展覧会『堀聖史「マジックタイム・スイートホーム」』を鑑賞しての備忘録
Bambinart Galleryにて、2024年5月17日~6月8日。
生と地続きである死をマジックリアリズムの手法で描いた作品で構成される、堀聖史の個展。
《カフェ》(388mm×425mm)には、窓辺のテーブル席で、窓から射し込む夕陽を背にスマートフォンを操作する白い猫(?)のような人物(?)と、その傍らの黄緑のカーテンの蔭で、金魚鉢のようなカフェオレボール(?)を両手で支え持つ赤い肌の女性が猫人間のスマートフォンの画面を見詰める姿が描かれている。カフェオレボールの受け皿、テーブルに射す光、スマートフォンがそれぞれ○・△・□の形状をしていることから、スマートフォンを通じて世界を眺めているのだろう。夕闇が迫り、世界は間もなく終わろうしている。
落ちるのは陽だけではない。《赤い屋根》(380mm×455mm)や《木の陰》(455mm×380mm)では天使が墜落している。堕天使は、黄泉に落とされ、穴の奥底に入れられることになる。
《シーユー》(606mm×455mm)では日傘を差した女性が坑口のような穴に向かっている。彼女も泉下に向かうのだ。
スイートホームとは、死後の安住の地としての地下世界のことではないだろうか。
《スラム》(1000mm×803mm)は、中南米の街を思わせる、低い建物とヤシの木が立つ未舗装の通りで、車や自転車が行き交う中、蛍光色の黄緑のシャツを着たハート形土偶のような顔をした人物(?)が人間の脚を持つ鳥(?)を手に載せている姿が描かれる。画面左下から右奥へ向かって延びる通りの手前に「ハート型土偶」がいて、その頭上には、白い流体が変じたミミズク型土偶らしきものがある。「ハート型土偶」の人物の左手には人間の脚を持つ鳥が坐っている。その脇には蝶の羽根を持つ妖精(?)が身を屈めて様子を窺う。また、マンドラゴラが二股に裂けた根で駆け、あるいは球体や帽子など雑多な物が積み上がって人の姿をなしている。空っぽのカーキの三輪自動車や青白い白いガスが充満する白い「ビートル」が走って来るのと反対に、自転車に乗った人たちが一列になって奥へ走り去っていく。通りの左側に並ぶ建物には青白い鬼火や人影が見える。街を覆う黄ばんだ青空の右上には、裸足で歩く人物の脚が下から見上げる形で描かれている。蝶の羽根を持つ妖精やマンドラゴラから連想するのは、ギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)監督の映画『パンズ・ラビリンス(El laberinto del fauno)』(2006)である。黄土の支配するカラッとした《スラム》の世界は、ダークファンタジー『パンズ・ラビリンス』とはかなり趣を異にするが、マジックリアリズムの手法(タイトルの「マジックタイム」からも窺える)を用いて帰るべき場所(タイトルの「スイートホーム」からも窺える)を描く点で共通する。自転車に跨がる人々が背を向けて走り去る先には、帰るべき場所=黄泉があるのだろう。土偶は土中から掘り出され、鳥は死者を運ぶ。空っぽの車は死者を迎えるために用意された乗り物なのだ。
《プラットホーム》(1455mm×1120mm)は、手前にあるレストラン(?)のテーブルにナイフとフォークを構える人物が坐り、「レストラン」と接続した奥のプラットホームに停まる電車に男が駆け込んだ姿が場面を描いた作品。タイル張りの床に置かれたテーブルの天板は緑色で、赤い植木鉢に小さなヤシの木が植えられている。緑と赤の組み合わせは、中華料理店を思わせるが、テーブルに着いた人物はナイフとフォークを手にしてる。但し、その手首は鎖でテーブルに固定されている。「レストラン」とプラットホームの間にあるパーテーションは一見すると写真入りのメニュー表のようである。だが右側のパーテーションをよく見ると、リュウゼツランらしき植物が生えた黄色い大地に彷徨う女性が6つの場面に分けて、映画の齣のように描かれているのが分かる。レストランのタイルからプラットホームに向かって黄色い点字ブロックが延び、その先に電車の車両が停まっている。駆け込んだ男の後ろ姿が明るい車内に見える。電車から「レストラン」に向かって、灰色の風が灰色の雪を伴って吹き込んでくる。ところで、プラットホームは、史上初の映画に描かれた場所である。作品を映画のメタファーと捉えれば、パーテーションになぜ映画のようなものが描かれているのかも納得がいく。黄色い点字ブロックには円柱状の突起ではなく「CCC」と記されている。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(Culture Convenience Club)である。黄色いブロックはレストランからプラットホームへとTの形に並んでいる。これはTポイントである。Tポイントはカルチュア・コンビニエンス・クラブが展開する映像・音楽ソフトのレンタル店TSUTAYAのポイントプログラムであった。Tポイントは2024年4月にVポイントに移行し、その名称が消滅した。その背景には、映画の視聴がプラットフォーマーの提供するストリーミング配信へと転換し、レンタル事業が衰退したことがあるだろう。男が駆け込んだ(乗り換えた)のは、Netflixのようなコンテンツ・プラットフォームだったのだ。ならばレストランに吹き込む雪は、映像データのストリーミングのメタファーと言えよう。食卓にいながら(縛り付けられたまま)映画を楽しむことができるということ、夢のような時間(magic time)を家(sweet home)で楽しむことができる時代ということを《プラットホーム》は描いていたのかもしれない。ホーム・シアターもまた黄泉のメタファーである。