可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『フィリップ』

映画『フィリップ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のポーランド映画
124分。
監督は、ミハウ・クフィェチンスキ(Michał Kwieciński)。
原作は、レオポルド・ティルマンド(Leopold Tyrmand)の小説『フィリップ(Filip)』。
脚本は、ミハウ・クフィェチンスキ(Michał Kwieciński)とミハウ・マテイキェヴィチ(Michał Matejkiewicz)。
撮影は、ミハル・ソボチンスキ(Michał Sobociński)。
美術は、カタジーナ・ソバンスカ(Katarzyna Sobańska)と マルセル・スラビンスキ(Marcel Sławiński)。
衣装は、マグダレナ・ビェドジツカ(Magdalena Biedrzycka)とユスティナ・ストラーズ(Justyna Stolarz)。
編集は、ニコデム・ハビオル(Nikodem Chabior)。
音楽は、ロボット・コック(Robot Koch)。
原題は、"Filip"。

 

1941年。ワルシャワ。ゲットー。人通りの多い道に露店が並び、子供たちが遊ぶ。フィリップ(Eryk Kulm)がサラ(Maja Szopa)とじゃれ合いながらキャバレーに向かう。フィリップが着る服はぶかぶかで紐で腰に縛って留めているがパンツがずり下がる。これまで一度も踊ったことない曲でしょ。僕もだよ。すぐに覚えるさ。無理よ。うまくいくって。フィリップがサラに熱い口付けをする。遅れるわ。愛してるよ。急いで。サラとフィリップがフィリップの家族の元に駆け寄る。フィリップの妹イレーナ(Dorota Krempa)が職場の同僚で恋人のジグムント(Przemysław Kowalski)に家族を紹介する。両親と姉のエヴァ(Weronika Dzierżyńska)、兄のフィリップ、それに恋人のサラ。ジグムントは珈琲の取引を手掛けるつもりなの。フィリップは母親(Edyta Torhan)と父親(Robert Gonera)と抱擁を交わすと、サラとともに楽屋に向かう。
舞台では歌い踊る歌姫(Hanna Śleszyńska)に観客が沸く。舞台袖で待機するフィリップが屋根裏部屋での練習の時より舞台の方が広いから1歩前に進んで2歩横に進むようサラに求める。サラは舞台に立つことを不安がった。君に渡したいものがある。終演後にしようと思ったけど俟ちきれないんだ。フィリップがサラに指輪を差し出す。正気? 今? いつならいいの? フィリップがサラの左手の薬指に指輪を嵌める。2人はキスを交わす。ちょうど歌姫が喝采を受けて退場するところだった。司会者(Fabian Kociecki)がフィリップとサラを呼び込む。どうか温かくお迎え下さい。ロンドン、ブリュッセルを廻って、当キャバレーには初登場となる、若さ弾ける2人組、サラとフィルです! 2人が舞台の中央に進み、音楽が始まる。軽快に踊り始めるが、フィリップのパンツがずり下がり、笑いが起こる。フィリップは慌てて舞台袖を下がる。そのとき銃声が起こる。悲鳴が上がる。乱射される銃。客席には瞬く間に死体の山が築かれた。サラも舞台上に倒れていた。フィリップが駆け寄るが息絶えている。逃げろ! フィリップが強く促され、サラを置き去りにして逃げ出す。
2年後。フランクフルト。プールに飛び込み台から落下する女性。拍手が起こる。
プールサイドではブランカ(Zoe Straub)がピエール(Victor Meutelet)とフィリップとともに寝そべって、ワインを飲みながらお喋りしている。あんたたちまともじゃないでしょ。絞首刑よ。俺らが? そう、外国人。ドイツの男どもはみんな前線に送られて死んでるだろ。男は俺たちしか残ってない。外国人の給仕がみんな縛り首になっても構わないわ。のうのうと暮らしてるあんたたちを見てると私は苦痛なの。笑うわけ? 問題ある? 私は工場に動員されたの。私が機械をいじる姿なんて想像できる? 大臣だって王族だって軍需工場で働くさ。このカラダがあれば誰も私を機械の横に立たせたりしないでしょ。労働省でもゲシュタポでも無理よ。気を付けろよ、逃亡者の取締が厳しいぞ。あんたはデンマーク人かオランダ人? ベルギーだよ。レオ? ピエールだよ。彼は? チェコ人? フランス人さ。フランチェスコはフランス人じゃないって言ってたわ。彼はとってもいい人。トイレに行ってくる。覗かないでよ。彼女が好きだ。ピエールがフィリップに言う。変わってるよな。そこがいい。彼女に夢中なんだな。
3人がプールから引き上げる。明日はカッセル。ドルトムント、その後シュトゥットゥガルト。電車に乗りっぱなしはキツいけど、捕まらないで済むわ。通りを歩いていると、伝単が降ってきた。フィリップが1枚取って読み上げる。帝国内の労働者には以下のことが禁じられる。フランクフルトを離れること、帝国市民と親密な関係を持つこと、次に挙げる物を所有すること:貴重品、書籍、配給切符、魚介類、畜産品、チョコレート、珈琲、牛乳……。ワインは? 記載がないね。そりゃ良かった。お楽しみってことではまだ残されてるものがある。捜索。拷問。監獄。収容所。なんと言っても死。そこへヒトラー・ユーゲントの一団が歌いながら通り過ぎて行った。すぐに幼児もとられるな。3人はパークホテルに到着。ブランカ、優等人種は正面玄関だが、奴隷は豚小屋へ廻る。1階だから、ドアに従業員って。フロントでシュタイン夫人に会いに来たって伝えて。109号室。分かってる。ブランカが正面玄関へ向かう。男たちは裏口から入る。ピエールは相部屋のフィリップにブランカと始める際にはタイミング良くふけるよう頼む。2人が階段室まで駆けていくが、ブランカの姿はまだなかった。迷ったのかもな。ピエールが客室の廊下に出ると、ブランカがやって来た。天国から地獄ね。地獄へようこそ。ピエールが招き入れて、3人は狭い廊下を上がっていく。

