可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『バティモン5 望まれざる者』

映画『バティモン5 望まれざる者』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のフランス・ベルギー合作映画。
105分。
監督は、ラジ・リ(Ladj Ly)。
脚本は、ラジ・リ(Ladj Ly)とジョルダーノ・ジェデルリーニ(Giordano Gederlini)。
撮影は、ジュリアン・プパール(Julien Poupard)。
美術は、カリム・ラガティ(Karim Lagati)。
衣装は、ノエミ・ヴェシエ(Noemie Veissier)。
編集は、フローラ・ボルピエール(Flora Volpelière)。
音楽は、ピンク・ノイズ(Pink Noise)。
原題は、"Bâtiment 5"。

 

パリ郊外の自治体「モンヴィリエ」。移民が暮らす老朽化した集合住宅が建ち並ぶ区域では再開発が進んでいた。向かいに建設中のアパルトマンから騒音が響く、1棟の古いアパルトマンの1室では、アビー・ケタ(Anta Diaw)の祖母が亡くなり、親類縁者が集まっていた。アビーは柩を前にした母親タニア(Djénéba Diallo)の隣に立つ。参列者は順々に柩の祖母に神に迎えられるようにと声をかけ、タニアとアビーにお悔やみを言う。タニアは参列者に感謝の言葉を返す。神が報いて下さいますように。私たちを団結させて下さいますように。タニアは感極まる。お祖母ちゃんは私たちのもとを去ってしまったわ。
柩が部屋から出される。男たちが4人がかりで柩を支え狭い階段をゆっくり下っていく。エレベーターは長年壊れたままで使えなかった。階段の所々には物が放置されていて、どかさねばならない。照明が切れていてスマートフォンの灯りが必要になるところもある。男たちがどんなに慎重に運んでも柩が揺さぶられるのは避け難い。安らかに眠りにつけないなんて。タニアが思わず嘆きの言葉を漏らす。こんなところで生活するなんて真っ平よ。ようやく柩が建物を出た。待機していた黒いヴァンに柩が運び込まれ、タニアとアビーが別れを告げると、バックドアが降ろされる。ゆっくりと進むヴァンの後を参列者が付いて歩く。
首長のジルベール・ブノワ(Philippe Collin)を始め「モンヴィリエ」行政府の面々がステージに上がり、再開発の記念式典が挙行された。会場にはアビーの姿もあった。アパルトマンの爆破解体のカウントダウンが始まり、ゼロとともにブノワがボタンを押すと、背後のアパルトマンが一瞬にして崩れ落ちる。それとともにブノワも胸を押えて倒れ込む。崩落したアパルトマンの埃が押し寄せ、呑み込まれた人々は真っ白になる。救急隊員がブノワに心臓マッサージを行う。副首長のロジェ・ロシュ(Steve Tientcheu)が発破の責任者に激烈に抗議する。
小児科医で議員の副市長ピエール・フォルジュ(Alexis Manenti)が付き添いで救急車に乗り込んだ。車内でAEDで蘇生を試みるがうまくいかず、結局ブノワは帰らぬ人となった。
病院の外に「モンヴィリエ」行政府を取り仕切る4人が集まり、当座の対応について話し合う。ブノワがゼネコンとの契約を巡って捜査対象となっていることをアニェス・ミラス(Jeanne Balibar)が確認する。ブノワ亡き今、ロジェが狙われるとビゾ知事(Olivier-Pierre Richard)が指摘する。何で俺が? パリにいりゃ安心だと思うなよ。だからこそ船を救出しなければ。何で俺に船の話なんだ? 俺を海に放り込もうってのか? 俺はお前の移民労働者だと? ロジェ、捜査当局は亡くなったブノワには手を出せない、捜査対象は君なんだ。君は首席副首長なんだから。アニェス、俺は15年もこの職にあるんだ。駆け出しのピエールは地元を把握出来てない。小児科医なんだ。ピエールには資質がある。手が汚れていない。汚れ役を引き受ける奴がいるから回るんだ。トイレットペーパーみたいに代えりゃいいのか。ロジェ、落ち着いた? 私たちは一緒に仕事をするの、あなた無しではこの街が回らないことは知っているわ。アニェスはロジェを宥めると、ピエールに向かい、党にどのように報告するか尋ねる。

 

