可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『密輸 1970』

映画『密輸 1970』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の韓国映画
129分。
監督は、リュ・スンワン(류승완)。
脚本は、リュ・スンワン(류승완)、キム・ジョンヨン(김정연)、チェ・チャワン(최차원)。
撮影は、チェ・ヨンワン(최영환)。
照明は、イ・ジェヨク(이재혁)。
美術は、イ・フギョン(이후경)。
衣装は、ユン・ジョンヒ(윤정희)。
編集は、イ・ガンヒ(이강희)。
音楽は、チャン・ギア(장기하)。
原題は、"밀수"。

 

1970年代半ば。クンチョン湾の漁港。漁船「猛龍」が港を出る。船上ではチョ・チュンジャ(김혜수)やオム・ジンスク(염정아)ら海女たちが水中眼鏡を磨くなど漁の準備に余念が無い。猟場に到着し、碇が降ろされる。オム船長(최종원)が酒を撒きながら、舟が故障せず、喧嘩が起こらず、怪我人が出ませんようにと祈る。海女や船乗りたちも一緒に手を合わせる。浮きを付けた網を海に放り投げ、海女たちが次々と海へ飛び込む。ジンスクの合図で皆が水底に潜る。貝を獲っては浮上し海面の網に入れて行く。収穫を終え、海女たちが船に上がる。遅れて戻ってきたチュンジャはヒラメを手にしていた。それに気付いた船長がオム・ジング(김경덕)に手伝やってやるように言う。チャン・ドリ(조인성)がカギでヒラメを取るが海に落としてしまう。何やってんのっ! チュンジャが激昂する。ちゃんと引っ掛けてくれたら落とさなかったのに。笑ってんのっ! もう出るよ。上がって来て。ヒラメを拾いに潜ろうとするチュンジャをジンスクが呼び戻す。チュンジャは仕方なく船に上がる。出して! 船が港に向かう。
海女達が貝を盥に開けて仕分けようとするが、死んだ貝ばかりだった。海女たちは皆悲痛な表情を浮かべる。どれも腐ってる。もったいない。どうしよう。稼げないよ。ジンスクが立ち上がり煙突から濛々と煙を上げる化学工場を睨み付ける。工場に火つけてやろうか! 文句言っても無駄。酒でも飲み行こう。皆から離れて一人煙草を吸っていたチュンジャはそう告げると立ち去った。
船長は停泊した船で煙草を吸い、ジングとドリが漁の後片付けをしていた。
夜。オム船長が知り合いの男(김원해)と飲んでいる。化学工場の近くじゃ仰向けの魚がいっぱいだ。それでも奴らはお咎めなしときた。うちらは空のトラックでソウルと往き来ですよ。ガソリン代さえ出やしない。で、例の件は考えてくれました? 何のことだ? 男は小声になる。海に沈めた積荷を回収する仕事ですよ。取引先はそれで潤ってます。中身も知らずにか? 背に腹は替えられないでしょ。国が禁じてることはやるんじゃない。じゃあ、あの日本製のラジオは何であるんですか? ワセリンは? 食っていかなきゃならないでしょう? 食っていかなきゃならんだろうな。どこまでなら許されるんだ?
夜。密輸船が湾内に入る。早く投げ込め! 船員たちが重りを付けた積荷を海中に沈めていく。
昼間。クンチョン湾の埠頭。コンテナが並ぶ。税関監視部係長イ・チャンチュン(김종수)が部下のキム・スボク(안세호)を伴い積荷の検査を行って廻る。
漁船「猛龍」が沖に向かう。船にはオム船長の知り合いのブローカーが乗り込んでいた。簡単な仕事だ。アワビの代わりに木箱ってだけだ。乗り慣れない船の揺れで足下が覚束ない。どれくらい稼げるの? あたいらが働いて、金はあんたの尻の穴ってこたあないね? チュンジャが確認する。俺は痔なんだ。蓬は痔に効くよ。ジンスクが水中眼鏡を磨いていた蓬を差し出す。着いたぞ、用意はいいか? 行くよ! 海女たちが海に潜る。海底には重りで沈んでいる箱がいくつもあった。鎌を使い重りを縛り付けた綱を着ると、箱が海面に浮き上がる。船員たちがクレーンで次々と引き上げる。気を付けろ、ぶつけるな。引き上げられた箱は船倉に仕舞われていく。ジング、いくつ回収した? 16個! あと4つだ! 作業を終えた海女が船に戻る。もう底にはない! ジングが告げる。 20箱全部揃ったぞ! 行こう! 猛龍は港に帰って行く。
夜の港。暗闇の中で猛龍が引き上げた積荷が仕分けされる。オム船長が報酬を受け取る。昼間、海女たちが喜び勇んで猛龍海運の事務所にやって来る。紙幣を手にして皆狂喜乱舞した。船長は夜間に船を出して、沖合での密貿易にも携わる。密輸の取り締まりが厳しくなり、イ・チャンチュンが税関職員を率いて漁港の巡視に来た。オム船長や海女たちが遠目に警戒する。それでも現金収入を得た海女たちは煙草の味を覚え、化粧品を試し、流行の服を手に入れることができた。
オム船長はより大きいヤマをブローカーから持ち込まれるがこれ以上は危険な橋を渡らないと断った。豊かな生活の味を占めたチュンジャはジンスクとともにブローカーに直接接触することにした。

 

