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芸術鑑賞の備忘録

映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
133分。
監督は、アレクサンダー・ペイン(Alexander Payne)。
脚本は、デビッド・ヘミングソン(David Hemingson)。
撮影は、アイジル・ブリルド(Eigil Bryld)。
美術は、ライアン・ウォーレン・スミス(Ryan Warren Smith)。
衣装は、ウェンディ・チャック(Wendy Chuck)。
編集は、ケビン・テント(Kevin Tent)。
音楽は、マーク・オートン(Mark Orton)。
原題は、"The Holdovers"。

 

1970年12月。ニューイングランド。由緒ある全寮制男子校バートン・アカデミー。のクリスマス休暇目前の校地を雪が覆う。小さな聖堂では、合唱団が監督が(Peter Krasinski)の指導で「ああベツレヘムよ」を練習をしている。最初の音を。生徒たちが発声する。よろしい。忘れないように、何より歌詞が大事です。「初めに言葉ありき」です。歌詞に集中するように。歌詞で音楽を組み立てるのです。息を吸って。吐いて。じゃあ冒頭の和音を。良いですよ。中音をもう少し。高音は素晴らしい。もう1度。では最初の章節を。♪ああベツレヘムよ ♪などかひとり ♪ほしのみ匂ひて ♪ふかくねむる ♪しらずやこよひ ♪くらきそらに ♪とこしへのひかり ♪てりわたるを
ダニー(Naheem Garcia)が未知の雪を搔いている。雪かきされた道を生徒たちが行き会う。
教師の独身寮。ポール・ハナム(Paul Giamatti)が自室でパイプを咥えながら机に向かう。ペリシテ人ども。怠惰にして品性下劣、腐った俗物どもめ。独り言ちながら答案に厳しい評価を付けていると、事務のリディア・クレーン(Carrie Preston)がハナム先生と呼んでドアをノックするのが聞こえる。今は忙しい。校長がお呼びです。やむを得ず席を立ちドアに向かう。何の要件で? さあ、クリスマス休暇の件では? すぐ行きます。それは何? クリスマスのクッキーです。先生方のために。全員にというわけではないんです。とにかく、これはあなたに。トレイに載った色取り取りのクッキーをハナムが受け取る。
アンガス・タリー(Dominic Sessa)が自室でトランクに衣類を詰めていた。抽斗から親子で撮った写真を取り出してトランクにしまう。女性もんの下着かよ。クランドル(Cole Tristan Murphy)が冷やかす。『女王陛下の007』でジェイムズ・ボンドが履いてたやつさ。ショートパンツにすりゃいいだろ。セントキッツに行くんだ、ショートパンツなんて履く奴いるかよ。タリーが女もんの下着履いてセントキッツに行くんだと。ああ、そうだよ、お前の母親のな。楽しませてもらったって言っとけ。そこへテディ・クンツ(Brady Hepner)が俺の煙草はどこだとやって来た。俺のもん盗むな。言い掛かりつけんな。お前、煙草5本でエロ本手に入れたんだろ。俺はポルノになんて頼らない。間に合ってるからな。クランドルの母親ならな。そこへハリマン(Carter Shimp)がハッパの袋を手にやって来る。これで10ドル? ぼったくりだろ。ふざけんな、上物だよ。俺がここで休暇をやり過ごすのに必要なんだからさ。クリスマスを1人過ごす奴を憐れんでやれよ、ハッパとポルノが必要なんだ。
厨房。鍋をかき混ぜていたメアリー・ラム(Da'Vine Joy Randolph)が時計を見る。10分だよ。調理に当たる女たちに声をかける。窓の外に目をやると、雪が降りしきっていた。
ハナムが雪の中、校長室に向かう。
食堂では生徒や職員がテーブルを囲み、お喋りを楽しみながら食事を取っていた。本当に免れたのか? 今年は君の担当だろ。ローゼンスウィーグ(Dustin Tucker)がエンディコット(Bill Mootos)に尋ねる。そうだ。ウッドラップに母が膠原病だと。そうなのか? さあ。じゃあ誰の担当になったんだ? 誰だと思う? 哀れな斜視の先生か。2人の前にはいつも通り、ハナムの席が空いていた。
校長室。ハナムが机に鎮座している酒瓶に目を見張る。レミーマルタンルイ13世だよ。理事会からのクリスマスプレゼントでね。校長のハーディ・ウッドラップ(Andrew Garman)が説明する。たいそう気前の良い方々なんだね。ハンナム、また担当してもらったすまんな。非常事態でなければお願いしなかったがね。エンディコットの母親の件ですね。お気の毒だ。休暇で出かける予定はなかったんだろ。もちろん特別手当は出すよ。"Non nobis solum nati sumus." 我らは自らのためのみに生くるにあらず。キケロかね。その通り、よく覚えてたな。今年居残るのは4人だけ。校長がハナムにリストを手渡す。ああ、この不良どもか。少しはお手柔らかに頼むよ。休暇中に家にいられないのは彼らにとって辛い経験だ。この子らに自由など必要ない。君は極めて優れた教師だがね、生徒への接し方は因襲的だ。1797年創立の我が校は伝統が売りだと思いますがね。それなら偏狭と言おう。ジョーダン・オズグッドを落第させたことをまだ根に持っているんですね。オズグッド上院議員プリンストンがジョーダンの入学許可を取り消したことに怒り心頭だったんだ。寄付をもらえるなら問題のある少年たちに目を瞑っていて構わないというのかね? もちろんそうではない。しかし政治に無関心ではいられない。あの少年には知性が備わっていないのだ。最大の支援者の息子なんだからね、多少の配慮があって然るべきとは思わないのかね? だからこそ一流の教育を授けたんですよ。グリーン前校長は我々の唯一の目的は善良な人格の陶冶だと言っていた。誠実さを犠牲にしてはならないとね。基本的な学問の規律を授けようとしているだけだ。君もそうだろう? かつてはね。校長になって学校経営はそんなに単純にはいかないと思い知ったんだ。高い評価を望んだわけじゃない、ギリギリの及第点を与えて欲しいと頼んだだけだ。ここにはそうする教師もいるだろう、だが私は違う。校長は説得を諦めて手引きと鍵束をハナムに渡す。必要なのは生徒たちの安全と健康を確保することだけだ。人間のフリだけでもしてくれ給え。クリスマスなんだ。

