映画『スリープ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の韓国映画。
94分。
監督・脚本は、ユ・ジェソン(유재선)。
撮影は、キム・テス(김태수)。
照明は、イ・ジウ(이제우)
美術は、チョン・ウンギョ(정은교)とシン・ヘナ(혜나)。
衣装は、ヤン・ヒョンソ(양현서)とチェ・ジアン(최지안)。
編集は、ハン・ミヨン(한미연)。
音楽は、チャン・ヒョクジン(장혁진)とチャン・ヨンジン(장용진)。
原題は、"잠"。
チョン・スジン(정유미)は夜中に夫オ・ヒョンス(이선균)の鼾で目を覚ます。隣にヒョンスの姿は無い。ベッドサイドランプを点けると、ヒョンスはベッドに腰掛けていた。あなた? 誰か入って来た。何? ヒョンスは倒れて鼾を搔く。スジンが失笑する。そのとき寝室の外で物音がした。ヒョンスに声をかけるが起きない。スジンは大きなお腹を抱えてリヴィングに向かう。念のため電動ドリルを手に取った。そのとき再び叩きつける音がしてスジンが驚く。ベランダのドアが風のために開いたり閉じたりを繰り返していた。スジンがドアで片方だけのサンダルが挟まっているのを見付ける。サンダルをどかすと、今度はベランダの棚から物が落ちる。近付くと、ポメラニアンのフチュが潜んでいた。何してるの? フチュを抱き上げる。寝室に戻ったスジンは眠りこけるヒョンスを叩くが、寝穢く眠り込んでいる。夫の足から片方だけのサンダルが落ちた。
【第1章】
起きて。身支度を整えたヒョンスが寝室のカーテンを開ける。あと5分。ヒョンスが蒲団に潜り込む妻に近付き起きてと繰り返すと、キスをする。朝食あるから。行かないで。スジンがヒョンスを抱き締める。
リヴィングの壁には2人の写真とともにヒョンスの演技を評価する記事、受賞した俳優賞のトロフィーなどが飾られている。「2人一緒なら乗り越えられない困難はない」と記した板も掲げてあった。朝食を終えたスジンがカレンダーで予定を確認する。フチュ、しっかりお留守番してね。スジンがドアを開けると、女性(김국희)にぶつかる。大丈夫ですか? 階下に引っ越してきたパク・ミンジョンだった。つまらないものですがとミンジョンは菓子を差し出す。美味しそうですねとスジンが受け取る。それでちょっとお話が。明け方にドンドンと音がして、1週間ほどは我慢していたんですけど、叫び声も聞こえたので。叫び声? ああ、昨晩の。もう聞こえませんよ、大変失礼しました。もう少しお気遣い頂けると。もちろんです。
スジンは大手食品会社に勤務している。仕事を終えたスジンが朝のミンジョンとのやり取りを電話でヒョンスに愚痴る。もう少しお気遣い頂けるとだって。昨晩だけでしょ。なのに1週間ずっとうるさかったって。大袈裟に言う人は多いよ。車で迎えに来ていたヒョンスがスジンに声をかける。音楽をかけて助手席にスジンを迎える。お疲れ様。大変だった。抱き合う2人。ヒョンスが車を走らせる。じゃあ下の部屋の爺さんは引っ越したってこと? もういない。静かなはずだ。あの爺さんと来たらな。本当にもう。おふたりさんは本当に夫婦仲が良いようだねえ。毎晩大騒ぎだ。止めてよ。ベッドが軋む音で一晩中眠れんよ。止めて。新しい住人も曲者よ。頂き物も開けてないの。非を認めたことになるから。自棄食いしてやる。スジンがミンジョンからの頂き物をがつがつと食べ始める。
リヴィングのカウチでテレビドラマを見ながら、スジンがヒョンスに昨晩の出来事を訴える。「誰か入って来た」って。誰が入って来たんだ? 知らないわよ。夜中にあなたが言ったの。「誰か入って来た」って落ち着いた声で。それでまたすぐに寝ちゃったのよ。妻を危険に曝すなんてよくできたもんね。お腹が大きくなったらもう興味なし? 何馬鹿なことを言ってるんだ。ヒョンスはスジンが自棄食いする菓子を取り上げる。食べ過ぎだよ。仕方ないでしょ! 泣くなよ。あっ、「誰か入って来た」って俺の科白だ。ヒョンスは台本を持って来て科白を探す。待って、あなたのシーンよ。病室の中でVIPの警備をするスーツ姿のヒョンスがいた。恥ずかしいよ。格好いいわ。「差し障りがあるなら外で待機しますが」。SP役にはまってる。どんな役もやれるのね。
ベッドでスジンがヒョンスの台本を確認する。ヒョンスの科白に「誰か家に入って来た」とあった。スジンは昨夜はスヒョンが寝ぼけていただけだったのだと安心する。ねえ、もう寝た? ヒョンスは眠りながら唸るように幽かな返事をする。見た目が変わっても私のこと愛してくれる? 現場には綺麗な女優さん大勢いるでしょ?
