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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 天野タケル個展『花とヴィーナス』

展覧会『天野タケル個展「花とヴィーナス」』を鑑賞しての備忘録
銀座 蔦屋書店 GINZA ATRIUMにて、2024年6月28日~7月23日。

限られた線や色を用いて漫画やアニメーションに登場するキャラクターのような愛らしい女性を描いた作品を中心とする、天野タケルの個展。

女性裸体像「Venus」シリーズのうち最大画面の2点は、明るい黄色を背景に、ダークブラウンの髪、濃紺に塗り潰した楕円の目、直線で表わされた口など限られた要素で漫画やアニメーションのキャラクターのようなヴィーナスが描き出される。ヴィーナスの立像としては古代ギリシャの彫刻《ミロのヴィーナス(Αφροδίτη της Μήλου)》やサンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli)の絵画《ヴィーナスの誕生(La Nascita di Venere)》が知られるが、ポーズについて下敷きとなる作品が存在するか否かは分からない。むしろ簡素化と抽象化で卑近かつ普遍的な美神としての女性を描き出そうとしているようだ。左側の作品には左に向かい半ば背を見せている女性が胸を腕で覆い振り返る姿が腰まで描かれる。顔はやや下に向け、左肩に顎が接する。髪は胸の側に垂らされている。対して右側の作品には右手前側に体を向け、腕を胸の下で組んだ姿が太腿の辺りまで描かれている。背中に垂れる髪は膨らんでもこもことしたシルエットを作る。背景の明るい黄色は、髪の輝きや身体に入れられた淡い影と相俟って、神々しさを演出する。
「Flower」シリーズは作品によりかなり趣が異なる。目玉焼きのような花とそれらが発する光を放射状の効果線と描き出す漫画的な作品や、ふっくらとした蕾のチューリップを立体感を持って描き出したアニメーションの背景に登場しそうな作品などがある。
ドローイング的な作品では、鏡をイメージさせる凹凸のあるフレームを描き込んだ中にモティーフを描いた作品が印象的である。絵画の虚構の世界における鏡は、絵画の世界から別の世界へと鑑賞者を誘う。それは現実でもあるかもしれないし、現実とも絵画とも違うもう1つの別世界かもしれない。女性や猫、犬が「鏡」に映り込んだ作品の他に、「鏡」から飛び出す矢印を描いた作品があるのは、そのような世界の往還を促すものと思われる。ジュリアン・オピー(Julian Opie)のような洗煉されたポップさとともに、国芳のような浮世絵師の諧謔精神に通じるものがある。