可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『クワイエット・プレイス DAY 1』

映画『クワイエット・プレイス DAY 1』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
100分。
監督・脚本は、マイケル・サルノスキ(Michael Sarnoski)。
キャラクター創造は、ブライアン・ウッズ(Bryan Woods)とスコット・ベック(Scott Beck)。
原案は、ジョン・クラシンスキー(John Krasinski)とマイケル・サルノスキ(Michael Sarnoski)。
撮影は、パット・スコラ(Pat Scola)。
美術は、サイモン・ボウルズ(Simon Bowles)。
衣装は、ベックス・クロフトン・アトキンス(Bex Crofton-Atkins)。
編集は、グレゴリー・プロトキン(Gregory Plotkin)とアンドリュー・モンドシェイン(Andrew Mondshein)。
原題は、"A Quiet Place: Day One"。

 

ニューヨークの騒音は平均90デジベル。絶え間ない悲鳴と同じ音量である。
ニューヨーク郊外のリトル・ファー・ホスピス・センター。集会所では思い思いに時間を過ごす入居者の姿と、車座集会に参加している面々がいる。サミラ(Lupita Nyong'o)は猫のフロドを抱いたままぼうっとしてルーベン(Alex Wolff)からの呼びかけに気付かない。酸素ボンベを装着した人や車椅子の人がサムを見詰めている。サム、話してくれないか? 自作の詩を読むね。気が進まないけど、ルーベンが朗読しろって。朗読しろとは言ってないけど。「ここはクソ」って詩。この場所はクソみたい。この鼻にクソの臭い。あの声もクソみたい。癌は苦楚、嘘じゃない。巫山戯てるのか靴を鳴らす。隠れたいならクソを漏らす。酷い音楽、苦痛もたらす。ここまでしか書けてない。素晴らしい。拍手しよう。要らないって。拍手しよう。パラパラとわずかに拍手の音。
警報が鳴り響く。煙の臭いがするとスタッフが小走りに集まってくる。サミラは自室に向かう。傷みはどう? 受付にいたルーベンがサミラに気付き声をかける。詩を朗読してくれてありがとう。言葉は汚かったけどね。面白かった。意地が悪いけど。意地の悪い人間なんで。自覚してるんだね。ずっと前からね。30分後には劇場に行くよ。もうこの世にいないかも。そうかもな、でも死んでないなら、短時間だしマンハッタンに出るんだ。前回はいつ? 前回が最後になる筈だった。じゃあ今回もそうなるんじゃないか? ピザを買うなら行く。昨日食べたんじゃ無かったっけ? あれじゃ駄目なの。分かったよ、じゃあ帰りにピザを買おう。マンハッタンで。マンハッタンで。着替えてくる。助けが必要ならケイティに。
リードを付けたフロドに廊下を歩かせて部屋に戻る。ニャー。静かに。リードを外すとフロドはすぐ餌皿に向かう。デブになるよ。服を選ぶと、ベッドに腰掛けて脇腹のフェンタニルのテープを付け替えた。
リトル・ファー・ホスピス・センターからバスが出る。フロドを膝に抱えイヤホンで音楽を聞きながらバスに揺られる。キャルヴァリー墓地の向こうにマンハッタンの摩天楼が見える。マンハッタン橋を渡る。マンハッタン上空を轟音を響かせて戦闘機が通過した。
バスが劇場に到着する。ルーベンが入居者たちがバスから降りるのを手助けする。サミラが劇場入口の掲示を見てぼやく。何だ、パペット・ショーか。操り人形だよ。嘘吐き。嘘を吐いた覚えはない。予定表を確認すれば良かったんだ。騙したね。騙したかな。
劇場の客席は観客で埋まっていた。マリオネットって言葉は聖母マリアに由来するんだなんて蘊蓄を披瀝する声も聞こえてくる。サミラの前の席にいた男の子(Takunda Khumalo)がフロドに興味を示す。父親(Djimon Hounsou)が息子を注意し、サミラにすいませんと声をかける。いいのよ。フロドっていうの。やあ、フロド。少年がフロドの頭を撫でる。そのとき、ファンファーレが鳴り響いた。
古い革鞄を手にした老人(Ronnie Le Drew)が舞台袖からゆっくりと歩いて出てきた。舞台中央に鞄を置き、開ける。操り人形の「少年」が姿を現わす。手を振る「少年」。会場の子供たちが手を振り返す。「少年」は風船を取り出すと、膨らませる。風船を手にした少年の体がふわりと浮かび、空中を軽やかに游泳する。ところが風船は破裂してしまう。
サミラはフロドを抱え1人劇場を後にする。近くの食糧雑貨店に向かう。猫が鎮座するカウンターに菓子を1つ持っていく。これだけ? 店員(Benjamin Wong)が不服そうに尋ねる。これだけ。いくら? 4ドル。猫は入れない。サミラは店の猫をじろっと見る。介助猫よ。
サミラが戻ると、ルーベンが電話で話していた。…分かった、できるだけ早くバスに。大丈夫? 痛みは? 3ってとこ。そうか。実は戻らないといけないんだ。何で? マンハッタンで何か起きてるらしい。できる限り早く戻れって連絡が。でもまずはピザよ。ピザは次の機会だ。ピザは待っててくれるさ。マンハッタンにいるでしょ。じゃあ、今夜注文しよう。マンハッタンで買うの。買ってから帰る。落ち着いて。落ち着いて何て言わないで。喧嘩はしたくない、友達だから。友達じゃないよ、ケアワーカー。ルーベンは沈痛な表情を浮かべる。…バスに乗るわ。サミラが言い過ぎたと反省してバスに乗り込む。
サイレンが響き、ヘリコプターが上空を旋回する音がする。気付くと、他の入居者がバスの後方に集まり、空を見上げていた。上空にはいくつもの光を放つ落下物が見えた。1つが近くに落下して炸裂し、辺りは何も見えなくなるほど埃と煙とに包まれた。