大手食品会社でチームリーダーを務めるチョン・スジン(정유미)と、俳優の夫オ・ヒョンス(이선균)の夫婦は、生活リズムがまるで異なるが「2人一緒なら乗り越えられない困難はない」をモットーに仲睦まじい結婚生活を送っている。スジンは出産を控えるが勤務を継続している。ある晩、ヒョンスの鼾で目を覚ましたスジンは、ベッドに腰掛けた夫が「誰か入って来た」というのを聞く。その直後に大きな物音がする。ヒョンスは眠り込んでいたためにスジンが1人寝室を出ると、ベランダのドアに白いサンダルが挟まって閉らず、吹き込む風に煽られて音を立てていた。翌朝、ヒョンスが早朝に家を出た後、出社しようとしたスジンを、階下に越してきたパク・ミンジョン(김국희)が菓子を手に挨拶に訪れ、1週間ほど騒音に悩まされていると訴えた。ミンジョンが昨晩1日の騒動を大袈裟に言い立てたと会社に迎えに来たヒョンスにスジンがぶちまける。。2人は以前階下に暮らしていた老人に夫婦生活を揶揄われたことを話題にした。帰宅後、スジンは昨晩ヒョンスが「誰か入って来た」と呟いた出来事を話題にする。記憶のないヒョンスは自分の科白に「誰か家に入って来た」とあったのを思い出し、スジンに脚本を見せて安心させる。翌朝、スジンは隣に眠るヒョンスの顔が血だらけなのに驚く。ヒョンスは無意識に右頬をかきむしっていた。ヒョンスは応急手当だけをして撮影現場に向かうが降板させられる憂き目に合う。スジンはヒョンスが受けた仕打ちに憤慨する。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
チョン・スジンは妊娠して体型が大きく変わり、愛する夫オ・ヒョンスが自らに興味を失うのではないかと恐れている。ヒョンスの俳優としての活躍が自慢だが、仕事現場で若く美しい女性と接する機会も多いという懸念もスジンの不安を高めることに繋がる。
オ・ヒョンスは、受賞歴もある若手の実力派俳優。仕事はコンスタントに入るものの大きな役は回ってこないようだ。スジンは励ましてくれるが歳を重ねて俳優として食べていけるのか自信を持てなくなっている。娘の誕生は第2の人生を始めるいいきっかけではないかと考え、公認仲介士の資格を取得しようとしている。だがヒョンスに俳優として輝いて欲しいスジンは、「2人一緒なら乗り越えられない困難はない」と夫を叱咤激励する。
年齢を重ね、子供を持つようになり、夫婦や家庭に対する理想像がスジンとヒョンスとの間でズレていく。将来に対する不安がヒョンスの睡眠時随伴症となり、ヒョンスが恢復しないことに対する不安がスジンの精神を蝕んでいく。
ドアに頑丈な鍵を付けたり、窓に柵を設けたりするとともに、ヒョンスを寝袋で寝せるなど、夢遊病の対策を講じる。医師(윤경호)の助言に従い断酒し朝方の生活に変えるなど、生活習慣の改善も図る。だが根本的な不安が取り除かれない限り、ヒョンスが恢復することはなく、それに応じてスジンも正常は精神状態を保てなくなっていく。
(以下では、後半の内容についても言及する。)
スジンの母(이경진)がムーダン(巫堂)(김금순)を連れて来る。ムーダンはヒョンスに憑いた霊はスジンに執着しており、祓うためには名前を知らなくてはならないとスジンに心当たりを調べさせる。結果として浮上したのが、スジンに執着していたと思われる、階下に暮らしていた老人であった。スジンは母が奨めるムーソク(巫俗)など無意味と無視していたにも拘わらず、ヒョンスに憑いた老人の霊を祓うことに躍起になる。ヒョンスに憑いた死霊は、犬が吠える音や赤ん坊の泣き声に煩わされず2人で暮らしたいと言ったという。だがこれは本当に階下に住んでいた老人の死霊なのであろうか。違うだろう。ヒョンスがスジンに対して抱く願望であり、普段はそれが意識により抑圧されているが、コントロールが不能となると、表面に浮上するのだろう。
(以下では、結末の解釈について述べる。)
ヒョンスはスジンのプレッシャーから逃れることで恢復する。だがヒョンスの前に、彼の(潜在的)欲求を抑圧するスジンが現われる。ヒョンスは、スジンの思い描く通り、老人の霊が取り憑いたように振る舞う。それはスジンの望み通りに行動すること――俳優をしながら娘を育てること、それに加え犬を再び飼うこと――を選び取ったことを意味する。ヒョンスは潜在的な欲望を意志の力で完全に消し去れたであろうか。一度「入って来た」欲望はヒョンスの中に「眠る」だけであり、いつ目を覚ましてもおかしくはないのである。