1970年代半ば。韓国の西海岸にあるクンチョン湾の漁港。漁業関係者は頭を抱えていた。近くにできた化学工場の排水の影響で魚介類に甚大な被害が出ていたからだ。猛龍海運のオム船長(최종원)がは親戚のブローカー(김원해)からの依頼を受け、密輸船が海底に沈めた積荷を回収する仕事を請け負った。猛龍海運の海女たちはアワビの代わりに木箱を回収することで、これまでにない現金収入を手に入れた。ブローカーは巨利を生む仕事の依頼に来るが、オム船長は違法行為に手を染めるのは気が気でないと、これ以上危ない橋を渡らないと断る。豊かな生活を知った海女のチョ・チュンジャ(김혜수)は船長の娘オム・ジンスク(염정아)を誘い、コ・オップン(고민시)の勤めるチョンノ喫茶店でブローカーに直接掛け合う。オム船長にあと1回船を出す約束だと偽り、金塊の密輸に手を出す。最後に1箱を回収した際、チャン・ドリ(조인성)がミスで箱をぶつけると金塊が出てきた。事情を知らない皆が驚く。そのとき税関監視部係長イ・チャンチュン(김종수)が巡視艇を率いて現場に現われた。慌てて積荷を捨てその場を離れようとしたが、碇が引っ掛かって動かない。碇を引っ張っていたオム・ジング(김경덕)が切れた縄にぶつかって脳震盪を起こして海に落ちると船長が息子を救い出そうと海に飛び込んだ。船長の足に絡まった網が船のスクリューに巻かれて引っ張られ、船長とジングは亡くなってしまう。税関監視部の職員により猛龍の乗組員と海女とが逮捕された。ジンスクは全ての罪を被り懲役刑を食らう。一人行方を晦ましたチュンジャが税関に情報を売ったのではないかとの噂が流れた。面会に訪れたドリにジンスクはチュンジャの行方を捜すよう求めた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

韓国のヒット曲に乗せてテンポ良く展開する、ヴァラエティに富んだクライムアクション。
舞台は1970年中頃の韓国。パク・チョンヒ[박정희/朴正煕]大統領の下で重化学工業が発展する一方、公害問題が表面化していた。クンチョンはそのような社会を象徴する架空の港町。
化学工場の汚染された排水により漁ができずに困っていた猛龍海運のオム船長にブローカーが密輸品回収を依頼する。オム船長は生活のためにやむを得ず違法行為に手を染めるが、いつ発覚するかと気が気でない。金塊の密輸という大きなヤマを持ち込まれたのを機にブローカーと手を切ろうとする。だが一旦豊かな生活を知った海女のチョ・チュンジャは諦めきれず、船長の娘オム・ジンスクを抱き込み、船長にもう1回船を出させる。ところが積荷を回収したところにイ・チャンチュンが率いる税関の巡視艇が現われた。船長と息子オム・ジングは不慮の事故で亡くなり、残された猛龍海運の面々は一網打尽。ジンスクが全責任を背負い刑務所に入った。税関が察知できたのは一人行方を晦ませたチュンジャが仲間を売ったのではないかとの噂があり、ジンスクは憎悪を募らせた。
2年後、ソウルのミョンドンで服飾の密輸品を捌いていたチュンジャは、密輸業界の大立者クォン軍曹(조인성)に断わりなく商売をしていると目を付けられ、1800万ウォン(の担保)か命かの選択を迫られる。手元不如意のチュンジャは取締が強化されたプサンに代わり、クンチョンのルートを開拓できると交渉して事無きを得る。2年ぶりにクンチョンに戻ったチュンジャはチョンノ茶館の店主になったコ・オップンを通じてチャン・ドリが裏社会のリーダーとなっていることを知った。海女たちは漁ではほとんど稼ぐことができず、洗濯の仕事を請け負うしかない。オク・チョギ(주보비)は夫が片
腕を失って働けなくなり、子供を養うため水産加工で出たゴミを回収して食事に充てるほど追い込まれていた。
社会の皺寄せが及ぶのは立場の弱い者だ。公害により不漁となり生活が出来なくなるのは、体を張って漁をする海女たちだ。密輸の積荷を回収する危ない橋を渡らざるを得ない状況に追い込まれる。オク・チョギが貝を求めてサメのいる海域に漁に出るのは、海女たちの置かれた境遇を象徴している。経験豊かなオム船長が生きていれば、オク・チョギが無茶をして片脚を失うようなことも無かったかもしれない。
チュンジャはクンチョンに流れてきた女性だ。海女になるまでは住み込みで掃除婦などをしていたが、あるとき雇い主の男にレイプされそうになり、刺してしまった過去がある。だから当局に逮捕される訳には行かなかったのだ。だが流れ者だからこそ、地元の海女たちに仲間を売った裏切り者と噂される羽目になる。親しかったジンスクにまで裏切り者扱いされたことはチュンジャにとって深い悲しみであった。
1970年代半ばには、ヴェトナム戦争が終わった。クォン軍曹はヴェトナム帰還兵である(パク・チョンヒがヴェトナムに韓国軍を派兵した)。本人曰く、言葉の通じない現地人の言葉が嘘か本当か見抜けたという。尋問したチュンジャには嘘が無かったと判断したようだ。

(以下では、結末に関わる内容についても言及する。)

海女たちからも軽く見られていた間抜けなドリが、クンチョンの裏社会を牛耳ることになる。変身を遂げた理由は、権力者の支持を得たからだった。
権力者(そしてその後ろ盾を得た者)は容赦なく暴力に訴える。パク・チョンヒ政権を彷彿とさせる。そのパク・チョンヒ政権自体、暴力で倒されたことも、この映画における権力者とアナロジーとなっている。