 

1941年。ナチス・ドイツ施政下のワルシャワ。ゲットー。フィリップ(Eryk Kulm)がサラ(Maja Szopa)とともにキャバレーの舞台にデヴューする。フィリップの母親(Edyta Torhan)、父親(Robert Gonera)、姉のエヴァ(Weronika Dzierżyńska)、妹のイレーナ(Dorota Krempa)、それにイレーナの恋人ジグムント(Przemysław Kowalski)が観覧に訪れた。初めての舞台に緊張するサラにフィリップは舞台袖で結婚指輪を渡しプロポーズする。サラは承諾の口付けをする。ちょうど歌姫(Hanna Śleszyńska)が袖に下がるところで、司会者(Fabian Kociecki)にフィリップとサラが呼び込まれる。2人は演奏に合わせ軽快に踊り始めるが、ピエールの借り物のパンツがずり下がる。慌てて舞台袖に引っ込み直していると、銃声がした。乱射により一瞬で遺体の山が築かれる。フィリップが舞台上で倒れたサラの元に駆け寄ると、既に事切れていた。
1943年。ナチス・ドイツのフランクフルト。フィリップはスタシェク(Robert Wieckiewicz)の手引きでフランス人と偽り、パークホテルで給仕をしている。ドイツ人男性が徴兵され戦地に送られたため、労働力不足を外国人で補っていた。外国人労働者は移動や物品の所有などが制限され、ドイツ人女性と関係を持つと死罪となった(相手の女性は見せしめに髪を切られる)。それでもピエールらは戦地に夫を送られた女性たちを密かに慰めている。ピエールは同部屋のベルギー人ピエール(Victor Meutelet)とプールに繰り出しては女性を口説く。その中に体制に抗して自由に振る舞うブランカ(Zoe Straub)がいた。既にフランチェスコ(Joseph Altamura)と関係を持っていたブランカに惚れ込んだピエールが部屋に連れ込むと、ピエールがいない隙にフィリップがブランカと交わった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ナチス・ドイツに占領されたワルシャワには、ユダヤ人居住地域「ゲットー」が設けられ、ユダヤ人はダビデの星のワッペンを付けて暮らしていた。フィリップは恋人のサラとともにダンスでキャバレーの初舞台に立つ。その直前にプロポーズしてサラに受け容れられた。ところがキャバレーに機関銃を持った男たちが乱入し、フィリップはサラを含め家族を一瞬にして失ってしまう。
それから2年。スタシェクの工作でフランス人を装ったフィリップは、フランクフルトのパークホテルに給仕として勤務していた。ドイツ人男性は徴兵により戦地に送られていたため、ドイツ人女性が勤労奉仕に動員されるとともに、外国人男性が労働力不足を補っていた。フィリップは相部屋のピエールと親しく、プールに出かけては女性を口説いていた。ある日、勤労奉仕を免れてドイツ各地を逃げ回り、フランチェスコと関係を持っていたブランカに出遭う。ピエールはブランカに惚れ込むが、ブランカが関心を持ったのはフィリップだった。
フィリップらは夫が戦地に送られた女性たちを密かに慰めていた。外国人労働者はドイツ人女性と姦通すると絞首刑に処せられるが、発覚すれば髪を切られる相手女性が不義密通を敢て表沙汰にすることはあり得なかった。それでもドイツ人を優等民族とするナチスの方針通り、非ドイツ人を差別するドイツ人女性がいる。男娼扱いされることやポーランド人に対する揶揄をフィリップは許さない。
フィリップはリーザ(Caroline Hartig)をプールで見初め、冷淡に遇われても懲りずに口説くうちデートの約束を取り付ける。リーザは外国人に偏見を持っていなかった。そして、フィリップが常に緊張状態にあることを見抜いた。フィリップはリーザの外見だけでなく内面にも惚れ込む。
フィリップはSSの将校(Maurycy Popiel)から尋問を受けてもブランカとの関係を否認する。だがフランチェスコブランカとの関係が発覚したために絞首刑に処されてしまう。
夜中にフィリップはホテルのホールを体育館代わりにして頻繁に運動する。シャドーボクシングをすることもあれば、コンテンポラリーダンスのように床を転げ回ることもある。外国人労働者として衣食住を満たすフィリップは、家族の敵に養われているのも同然である。素性を偽り生き延びるフィリップはその鬱憤を閉鎖空間での激しい運動により晴らそうとするのだ。
フィリップをフランクフルトに手引きしたスタシェクは、ポーランド人労働者を使った工場を経営している。あらゆる欲求を満たすことができる立場にあるスタシェクだが、戦争で利益を得ているとの自責の念から逃れられず、鬱屈していた。

 あたらしい建物や町ができれば、かつてあったものは消滅する。このさだめにはさからえない。同様に私が生き延びることが、だれか(あるいはなに)の生き延びる道を断つ結果になっている可能性がある。逆にだれか(ありいはなにか)が生き延びようとすれば、私が生き延びることができなくなってしまうばあいもあるだろう。生き延びることはよろこびなのか、それともくるしみなのか。(森村泰昌『生き延びるために芸術は必要か』光文社〔光文社新書〕/2024/p.22)

本作は、愛する者を次々と殺されていく男の物語である。生き延びてしまった男の物語である。生き延びることとは一体何であろうか。

ポーランド語、ドイツ語、フランス語がいとも簡単に使い分け、使いこなされている。