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芸術鑑賞の備忘録

映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』

映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のイギリス映画。
108分。
監督は、ヘティ・マクドナルド(Hettie Macdonald)。
原作は、レイチェル・ジョイス(Rachel Joyce)の小説『ハロルド・フライのまさかの旅立ち(The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry)』。
脚本は、レイチェル・ジョイス(Rachel Joyce)。
撮影は、ケイト・マッカラ(Kate McCullough)。
美術は、クリスティーナ・ムーア(Christina Moore)。
衣装は、セーラ・ブレンキンソープ(Sarah Blenkinsop)。
編集は、ナポレオン・ストラトジナキス(Napolean Stratogiannakis)とジョン・ハリス(Jon Harris)。
音楽は、アイラン・エシュケリ(Ilan Eshkeri)。
原題は、"The Unlikely Pilgrimage of Harold Fry"。

 

イギリス南西部、デボン州サウスハムズ地区にある町キングスブリッジ。モーリーン・フライ(Penelope Wilton)が掃除機をかけている。ハロルド・フライ(Jim Broadbent)はカーテンの隙間から向かいのレックス(Joseph Mydell)が剪定するのを眺める。郵便局の赤い車が家の前に停まった。
ハロルドがモーリーンと朝食を囲む。ハロルド宛の手紙が届いていた。ベリックに知り合いなんていたか? 知りませんよ。手で開封しようとするハロルドにモーリーンがナイフを渡す。なんてこった。クイニー・ヘネシー(Linda Bassett)からだ。誰? ずっと昔、醸造所にいたんだ。車で送ったことがある。ハロルドが手紙を読む。どうしたの? ホスピスにいるんだ。お別れの手紙だよ。今日は良い日和よ。表に出たらどう? ハロルドは醸造所の日々を思い出す。
ハロルドが食卓でクイニー宛の手紙を書いている。まだ坐ってるの? クイニーに返事を書いてるんだ。しっくりこない。メールすればいいのに。やってくれるか? なんで私が? さあね。こういうのは得意だろ。彼女と働いてたのはあなたでしょ。思った通り書きなさいよ。
手紙を書き終えたハロルドがコートを羽織って家を出る。洗濯物を干すモーリーンに出かけると声をかける。遠くへ? ポストで投函するだけだ。
おはよう、ハロルド。おはよう、レックス。良い日和だな。ああ。散歩か? ポストまで。妻を亡くして以来手紙なんて来ないよ。
ハンドルを握るハロルドに助手席のクイニーがキャンディーを差し出してくれたことが思い出される。
ハロルドはポストまで来たが、投函できずに駅へ向かう。駅前のポストにはちょうど郵便配達員(Tigger Blaize)が回収に来ていた。持っていきましょうか? いや、郵便局に用があるから。
郵便局まで歩いてきたが、ハロルドは素通りしてさらに歩いて行く。
モーリーンはハロルドを呼ぶが返事がない。ポストまでと言っていたのにまだ帰ってないらしい。電話するが、ハロルドの携帯電話は食卓で鳴った。
ハロルドはガソリンスタンドまでやって来た。併設の店舗に寄って牛乳を買う。レジに立つのは腕にタトゥーを入れた青い髪の女の子(Nina Singh)。ガソリンは? 結構。手紙? 友人にね。いいね。癌なんだ。今すぐ出して帰宅すべきだな。伯母が癌だった。袋は? 何だって? 牛乳の。大丈夫。諦めないで。大事なのは薬とかそういうんじゃないよ。ハート。信じる気持ちある? ハロルドには彼女が一瞬眩しく見えた。くだらないか。くだらなくない。残念だけど信仰心は持ち合わせてないんだ。宗教の話じゃないよ。自分が変われるっていう自信。変われると自信を持って伯母さんは良くなった? 希望が持てたって。全て失ってしまっても。
ガソリンスタンドを出ると目の前にあった電話ボックスに入った。ハロルドはベリックのホスピスに電話をかける。クイニー・ヘネシーと話したいのですが。伝えたいことがあって。残念ながら。手遅れでしたか? クイニーは今眠っているので。伝言なら。ハロルドは雲間から射し込む光を遠くに見る。ハロルド・フライが向かっていると伝えて下さい。ただ待っていて欲しいと、私が救うから。私が歩き続ける限り、彼女は生き続けるはずです。よく聞こえません。何をするって? 歩きます。歩くんですね? サウスデボンからベリックまで。今出るところです。私が歩く限りは彼女は生きなければならないと、今回はがっかりさせないと伝えて欲しい。
電話ボックスを出ると、ポストに行って、待っててくれと走り書きした手紙を投函する。ハロルドが歩き出す。

