
家の外。レクシーが椅子に坐って犬を撫でている。マイキーがその脇で煙草を吸いながら訴える。電話してたら駄目って言ったろ。来ても駄目なのは一緒でしょ。分かってるだろ、行くとこがありゃ文字通りの乞食みたいなことしないって。入れてくれないならターピーの公園で寝るよ。野宿しろってのか? 二度とテキサスには戻らないって言ったよね。その後にヤバい状況になっちまったんだよ。どうしようもないだろ。いないいないばあ! マイキーがブラインドから覗く義母を揶揄う。お前の母さんは言ってんだよ、彼を入れてシャワーを使わせて上げてって。ワンちゃんもな、こいつは良い奴だ、彼に漲るもので分かるぜってな…。お願いします、シャワーを使わせて下さい!

 

ロサンゼルスでポルノ映画に出演していたマイキー(Simon Rex)がバスに2日揺られてテキサスシティに向かう。バスを降りたマイキーは歩いて妻レクシー(Bree Elrod)の家へ。17年ぶりに姿を現わした義理の息子にリル(Brenda Deiss)は苦い表情。レクシーからは、2度と戻らないと出て行ったと詰られ、敷地から出ていかないなら警察を呼ぶとマイキーを追い払う。それでもめげないマイキーはレクシーに哀願して徐々に間合いを詰め、シャワーを浴びさせて欲しいと言って家の中に入り込む。呆れ果てる二人を前にマイキーは来訪までの経緯を捲し立て、男手が必要だとか、すぐに働き口を見付けると言って、遂に数日の滞在を認めさせる。だが空白の17年とポルノ俳優の経歴は、マイキーに真っ当な職を与えない。やむを得ずマイキーは旧知のレオンドリア(Judy Hill)を訪ね、売人をして凌ぐことにした。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ロサンゼルスでポルノ映画に出演していたマイキーは共演女優アシュリーに勃起不全――マイキーに言わせれば全くの出鱈目――を訴えられ廃業し、2度とも取らないと捨て台詞を吐いて出て来たテキサスシティの妻レクシーの元に舞い戻る。
マイキーはドーナツ店のアルバイト店員ストロベリー(Suzanna Son)に一目惚れし、見栄を張ってハリウッドで俳優事務所を経営していると吹聴し、高級住宅街の邸宅に住んでいるフリをする。虚勢を張るのは、勃起の使用に比せられよう。だが、ストロベリーはマイキーの噓や過去(ポルノ映画に出演していたこと)に頓着しない。マイキーが執着するのは、ストロベリーの愛らしいルックス、性的魅力(ポルノ女優としての資質)だけでなく、過去を受け容れる度量があるからだろう。
レクシーとのセックスでは必要な勃起薬を、ストロベリーとの性交の際には必要としない。マイキーは、自分を再び勃たせてくれる――それは街中の看板に記されたMake America Great Againと共鳴する――ストロベリーとともに再起を図ろうと企てる。
マイキーは裸で仕事をしてきたため、屋内では裸で過すことが多いが、それはマイキーの偽りの無い姿である。再起を図る決心は、やはり裸で示されることになるだろう。
隣家の青年ロニー(Ethan Darbone)――かつてレクシーがベビーシッターをしていた――は軍歴詐称を繰り返す。ロニーにとって軍歴詐称は、事故を奮い立たせる勃起薬だ。ロニーがつまらない虚勢を張るのをマイキーは笑うことができない。
冒頭、マイキーがレクシーやリルに居候させてもらおうと間合いを詰めるシーンから、マイキーのキャラクターを巧みに描き出していて見事。
対象にすっと寄ったり離れたりするカメラワークが印象的。セックス描写はさらっとして小気味好い。