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芸術鑑賞の備忘録

映画『YOLO 百元の恋』

映画『YOLO 百元の恋』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の中国映画。
129分。
監督は、ジァ・リン(贾玲)。
原案は、武正晴監督・足立紳脚本の映画『百円の恋』(2014)。
脚本は、ジァ・リン(贾玲)、スン・ジィビン(孙集斌)、リゥ・ホンルゥ(刘宏禄)、グォ・ユゥパン(郭宇鹏)、ブゥ・イゥ(卜钰)。
撮影は、リゥ・イン(刘寅)。
音声は、ヤン・ジァン(杨江)とチャォ・ナン(赵楠)。
美術は、リィ・ミャォ(李淼)。
衣装は、レイ・シュゥイゥ(雷舒羽)。
編集は、チョゥ・シャォリン(周肖林)
音楽は、パン・フェィ(彭飞)。
原題は、"热辣滚烫"。

 

ドゥ・ルゥイン[杜乐莹](贾玲)のグラヴを固定しながらトレーナーのフゥ・クン[何坤](卜钰)が言う。相手はプロだ。しばらく様子見て無理なら止める。フゥ・クンがパンチング・ミットを構え、ルゥインにパンチを打たせる。来い。準備はOKだ。じゃあ、行こう。
控え室から通路に出ると、会場のアナウンスが漏れて伝わる。今夜は3組の対戦が行われます。最初に登場するのは、皆さんご存じ、女子ライト級チャンピオンのリゥ・ホンシァ[刘红霞](张桂玲)。挑戦者は初挑戦のドゥ・ルゥイン。皆さん、大きな歓声でお迎え下さい。
例年より24日以上早く猛暑日を迎え…。テレビが記録的な暑さを報じている。ローテーブルの上は食べ散らかしたまま。カウチで眠るドゥ・ルゥインが足で床に落ちたリモコンを操作してテレビの電源を落とす。
1階の店舗スーパールゥジァのカウンター。店内モニター越しに応接間で眠るルゥインの姿を従妹のドゥドゥ[豆豆](杨紫)が観察している。姉さんは毎日この調子。寝てるか食べてるか。ルゥインの妹ドゥ・ルゥダン[杜乐丹](张小斐)が説明する。こんな時間まで眠ってたら夜眠れないでしょう? 何の支障もないの。そこが姉さんの凄いところよ。本当そうね。ルゥイン・ルゥダン姉妹の母親(赵海燕)も同意する。あ、起きた! 起きてない。陽差しが眩しいだけ。カウチで頭の向きを逆にするとルゥインは再び横になる。姉さんの1日の運動はこれだけ。従姉さんをもっと気にかけなさいよ。大丈夫。私たちの番組はこういう人のためにあるんだから。局の上司も従姉さんが番組にふさわしいって褒めてくれたの。この企画がうまく行けば従姉さんは仕事が見つかるし、私も正規採用になる。ドゥドゥ、甘く見ては駄目。姉さんはその辺の怠け者とはまるで違うの。ルゥダンが忠告する。大丈夫、どれだけ面倒くさがり屋でも関係ない。体重が150キロ以上で歩くのも難しい人でも仕事が見つかったんだから。どんな仕事なんだい? 観光客相手に写真に収まって1日300元。ドゥドゥはスマートフォンを取り出し、胸をはだけて坐るにこやかな表情の巨漢の写真を見せる。坐ってるだけで300元も稼げるのは凄いね。でも姉さんにさせるならせめて胸は隠してやってね。姉さんは坐ってるのさえ嫌がるわよ。これは飽くまで例よ。従姉さんにふさわしい仕事を紹介するわ。そのときルゥインが1階の店に降りてきた。母さん、夕飯は? 骨付き肉だよ。ルゥインが頷いて引き返す。
応接間でドゥドゥがマイクを手にカメラに向かい話し始める。皆さん、お仕事紹介番組『自分探し』です。私たちは今、仕事を探している方の自宅にいます。こちらに坐ってるのが求職者ドゥさんとその母親リィさん。こんにちわ。ブスッと黙るルゥイン。母親が軽くはたくと、ようやく小声でこんにちわと呟いた。大学卒業後一旦はお勤めされたと伺いました。この10年は就職を考えたことはなかったんですか? 先に行っておきたいんだけどね、今日はこんな調子なんだ。私と旦那に責任がある。私たちも若かった頃は商売に必死でね、子供と過ごす時間がなかったんだ。今思うとね…。母親が泣き出す。娘さんの教育に失敗したことを悔やんでらっしゃるんですね。違うんだよ。当時取引のあった連中はみんな儲けたのに家は貧しいまま。その上子供の世話もできてない。私の人生も大失敗。母親がまた泣く。母さん、もう撮影には付き合わないよ。どうしたの? ルゥインが立ち上がる。用事がある。撮影したくないなんて言ってなかったじゃないか。母さんを録って欲しくない。滅多にないチャンスなんだ、聞き分けがないこと言うんじゃないよ。撮られるのは嫌。姉さん、いい加減にしてよ。32歳にもなってまだ親の臑を囓るわけ? 正気じゃない。こんな姉さんがいるから心が病むの。妹の言葉にルゥインは顔を歪めて出て行く。ドゥドゥが引き留める。母さんの言うことを聞いて。母親が叫ぶと、ミュージックプレーヤーが作動して、ジェイ・チョウの「Listen to Mom」が自動再生される。店番していた父親(张琪)が出て行くルゥインにまた食べに出るのかと声を掛ける。晩飯は骨付き肉だろ? 娘は? 出てった。凄い剣幕の妻を見て、父親がルゥインに自分の分も一緒に買って来てくれと頼む。店の脇には自転車旅行中の青年(刘宏禄)が食費20元のカンパを求めて坐っていた。どうだ今日の調子は? 駄目。景気が悪い。真剣に生きるには若すぎるって言ってたかな。将来どうするつもりだ? 俺に言う前に娘をどうにかしろよ。

