展覧会『斉木駿介「リプレイする」』を鑑賞しての備忘録
横浜マリンタワー2階アートギャラリーにて、2024年5月1日~6月30日。
長時間見詰めることも少なくないスマートフォンやPCなどのディスプレイ、あるいは街中で意図せず目に触れるカラーコーンや防犯ステッカーなどを含めた日常風景を再現する絵画作品14点で構成される、斉木駿介の個展。
《リプレイする》(1120mm×3880mm)は、各地の震度を表す数字の入った地図、犬のキャラクター、焼きそば風のインスタントカップ麵のロゴ、災害時などコマーシャルが放映されない場合に流される映像、コミュニケーションアプリの画面などが組み合わされた絵画。画面左側では動画共有サーヴィスの再生マークが、画面右側では画面をスワイプするような線の軌跡が重ねられている。日常生活を送る中で、スマートフォン、PC、テレビなどのビジュアルディスプレイターミナル(VDT)の視覚像の占める割合は小さくない。VDTの映像が日常の風景の一部を成している。ならば液晶画面に表示されるイメージが現実の景観として絵画において表されることは至極当然である。「超大盛」の二次情報・三次情報の波に呑み込まれていく。「つなみ! にげて!」と警告されたところで、スワイプされてしまうのは必死である。同テーマの《スキップする風景》(1120mm×3880mm)では、腰まで水に浸かった作家がそれでもなおスマートフォンを構え自撮りする様が描かれる。《リプレイする》は現実の再現(replay)である。
《みんな見てるぞ!!》(227mm×158mm)は目のイラストとともに「みんな見てるぞ!!」と記された防犯ステッカーを再現した作品。ジョージ・オーウェル(George Orwell)の小説『1984年(Nineteen Eighty-Four)』に登場するビッグ・ブラザーの向こうを張り、スマートフォンを携えたリトル・ブラザーズたちによる相互監視社会を描いた作品である。もっとも、この作品自体が展示壁面の隅の見えづらい位置に飾られていることから、「歩きスマホ」で防犯ステッカーが見られていないことを揶揄している可能性も否定できない。
楕円形の画面《sanctuary》(910mm×610mm)は、赤いカラーコーンを補色となる緑を背景に描いた作品である。会場の壁面沿いには実際にカラーコーンが5本立てられている。カラーコーンを結界として、絵画の展示壁面を聖域(sanctuary)に設定しているのである。丁度バードサンクチュアリにおいては観察舎でバードウォッチングを楽しむことができるように、絵画の「サンクチュアリ」では、対象である絵画と視覚のみの関係を築かせることを示している。それは同時に、《fiction balcony》(530mm×727mm)において手摺に布団を干したベランダに立つ人物が遠くのビル越しに上がるキノコ雲を眺めるように、危難を対岸の火事として眺めることへと反転する。VDTで世界を眺める者こそ、聖域にいるのである。《sanctuary》を右に90度倒せば、動画共有サーヴィスの赤い再生マークの似姿が現われる。
《漆黒のディスプレイ》(333mm×220mm)は、電源を落としたスマートフォンのディスプレイに映る作家の自画像である。黒地に黒で描かれた自画像は、二次情報・三次情報を遮断して自省する作家の姿であるとともに、それを眺める者にも同様の自省を促すものである。だから会場には、カーヴミラーが設置されているのである。