映画『関心領域』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ・イギリス・ポーランド合作映画。
105分。
監督・脚本は、ジョナサン・グレイザー(Jonathan Glazer)。
原作は、マーティン・エイミス(Martin Amis)の小説『関心領域(The Zone of Interest)』。
撮影は、ウカシュ・ジャル(Łukasz Żal)。
美術は、クリス・オッディ(Chris Oddy)。
衣装は、マウゴザータ・カルピウク(Malgorzata Karpiuk)。
編集は、ポール・ワッツ(Paul Watts)。
音楽は、ミカ・レビ(Mica Levi)。
原題は、"The Zone of Interest"。
1943年。ナチス・ドイツのアウシュビッツ。強制収容所所長を務める親衛隊中佐ルドルフ・ヘス(Christian Friedel)の一家がソワ川にピクニックに来ていた。嬰児のアンナグレット(Anastazja Drobniak/Cecylia Pekala/Kalman Wilson)を抱えた妻ヘートヴィヒ(Sandra Hüller)は、娘のハイデトラウト(Lilli Falk)とインゲ=ブリギット(Nele Ahrensmeier)が家政婦のエルフリーダ(Medusa Knopf)とともにベリーを摘むのを見守る。ルドルフはシュヴァルツァー(Max Beck)とともに息子のクラウス(Johann Karthaus)とハンス(Luis Noah Witte)を連れて川に降り、水浴びをする。
ピクニックを終えたヘス一家は2台の車に分乗し、日が落ちて暗くなった林道を抜け、帰宅する。
ヘス一家の住まい。1階の灯りが消され、続いて2階の灯りも消されていく。夫婦の寝室。それぞれのベッドにルドルフとヘートヴィヒが横になる。部屋に叫び声が漏れ伝わる。
朝、親衛隊の制服を着たルドルフが目隠しをされ、クラウスとハンスに誘導されて家の外に連れ出される。クラウスが目隠しを外すと、妻と娘たちがカヌーとともにルドルフを迎えた。私のために? そうだよ。お誕生日おめでとう。どこで手に入れたんだ? 伝手があるのよ。3人乗りか。乗りたい者? 子供たちが手を挙げる。貴様だ。ルドルフがアンナグレットを抱き抱えて坐らせる。ペンキがまだ乾いてないな。ペンキが着いてしまう。表に顔を出したエルフリーダから登校の時間だと告げられ、子供たちは慌てて家に駆け戻る。ルドルフはそのまま門を出て馬に跨がった。アンナグレットを抱いたヘートヴィヒが夫を見送る。夫が出て行くと、ヘートヴィヒは庭に咲く花々をアンナグレットに見せてやる。薔薇の香りを嗅ぐ? 見て、大きなダリアね。テントウムシがいるわ。アンナグレットが小さな手を花に伸ばす。
強制収容所の有刺鉄線の張られた壁沿いには花壇が設えられ、芝生の道は石畳になっている。その道を男(Andrey Isaev)が孤輪車を押してヘス家の庭に入る。入れ違いに別の男が監督官に付き添われて猫車を押して出て行った。蒸気機関車の入選する音が響く。ゾフィー(Stephanie Petrowitz)が食料品を受け取り、棚にしまう。ヘートヴィヒが受け取った袋をマルタ(Martyna Poznanski)に階上に運ばせる。ヘートヴィヒはダイニングテーブルに手に入った衣類を食卓に拡げ、1つずつ好きなものを持っていくようエルフリーダ、ゾフィー、アニエラ(Zuzanna Kobiela)らに言う。
ヘートヴィヒは階上の夫婦の寝室へ向かい、受け取った毛皮のコートを姿見の前で羽織ってみる。乾いた銃声が室内に届く。ヘートヴィヒはアニエラにクリーニングと裏地の補修を言い付ける。ヘートヴィヒは再び夫婦の寝室に戻り、鏡台の前で口紅を試し塗りして、拭い去る。
ルドルフがトップフとその息子たち社の技術者フリッツ・ザンダー(Benjamin Utzerath)とカール・プリュファー(Thomas Neumann)、それに親衛隊中佐ヘルムート・ビショフ(Klaudiusz Kaufmann)を伴って帰宅した。