 

マチュア・ボクサーのドゥ・ルゥイン[杜乐莹](贾玲)と女子ライト級チャンピオンのリゥ・ホンシァ[刘红霞](张桂玲)との対戦が迫る。控え室でルゥインはトレーナーのフゥ・クン[何坤](卜钰)からグラヴを固定してもらう。相手はプロだ。状況次第ではすぐに試合を止める。ルゥインは軽くミット打ちをさせてもらうと、試合会場に向かう。
ドゥ・ルゥインは大学卒業後一旦就職したものの現在まで10年間に渡り、父親(张琪)と母親(赵海燕)が切り盛りするスーパールゥジァの2階に引き籠もり、家業を手伝うこともない。不倫で離婚したルゥインの妹ドゥ・ルゥダン[杜乐丹](张小斐)が娘のチュゥズ[竹子](孙婉竹)とともに実家に転がり込み店を手伝うようになった。働きもせず飲み食いばかりの姉ルゥインにルゥダンは腹の虫が治まらない。それでもルゥダンは娘を地元の小学校に通わせるために家の名義を書き換えて欲しいとルゥインに頼んできた。テレビ局で仕事探しのヴァラエティー番組『自分探し』を担当するルゥイン・ルゥダンの従妹ドゥドゥ[豆豆](杨紫)が、ルゥインを番組で取り上げることになった。番組で流す紹介映像を撮影するためにカメラマンとやって来たが、人生を失敗したと嘆く母親の姿を見てルゥインは撮影を降りてしまう。その振る舞いをルゥダンに詰られむしゃくしゃしたルゥインは、気分を晴らそうと恋人のシャンズ[杉子](乔杉)と親友のリィリィ(李雪琴)と会うことに。ところが2人はルゥインに隠れて交際しリィリィが妊娠が判明したため来月結婚式を挙げることが分かった。しかもリィリィは親友を裏切ったと知られたくないとルゥインに花嫁介添人を務めるよう求めてきた。ストレスが鬱積したルゥインはルゥダンと大喧嘩した勢いで家を出てしまう。ルゥインは母親から敷金・賃料を提供してもらって一人暮らしを始めることに。生活のために串焼店で働くことになったルゥインは、ひょんなことから店の並びにあるボクシングジムのトレーナー、ハオ・クン[昊坤)](雷佳音)と知り合う。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ルゥインは大学を卒業して一旦は就職したものの退職して10年間実家で引き籠もりの生活を送ってきた。10年前、職場で一体何があったのか。それは描かれず鑑賞者の想像に委ねられている。想像を絶する辛い出来事がルゥインの身に起こったのではないか。父母がルゥインを受け容れているのもそのためだろう。
交際相手のシャンズと親友リィリィの存在が、ルゥインの社会との繋がりだった。だがルゥインは次第にひねくれて付き合いづらい性格に変わってしまったとシャンズが溢す。そんなルゥインについて心配し合ったことが、シャンズとリィリィの距離を近づけたのだろう。