 

ニューヨーク郊外のリトル・ファー・ホスピス・センター。詩人のサミラ(Lupita Nyong'o)はフェンタニルと音楽と猫のフロドとを頼りに僅かに残された日々をやり過ごしている。他の入居者より格段に若いサミラは間近に迫った死を受容仕切れない。詩作にも集中できず、親切なケアワーカーのルーベン(Alex Wolff)にも刺々しく当たってしまう。観劇のためにマンハッタンに繰り出すことになり、サミラはピアニストだった父が食べさせてくれたパツィーズのピザを食べられると喜ぶ。劇場の演し物はマーヴィン・モンロー(Ronnie Le Drew)の操り人形芝居だった。マンハッタンで緊急事態が発生し、予定より早く施設に帰ることに。思い出の味を味わうチャンスを失い意気消沈して送迎バスに乗り込むサミラ。間もなく附近に何かが落下して炸裂し、辺りは煙と埃によって視界が遮られてしまう。声を挙げた人々が俊敏な正体不明の怪物に引き摺られたり攫われたりする。通りがかった救急車が横転して爆発し、サミラは爆風で気を失ってしまう。気付くと劇場にいた。人形劇を見た際に近くの席だった男性(Djimon Hounsou)から声を出さないよう注意される。客席は避難した人々で一杯で、ルーベンの姿もあった。屋内に避難して静寂を保つよう告げていたヘリコプターが劇場に墜落したらしく激しい衝撃に襲われた。その拍子にフロドが劇場の出口へと走り出してしまう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

多数の地球外生命体がマンハッタンに落下し、音に反応して人を襲った。政府は静寂を保ち建物内に避難するよう指示する。当該地球外生命体に耐水性が無いことが分かると、マンハッタン島に架かる橋を破壊して被害拡大を防止し、併せてマンハッタン島南部の港から避難艇を出した。
詩人のサミラはニューヨーク近郊にあるホスピスの入居者で、仲間たちと人形劇を観劇するためにマンハッタンの劇場を訪れていた。愛猫のフロドとケアワーカーのルーベンとともに劇場に避難していたが、ルーベンは停電によって非常用電源が作動した際、その作動音を止めるべく行動し、地球外生命体の犠牲になった。死期が迫るサミラは耐え難い痛みに対処すべく薬を手に入れるために避難民とは逆に北方のハーレムにある旧居を目指して歩く。その際、フロドに導かれ、イギリス出身のロースクール生エリック(Joseph Quinn)が付いてきた。

(以下では、後半の内容についても言及する。)

サミラは詩人であり、詩は朗読されるものだ。サミラの父はピアニストだった。謎の地球外生命体の襲来により音を立ててはいけなくなった環境は、詩人や音楽家の活動が不可能なディストピアである。サミラがエリックとともに地下鉄の線路を逃亡する(教会に辿り着く)のは、19世紀に黒人奴隷たちの逃走を援助した「地下鉄道(Underground Railroad)」を想起させる。地下鉄は自由のための逃走路のメタファーなのだ。冒頭、サミラが声を発しないよう口を封じられる場面は、表現の自由が奪われた状況を直截に象徴している。
サミラはエリックとともに、かつて父親が演奏していた店に向かう。その舞台でエリックはサミラを相手にカードマジックを披露する。店には2人しかおらず無観客でのパフォーマンスである。それでも客席に向かってお辞儀をして見せる。エリックはサミラの優れた詩才を認め、いかなる状況でもそれを活かすよう伝えたかったのである。サミラは死期が迫り自棄になっていた自分を反省することになる。

サミラが詩人であることで、「クワイエット・プレイス(Quiet Place)」という題名自体、詩的であることに今更ながら気付かされた。シリーズ過去2作では微塵も思うことが無かった。そこに着目して新作(前日譚)を制作したこと自体素晴らしい。
ホスピスセンターの送迎バスがマンハッタン島に向かう車窓から見える、キャルヴァリー墓地越しのマンハッタンの摩天楼。マンハッタンが墓場になることの予兆である。
サミラが劇場の演し物が操り人形かと不満を漏らす。子供向けだと思ったのだろう。だがサミラは目にした人形劇の魅力に打たれる。映像はその人形劇の魅力を見事に映し出していた。