 

1970年12月。ニューイングランドに所在する伝統あるボーディングスクール、バートン・アカデミー。クリスマス休暇を控え、古典教師のポール・ハナム(Paul Giamatti)は自室に籠もり期末試験の採点をしていた。事務のリディア・クレーン(Carrie Preston)が手製のクッキーを差し入れ、校長のハーディ・ウッドラップ(Andrew Garman)が呼んでいると言う。エンディコット(Bill Mootos)が母親の病気を理由に免れた休暇中の学生監督をハナムが引き受けることになった。校長は大口の寄付者である上院議員の息子を落第させプリンストン大学から入学許可を取り消された件を根に持っていた。終業式では、司祭(Alexander Cook)が学食の主任メアリー・ラム(Da'Vine Joy Randolph)の息子で卒業生カーティス・ラムがヴェトナムで命を落としたことに言及し、メアリーを慰めた。終業式を終え、ハナムは居残る4人の生徒、テディ・クンツ(Brady Hepner)、ジェイソン・スミス(Michael Provost)、アレックス・オーラーマン(Ian Dolley)、イェジュン・パク(Jim Kaplan)に対して2週間の休暇のオリエンテーションを始めたところへ、苛ついたアンガス・タリー(Dominic Sessa)がやって来る。アンガスの母ジュディ・クロットフェルター(Gillian Vigman)が再婚相手スタンリー・クロット・フェルター(Tate Donovan)と急遽ハネムーンに出かけることになり、カリブ海での避寒旅行がキャンセルになったためだった。アンガスは反抗的な皮肉屋だがハナムが滅多に与えない「良」を与えるほど飛び抜けて優秀な生徒でもあった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

名門ボーディングスクール、バートン・アカデミーの古典教師ポール・ハナムは、自身、同校の卒業生であった。彼は極めて厳格な姿勢で生徒に望み、父親が上院議員で大口の支援者であろうと容赦なく落第させる。ハナムが決して妥協しない姿勢を貫くのには学生時代に起きたある事件が現在に至るまで尾を引いているためであった。
アンガス・タリーは、クリスマス休暇にカリブ海を訪れる予定であった。ところが母親が再婚相手と急遽新婚旅行に出かけることになり、4人の生徒と監督のハナム、学食の主任メアリー・ラムとともにバートン・アカデミーに居残ることになった。なおかつ居残りだったジェイソン・スミスの父親(Greg Chopoorian)が皆をスキーに連れ出してくれることになったが、保護者と連絡がつかないアンガスだけは外出許可が下りなかった。アンガスは母と義父のために居残り組となり、さらに居残り組の中で居残りになってしまったのである。
メアリー・ラムの息子カーティスは優秀だったが貧しかったために大学進学を断念した。徴兵されたカーティスは退役した教育給付が受けられるから運が良いと喜んでヴェトナムに赴き二度と祖国の土を踏むことは無かった。メアリーはカーティスを妊娠中に夫を造船所の事故で失った。夫は25歳になれなかったが、息子は20歳にすらなれなかった。
学生時代の出来事に加え、斜視やトリメチルアミン尿症により、ハナムの孤独と悲しみは雪のように降り積もり、すっかり依怙地になっていた。だがアンガスやメアリーらと過ごすうち、ハナムの姿勢が僅かながら変化していく。"Non nobis solum nati sumus.(我らは自らのためのみに生くるにあらず。)" ハナムは校長(ハナムのかつての教え子である)に指摘した言葉を自ら実践することになる。その背景にはアンガスとの間で"entre nous"の関係を築けたことがある。私(moi)から私たち(nous)へ。ハナムは孤独を脱したのである。
ハナムはアンガスに説く。人間の経験には新しいものなどない。だから歴史は単に過去の研究ではなく、現在を説明することができるのだ、と。そのことを理解したアンガスは、避けてきた過去=父親(Stephen Thorne)と対峙する。そのことで現在の問題を解決することになるだろう。