映画『マイ・スイート・ハニー』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の韓国映画。
118分。
監督は、イ・ハン(이한)。
脚本は、イ・ビョンホン(이병헌)。
撮影は、イ・テユン(이태윤)。
照明は、ユ・ヒョクジュン(유혁준)。
美術は、キム・ヒョンオク(김현옥)。
音響は、キム・ソクヒョン(김석현)。
編集は、ナム・ナヨン(남나영)。
音楽は、チョ・ヨンウク(조영욱)。
原題は、"달짝지근해: 7510"。
朝6時。目覚まし時計が鳴る前にチャ・チホ(유해진)が目を覚ます。予定表を確認すると、顔と足を念入りに洗い、冷蔵庫から作り置きの麦茶を出してボトルに注ぐ。8時と同時に家を出ると、年季の入った緑の車で坂道を下る。マクドナルドのドライブスルーに立ち寄ると、常連のチホにいつものものでいいかと確認される。店員の挨拶にぎこちなく応じたチホは車を走らせる。会社の駐車場に着くと「豆腐シェキ」スナックのアドトラックが駐まっていた。
製菓会社の研究室。白衣のチホは様々な食材を組み合わせて、新しいスナックの開発に余念が無い。同僚の研究員は昼食を取りに行きますと声をかけてチホを置いて出て行く。12時のアラームが鳴る。チホは抽斗から皿を取り出すと、色取り取りのパウダーとチップスを載せて順に試食し、昼食に代える。チホの熱心な研究成果が、ヒット商品「豆腐シェキ」だった。5時のアラームとともにチホは姿を消す。
帰宅したチホはカウチでテレビに向かい、スナックを囓る。こうしてまた1日が終り、チホはベッドに入り眠りに就く。
公園のベンチに坐るチホが台詞の練習をする。市販されている菓子は検査に合格し基準をクリアしています。但し、摂取量や保管状態によっては人体に有害である可能性があります…。卒業以来会ったことの無い小学校の同級生イングク(이지훈)から依頼されての撮影だった。スタッフがマイクを付けて音声を確認する。パッケージの裏面にある栄養情報を確認して下さい。ディレクターを兼ねるプロデューサーのイングクがうとうとしていたカメラマンに声をかけて目を覚まさせると、チホの方に笑顔で近付く。昔から菓子が好きだった。夢を叶えたよな。羨ましいよ、チェ・チホ。チャ・チホです。そうだ、チャ・チホ。この台本を読んで。台本なら持ってます。これも。インタヴューも台本通りに? 社会問題を告発する番組がもっと見てもらえるにはさ、ヴァラエティ要素が欲しいんだ。ヴァラエティ? うまく編集するから。友達を助けてよ。モザイクも入れるから心配しないで。誰にも分からない。イングクがスタッフに撮影開始を告げる。
製菓会社の役員会議。ディスプレイには菓子の危険性を告発する番組が映し出される。顔にモザイクのかかった白衣の人物が語っている。菓子を取り過ぎると、アトピー性皮膚炎、注意力欠如、多動性障害、非行、先天性異常の原因になります。喫煙で夫を亡くし、子供を菓子で失った母親は正気でいられません。議長が映像を止める。地球滅亡が菓子の責任か? チャ主任は世間知らずなのか頭が足りないのか? 両方でしょう。チャ主任ではなくテレビ局が悪い。名札にモザイクをかけてないじゃないか。懲戒は避けられない。いじめて退社に追い込むのはどうですか? 社長の息子ビョンフン(진선규)が提案する。チホの上司ドンウ(이준혁)が彼はいつも1人で家と研究所を往復しているから意味がないと否定する。改めてビョンフンが切り出す。チャ主任は研究室の柱で、彼の「豆腐シェキ」のおかげで今があります。近く上場するところです。他社に引き抜かれるのは痛い。いつまでも中堅企業でいるわけにはいかないでしょう。議長がそのうちほとぼりは冷めるだろうと静観することに決める。ドンウがチャ主任の健康診断の結果が良くないと報告する。新製品のプロジェクトが始まるまで休暇を取らせればいいとビョンフンが言い置いて出て行く。議長は会議がチャ主任の話題に終始することを嘆く。
始末書を書いたチホは、5時とともに退社した。
消費者金融の店舗。窓口では笑顔のイ・イルヨン(김희선)が冴えない表情を浮かべるパク・スンジュン(윤병희)に元気を出して、みんな苦労してますと言いながら書類を差し出す。スンジュンがイルヨンを睨んで返済を迫る。イルヨンこそ、追加融資を求めに来ていた客だった。無理です。仕事に就いてませんから。娘は大学に入りましたし。飲みました? 匂います? ランチのときに1本だけ。怒ったスンジュンが立ち去ろうとするのを引き留めたイルヨンは、スタッフ募集のポスターに目を向けさせる。主婦可。初心者歓迎。
今日から一緒に働くことになったイ・イルヨンさんだ。スンジュンが他の女性スタッフ同様ピンクのカーディガンを身に付けたイルヨンを紹介する。おはようございます、イ・イルヨンです。頑張りますので、よろしくお願いします。同僚たちが拍手する。
チャ・ソクホ(차인표)が警察署の掲示板のガラスを割る。韓国司法は何やってやがる! 俺はおつとめを全うした! 何で俺の顔があるんだ! 指名手配犯のポスターにはソクホの顔と名前が残っていた。満期の出所は確認とれたんですけどね、規定上外せないんですよ。警察官はペンでソクホの顔に×を入れる。ソクホが止める。警察官が今度は顔をペンで塗り潰す。止めろ!