1943年。ナチス・ドイツのアウシュビッツ。親衛隊中佐ルドルフ・ヘス(Christian Friedel)は、所長を務める強制収容所の隣接地に、温室やプールを備えた庭を持つ屋敷を構えていた。号令、悲鳴、犬の吠え声、銃声、収容者を運び込む蒸気機関車のたてる音など、収容所からは四六時中何かしら音が届く。ルドルフの妻ヘートヴィヒ(Sandra Hüller)は庭造りに精を出すとともに、収容者から取り上げた衣類や化粧品など手に入れ、少女時代に夢見た以上と自ら評するほどの奢侈な生活を送っていた。ルドルフは、子供たち――クラウス(Johann Karthaus)、ハイデトラウト(Lilli Falk)、インゲ=ブリギット(Nele Ahrensmeier)、ハンス(Luis Noah Witte)、アンナグレット(Anastazja Drobniak/Cecylia Pekala/Kalman Wilson)――をソワ川での水遊びに連れ出したり、愛好する乗馬に付き合わせたり、娘たちに読み聞かせをしたり、家族サーヴィスも怠らない。ヘートヴィヒの母リンナ・ヘンゼル(Imogen Kogge)がヘス家を訪れ、娘の一家の暮らしの豊かさに驚く。ルドルフは所々の強制収容所を監査する副監察官へ昇進が決まり、オラニエンブルクに赴任することになる。ルドルフは転勤をヘートヴィヒに伝えかねた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ナチス・ドイツのアウシュビッツの強制収容所で所長を務めたルドルフ・ヘスの一家を描く。アメリカ・イギリス・ポーランド合作映画だが、英語ではなくドイツ語で演じられる。
黒地に白文字で"The Zone of Interest"とタイトルが表示され、音楽が流れて始まる。次第に文字が暗くなり、背景に溶けて消える。黒い画面のまま、音楽は環境音が重ねられる。それでも真っ暗闇の状態は続き、鳥の鳴き声が響いて、ヘス一家の河畔でのピクニックに切り替わる。これは、鑑賞者に対し、見えないもの(=音声)に注意を向けさせる仕掛けである。ヘス一家の豪邸での日常生活を描きながら、隣の強制収容所の内部が映し出されることは決してない。言わば「黒塗り」にされている。だが映像はなくとも、号令や悲鳴、犬の吠え声、銃声、収容者を運び込む蒸気機関車のたてる音など音声は常に漏れ伝わるのである。ヘス家の暮らしが明るく健康的であればあるほど、ブラックボックスである収容所からの音の不穏さが高まっていく。
ルドルフは、家族には優しい父親で面倒見がよく、愛馬がいる。街で婦人が
散歩させていた犬にまでも、子供の頃飼っていた犬種だと言って優しく接する。また、将来に渡って近傍の美観を高めることになるからと、収容所の塀の周囲を飾るライラックを傷めることがないよう命令を下す。そのルドルフは、ナチスの他の高官が懸念するほど効率的な強制収容所の遺体焼却システムを構築する。人間の二面性が描かれる。
ルドルフが娘たちに「ヘンゼルとグレーテル」を読み聞かせる。そのとき、モノクローム、かつ写真のネガフィルムのように明暗が反転した映像で、ポーランド人少女(Julia Babiarz)が強制収容所の作業所に忍び込み、収容者のために果物を置いていく姿が映し出される。ルドルフの鮮やかな世界とは反転した世界であることが示される。
(以下では、結末についても言及する。)
ルドルフが体調を崩して医師の診察を受ける病院、そして、彼の勤務する庁舎の建物は白い壁で、アウシュヴィッツの庭付きの邸宅と対照的に、「モノクローム」に近い世界である。ルドルフは庁舎の階段を「降り」ながら、「吐瀉」する。胃の内容が「逆流」するのだ。世界が反転することが示唆される。ルドルフのカラフルな世界がモノクロになるなら、ポーランドの少女のモノクロームの世界が色付くだろうことを。
「アウシュヴィッツの女王」ヘートヴィヒを演じるSandra Hüllerはさすがの貫禄。日本では今年(2024)公開された『落下の解剖学(Anatomie d'une chute)』(2023)でも素晴らしい演技を見せた。出演作『ありがとう、トニ・エルドマン(Toni Erdmann)』(2016)もお薦め。
Christian Friedelもヘス計画を遂行したナチスの高官である一方、家族思いの父親で動植物を愛好する人物としてのルドルフを演じて説得力がある。