 

イギリス南西部、デボン州サウスハムズ地区にある町キングスブリッジ。ハロルド・フライ(Jim Broadbent)は妻モーリーン(Penelope Wilton)と2人で年金生活を送る。だが息子デイヴィッド(Earl Cave)を喪って以来、夫婦仲は冷え切っていた。かつての同僚クイニー・ヘネシー(Linda Bassett)から1通の手紙を受け取る。クイニーはイングランド最北の町ベリックのホスピスにいた。別れの挨拶だった。ハロルドは何とか短い返信を認めると、モーリーンにポストまでと言って家を出る。剪定のために表にいた向かいのレックス(Joseph Mydell)に手紙を出すと言うと、妻を亡くして以来手紙なんか来ないとレックスはぼやいてみせた。最寄りのポストまで来たハロルドは投函を躊躇う。駅まで行くがやはり手紙を出せない。ガソリンスタンド併設の店舗で牛乳を買うと、レジの青い髪の女の子(Nina Singh)がハロルドの手紙に気が付く。癌の友人宛の手紙だと告げると、大切なのは変われる自信で、そのお蔭で癌の伯母は持ち直したと言う。ハロルドは彼女に光輪を見た気がした。店を出たハロルドは電話ボックスからホスピスに電話を入れる。クイニーと話すことは叶わなかった。そのとき、遠くの空に雲間からの陽差しを見た。ハロルドは、歩いて向かうからクイニーに待っていて欲しい、私が歩き続ける限り、彼女は生き続けるはずですと言うと電話を切る。デイヴィッドを失ったショックでハロルドが職場で問題を起こしたとき、ハロルドの身代わりになって職場を去ったのがクイニーだった。待っててくれと封筒に走り書きするとポストに投函し、ハロルドは800キロ先のホスピスを目指して歩き始める。すぐに戻るはずのハロルドが帰宅せず、モーリーンは家で1人気を揉んでいた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ハロルドは息子デイヴィッドが自殺したことにショックを受け、職場で問題を起こした。その際、ハロルドの身代わりになって職場を去ったのが親しくしていたクイニーだった。以来音信不通になっていたクイニーからホスピスにいると別れの手紙を受け取ったハロルドは、罪滅ぼしをしたいと、クイニーに会いに行くことにする。偶々ガソリンスタンドの店員に大切なのは変われるという自信だと言われ、自分が変わるチャンスだと一念発起したのだ。
ハロルドはホスピスのクイニーの見舞いに行くことにする。しかも、乗り物を使わず、歩いて。それは時間を引き延ばすためである。再会まで待たなくてはという気持ちがクイニーを生き長らえさせることになるのではないかと。
デイヴィッドは自死を選んだ。人間は死を避けられないから、デイヴィッドもいずれ死ぬ。だが、分子調理(cuisine moléculaire)のように、結果が同じならそれでいいとはならない。大事なのは、その過程だ。
物語や映画もまた、大切なのは過程であり、語り方である。だからシェイクスピアの作品は未だに世界中で上演されるのだ。
雲間から差す光(silver lining)も太陽光線に過ぎない。だが、それは希望の兆しと看做される。
歳を重ねても、人は変わることはできる。そして、変化によって今ここにある幸福に気付くことができる。『青い鳥(L'Oiseau bleu)』である。
印象的に登場する光により、この作品自体、雲間から差す光(silver lining)とならんとしている。