酔っ払ったソクホが坂道をふらつきながら登り、1軒の家の前で暗証番号を押す。7[チ]
、5[ホ]、7[チ]、5[ホ]。あっさりドアが開く。だが、チェーンがかかっている。チホ! リヴィングでテレビを見ていたチホが慌てて玄関に向かう。お帰り、兄さん。チホは兄の帰宅を喜ぶ。何でチェーンロックなんてしてんだ? 指名手配されたとき兄さんがしろって。ソクホはすぐに出なければならないという。今? 頼んでおいた金をくれ。賭博? ああ。チホは財布を盗りだし紙幣を渡す。勝率はまずまずなんだけどよ、負けが大きくてな。
製菓会社の研究員チャ・チホ(유해진)は正時を基準とした規則正しい生活を送りながら、四六時中新しい味の開発に余念が無い。チホの手掛けた「豆腐シェキ」は大ヒットし、会社は近く上場する見込みだ。チホが小学校の同窓であるテレビプロデューサーのイングク(이지훈)から菓子の健康への悪影響を訴えるドキュメンタリー番組に出演を依頼され、台本通りにコメントをした。チホの顔はモザイクが掛けられていたが名札は丸見えで、チホは会社を内部告発する結果を招来してしまう。チホの上司ドンウ(이준혁)からチホの健康状態が芳しくないと聞いた、社長の息子で創業者の孫であるビョンフン(진선규)は、チホに休暇を取らせて世間のほとぼりが冷めるのを待つことにする。暴力沙汰で服役していた兄チャ・ソクホ(차인표)が刑期を終えてチホの家に転がり込む。ソクホは賭博中毒で、早速無心して愛人ウンスク(한선화)と賭場に向かう。のみならずソクホは借金の肩代わりをチホに求めた。チホが返済のために消費者金融の店舗に向かうと、店内で柄の悪い男が怒鳴りながら電話をしていた。チホは隣に坐っていた女の子が怖がらないように笑わせる。窓口係のイ・イルヨン(김희선)が怒鳴る客を追い払い、チホの番号を呼ぶ。イルヨンは女の子を和ませたチホの真似をしてみせる。人付き合いの苦手なチホは自分に好意を示すイルヨンに対応できずさっさと支払いを終える。駐車券のサービスがないと言われたチホが憤慨して帰るとイルヨンに呼び止められた。イルヨンはチホを追いかけて階段から転がり落ちるが、チホは咄嗟にイルヨンを避けてしまう。イルヨンが駐車料金の硬貨を手にしていたのに気づいたチホは責任を感じて動顚し、当てもなくイルヨンを背負って走り出した。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ナイーヴな製菓会社の研究員チャ・チホにひょんなことから消費者金融の窓口係イ・イルヨンが好意を抱き、一緒に食事に行く。孤食を嫌うイルヨンは研究のために菓子ばかりを口にして栄養失調だったチホに手料理を振る舞い、代わりにチホはイルヨンに車の運転を教えることになった。2人は次第に親密になるが、チホの兄チャ・ソクホは、高給取りでありながら頭が足りない弟に未婚の母が財産目当てで近付いていると2人を別れさせようとする。のみならず、イルヨンの娘イ・ジンジュ(정다은)は4年に1度姿を現わす暴力的な実父イ・ユク(정우성)を毛嫌いして射撃を始め、母親が男性と交際すること自体を受け容れようとしない。
チホは相手に対して斜めに顔を向けて見詰める癖があり、それは睨んでいる悪印象を相手に与えてしまう。イルヨンに対する愛の告白でもチホは斜めに睨んでしまう。だがそれは悪印象を生むことはないだろう。チホのキャラクターが描かれるうち、チホの「睨み」を読み解く鍵が鑑賞者に与えられたのだ。一見悪に見えることも、実は善であるかもしれない(逆もまた然り)。それが本作のメッセージであろう。
チホの家は坂道の途中にあり、イルヨンの暮らす集合住宅の前にもスロープがある。イルヨンがチホに向かって転げ落ちるのは階段である。ラストシーン(正確にはその直前)でも坂道が重要な舞台となる。なぜか。坂道には上り坂と下り坂の2種類があるだろうか。当然答えは否である。坂道は上り坂であり下り坂、どちらの性質も併せ持つのだ。あらゆることには二面性があり、白黒は付けられないのである。
車も重要な役割を担う。チホが通勤――途中でドライブスルーに立ち寄る――に使う緑の車ははイルヨンの教習車にもなる。ハザードランプを真似た目をパチパチさせるサインは2人にとって重要なコミュニケーション・ツールになる("달짝지근해"はハザードランプの点滅のことかもしれない)。交通事故はチホの過去、カーチェイス、ラストシーン(正確にはその直前)の3回描かれる。
チホが胸の痛みを感じると駆け込む薬局の薬剤師(염혜란)や、イルヨンの暮らす集合住宅の「ジュリエット」(고아성)に求愛する「ロミオ」(임시완)、倒産した宅配チキン会社の社長(우현)なども登場する。
原題にはチホを現わす7と5、イルヨンを表わす1と0とが入れられている。ジンジュの実父ユクは6と9である。チホの時計のアラーム、消費者金融、駐車料金、治療費、刑期、賭博、クーポン券など数字が出て来る場面は多々あるが、数字に籠められた意味合いはあるのだろうか。