ルゥインの性格がひねくれてしまった引き金は、妹のルゥダンが離婚して実家に戻ってきたことにあるのかもしれない。ルゥダンは実家のスーパーで働くようになった。働いている妹にしてみれば、食べては寝るを繰り返すだけの姉に腹を立てるのも無理はない。しかも自らの浮気が原因とは言え、離別した夫からは娘チュゥズと血の繋がりがないために養育費も支払ってもらえないのである。ルゥダンから責められるになったことがルゥインの性格を歪めることになったと考えられるのだ。しかもルゥダンは娘が地元の小学校に通えるよう学区内の居住を証明するために、家の名義をルゥインから譲ってもらおうとする。
従妹のドゥドゥが自身の携わる就職支援番組『自分探し』にルゥインを出演させようとする。自らのキャスティングで数字が取れればテレビ局に正式に採用される見込みなのだ。ルゥインに仕事を見つけるという目的よりも、受ける番組を作るべくドゥドゥは画策する。
ルゥインはたとえ自分が嫌だと思っていても他人から求められることを断れない。そうやって生きてきた。しかし、他人に譲歩して生きて、幸せだろうか。たとえ思い通りにはならないとしても端から自分の気持ちを封じ込めるのではなく、ただ素直に、嫌なことは嫌と断る勇気を持つこと。人生は一度きり(你只活一次/You Only Live Once)なのだから。殴られても殴られても相手に立ち向かうボクサーは、まさに自ら思いを貫く存在の象徴だ。ボクシングジムでハオ・クンの姿を通りがかりに見たルゥインは、その存在に惹かれる。

(以下では、結末についても言及する。)

ルゥインは家の名義を自らを詰る妹に譲り渡し、恋人を奪った「親友」の結婚式の花嫁介添人になり、夢を簡単に諦める男に尽し、テレビ番組でピエロを演じさせられる。遂には自室の窓からから身を投げる。しかし人生にピリオドは打たれなかった。痛いのに怪我1つ無かった。そこまで落ちきったとき、ルゥインは反転攻勢に出る。無謀にもボクサーを目指すのである。
冒頭、ルゥインがボクサーのハオ・クンの姿を通りすがりに目にする。後半では、逆にハオ・クンがボクサーのルゥインの姿を見かける。あるいは、ボクシングの試合に臨むルゥインの姿が、主観的な映像から客観的な映像に切り替わる。鏡に映るかつてのルゥインと現在のルゥインとの対照も鮮烈である。
ルゥインがボクサーに目指すようになってからはフィクションとドキュメンタリーの境界が曖昧になっていく。ボクシングの試合のリアリティには目が釘付けになる。まさにそのシーンのために作られた作品である。
クロージングクレジットは、ドキュメンタリー作品をもう1本見るかのような充実感がある。
偶々上映時期が重なった映画『先生の白い嘘』(2024)とはまるで異なる作品であるが、テーマは実はかなり近い。主人公の女性が自らの置かれた境遇に甘んじることを止めて、立ち上がる姿を描いているからだ。
ジァ・リン(贾玲)の主演・監督作品『こんにちは、私のお母さん(你好,李焕英)』(2021)は傑作。