展覧会『ズザナ・バルトシェック「Show Room」』を鑑賞しての備忘録
CADAN有楽町〔Space S〕にて、2024年6月25日~7月14日。
円のモティーフが印象的な絵画で構成される、ズザナ・バルトシェック(Zuzanna Bartoszek)の個展(中島点子のキュレーターに迎えた、KYOKOYUKIの企画)。
《Rivets》の画面(400mm×300mm)のほとんどは、縦に4個、5個、4個とリベットが打たれた臙脂色の柱が占める。個々のリベットの右上には光沢を表わす白、左下には影を表わす黒が塗られている。リベットの間には引っ掻いたイニシャルやハートの形の落書きがある。画面の右端の約6分の1には、線路を挟んだ相対式のプラットホームに密集する人影が黄褐色、黒、白で表わされる。柱に固定されたリベットはプラットホームで身動きが取れない(ように見える)人々のアナロジーとなっている。
《Crush》の横長の画面(900mm×400mm)には灰色を背景に、十数人の人の姿が黄色でシルエットで表わされている。2人ずつが組になって向かい合い、手を取り合い、同じポーズを取り、踊るようである。踊る人々は恋愛のメタファーであるのかもしれない。"crush"は逆上せることも意味するからだ。黄色の光=熱のイメージは、その解釈を補強する。不穏なのは、中央に散らばる黒い円である。恋愛を覚ます外的な要因か。ウィルスの表現にも見えないこともない。
《l'appel du vide²》(600mm×800mm)は夜の街を描いたと思しき作品である。暗い灰色で表わされた夜空に樹木の黒いシルエット、窓から光が漏れるビル群などが描かれる。手前には沢山の黄色の円が鏤められている。自動車などから発せられたライトであろうか。抽象化された人の姿にも見える。画面の下辺には"l'appel du vide²"と白い文字が記されている。二乗(²)は扨置き直訳すれば「隙間からの呼びかけ」や「虚無からの誘惑」といったところであるが、衝動的な自殺願望を表わす言葉らしい。人々が右から左へと向かって列を成して進む様は、人が死すべきものであることを象徴するようでもあり、翻って、希死念慮など持たなくとも死へと着実に進んでいくことを示唆するようだ。あるいは、《Rivets》や《Crush》と並んで展示されているためもあろうが、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec)が《ムーラン・ルージュのラ・グリュ(Moulin Rouge - La Goulue)》(1891)で描いた世界にも通じるものが本作に感じられるため、ベル・エポック(Belle Époque)のような失われた何かによって生み出された空虚ないし穴(vide)に対して、どうしようもなく惹かれてしまうような感覚を表現するようにも思われる。"l'appel du vide"に"²"が付されているのは、負の(négatif)感情を二乗(²)することで正の(positif)感情へと転換する意図があるのではなかろうか。
《New Symptoms》(500mm×400mm)は恰もレントゲン写真のように黒い画面に黄色で胸部を表わした作品である。厳密には骨格のイメージではないが、肋骨の隙間の黒が何よりも眼を引く。そして、肋骨に擬態するように潜むのが腹部の巨大な蟻である。蟻と言えば、サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)だが、《l'appel du vide²》に郷愁を読み取るなら、ダリの《記憶の固執(La persistencia de la memoria)》が連想される。《New Symptoms》の身体の四隅には赤い円が入れる。それは新しい症状(New Symptoms)の現れである。その症状は、内側に巣くった蟻により内臓を食い破られることである。ダリを踏まえるなら、衰えであろうか。だが、《l'appel du vide²》において負の感情を負の感情で帳消しにしてしまう作家は、新しい症状(New Symptoms)を否定的に捉えていないかもしれない。内破があるからこそ表現が可能になる。新しい症状は新しい表現という希望なのである。
《Rivets》、《Crush》、《l'appel du vide²》、《New Symptoms》の全てに登場するのが円である。円は韻(rime)である。韻を踏む(rimer)ことは詩を作る(rimer)に等しい。絵画と詩とは作家にとって同じものなのだろう。