パリ郊外の自治体「モンヴィリエ」。移民が暮らす老朽化した集合住宅が建ち並ぶ区域では、首長ジルベール・ブノワ(Philippe Collin)主導でジェントリフィケーションが推進されていた。老朽化したアパルトマンを爆破解体する式典でブノワが急死。与党議員団の代表アニェス・ミラス(Jeanne Balibar)はビゾ知事(Olivier-Pierre Richard)とともに、ブノワの右腕として再開発利権を巡る汚職に手を染めた主席副首長のロジェ・ロシュ(Steve Tientcheu)ではなく、副首長の経験は浅い小児科医で議員のピエール・フォルジュ(Alexis Manenti)を首長の臨時代行に立てることに決める。ピエールの妻ナタリー(Aurélia Petit)は事前に相談して欲しかったと首長就任により家庭が政治に巻き込まれることを懸念した。「モンヴィリエ」行政府の資料保管庫に勤務するアビー・ケタ(Anta Diaw)は、友人以上恋人未満のブラズ(Aristote Luyindula)に手伝ってもらいながら、移民の支援団体を運営していた。アビーは再開発計画が事前の説明と異なり大家族に対応していないことをロシュに抗議する。だがロシュはアビーの母タニア(Djénéba Diallo)の非スラムへの転居を叶える見返りにアビーの口を閉じさせる。アビーは首長臨時代行のピエールに直談判するが相手にされない。温厚でありながら生真面目なピエールは、ブノワの宿願であるスラム一掃計画を淡々と推進することを決意していたのだ。ピエールは治安改善と未成年者保護の観点から未成年者の夜間外出禁止令まで発する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

アビーはマリ出身移民の三世。パリ郊外の架空の街「モンヴィリエ」にある老朽化したアパルトマンで暮らしながら、地元行政府の資料保管庫に勤務し、移民の生活支援に当たる活動も行っている。資料保管庫に突然フランス語がほとんど話せないタニア(Judy Al Rashi)がやって来る。シリア難民のタニアはエリアス(Mohamad Al Rashi)とともに、ナタリーの支援を受けながら生活し始めたところだった。恐らくはナタリーに頼まれ、ピエールが口を利いて採用されたのだろう(アビーの動きを封じる手立てになるとも考えたのかもしれない)。
アビーは行政府の進める再開発計画が事前の説明と異なるとロシュに抗議する。だがロシュはアビーの母親の転居に便宜を図ることをちらつかせて反論を封じ込める。老獪なロシュは住民の信頼を得て利害関係を把握し、表と裏の顔の使い分けで巧みに住民を誘導してで政策を実現しようとする。それに対し、生真面目なピエールは合理性と法規を盾に取り、杓子定規に政策を実行に移す。彼が小児科医に設定されているのは偶然ではない。未成年者の保護を名目に夜間外出禁止令を発するのが典型であるが、生命・身体等への配慮を名目に生そのものを管理する「生政治」の権化なのだ。そして、汚職に関与した、すなわち住民とのしがらみのあるロジェには出来なかったスラム一掃――古いアパルトマンからの住人の退去――に、ピエールは何の躊躇もなく突き進むのである。それを可能にするのが、住民の生命に対する配慮なのだ。

執務室に乗り込んできたアビーに対しピエールが警察に通報しようとする場面、エリアスが食料雑貨店の店主と支払いを巡ってなかなか意思疎通できない場面、拘束あれたアビーが警察官(Carima Amarouche)に同じ住民ではないのかと問う場面を始め、ジェントリフィケーションが進められる地区の様々な摩擦が随所に描かれる。

 ジェントリフィケーションとは、再開発やリノベーションなどによる景観の大きな変化、地価の急騰、住民や利用者の大きな変化、という3つの変化があるエリアで同時に起きることを指す。このような空間変容を「街がきれいになり、地価もあがる良いこと」と考える人も少なくない。(略)〔引用者補記:住民の視点からの弊害〕の1つに、地価高騰による住民の立ち退きがある。居住地が遺伝子よりも人の学歴や生涯収入、健康などに大きな影響を及ぼす「近隣効果」にちいては研究が進んでいる。その点で立ち退きは単なる居住問題にとどまらず、人生の諸側面に深刻な負の影響をもたらす。(略)
 新たに開店する商業施設が高すぎて利用できなかったり、自転車シェアリングなどの公共投資が生活スタイルに合致しなかったり、ストリートヴェンダーなどの「生業」が地域住民の富裕化にともなって非合法化されたりするなどの物理的支障がある。また再開発にともなって住民が親しんできた地域の名称が変えられたり、そこに根づいてきた文化が新しい住民の文化に置き換えられたりすることで生じる象徴的な面への影響もある。
 さらに、住民構成の変容が「地域のつながり」に及ぼす影響もある。「ダイバーシティ・セグリゲーション」とは地域社会に多様な住民が住んでいるにもかかわらず、その間に交流が全くない状態を批判的に捉える言葉だ。このような「交流なき他社との共存」は異なる閉経を持つ隣人への偏見をなくすどころか強めたり、摩擦を引きおこすこともある。それを象徴するのが、ジェントリフィケーションの進む地区では警察や行政への通報が他地区よりひずっと覆いというデータだ。ちょっと声をかければ解決できるような些細ないきちがいも、コミュニケーションが取れないことから、すぐに通報という行動に至ってしまう。そのような行動と警察などの介入が、かえって隣人間の緊張を高め、ときに深刻な対立や事件につながっている。このような住民の「地元にいながら部外者になる経験」が明らかになる。(森千香子「再開発と空間闘争の記号としてのブルックリン」『UP』第53巻第5号/2024/p.24-25)