可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『SCRAPPER スクラッパー』

映画『SCRAPPER スクラッパー』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のイギリス映画。
84分。
監督・脚本は、シャーロット・リーガン(Charlotte Regan)。
撮影は、モリー・マニング・ウォーカー(Molly Manning Walker)。
美術は、エレナ・モントーニ(Elena Muntoni)。
衣装は、オリバー・クロンク(Oliver Cronk)。
編集は、ビリー・スネドン(Billy Sneddon)とマッテオ・ビーニ(Matteo Bini)。
音楽は、パトリック・ジョンソン(Patrick Jonsson)。
原題は、"Scrapper"。

 

子供は地域で育てるもの。←私は自立してるから大丈夫。
青空の壁紙。部屋でジョージー(Lola Campbell)が掃除機をかけている。部屋の隅にいた蜘蛛が掃除機から逃げ出す。
壁に貼った「悲しみの5段階」のメモ。「否認」と「怒り」は既に消去されている。ジョージーが新たに「取引」を消去する。着ている上着の臭いを嗅ぎ、脱ぐ。ゴミを収集ボックスに出しに行く。リヴィングでカウチを撮影した写真をスマートフォンで確認し、クッションを写真の通り配置する。カウチに坐り、隙間に押し込んであったヘアピンを取り出し眺める。
ジョージーが家を出て、近くの集合団地に向かい、アリを大声で呼ぶ。
ジョージーがアリ(Alin Uzun)とともに歩道橋を渡り、「仕事」に出かける。
駐輪場。アリが見張る間にジョージーが盗み出せそうな自転車を物色する。あの、すいません、それは私の自転車です。若い女性(Carys Bowkett)が姿を現わしアリに言う。ジョージーが説明する。ちょうどここにある自転車の安全を確認していたところです。通りがかったんです。あなたの自転車は安全じゃないですね。修理に出すべき? そうです。一式点検。注意するに越したことはありませんからね。後輪のベアリングが完全に寿命です。正直に言って欲しいですか? それとも…。
ジョージーとアリが盗み出した自転車をゼフ(Ambreen Razia)の自転車店に持ち込む。店内のカウチに腰掛けジョージーが滔滔と弁じ立てる。ナイキが自転車を手掛けたら世界の自転車市場を席捲するでしょうね。私どもの素晴らしい商品を持ち込める自転車店はごまんとあります。でもあなたに取扱って頂きたい。ツール・ド・フランスの開催も控えていますし、子供たちはみんな自転車を欲しがっていますよ。ここにある自転車は素晴らしい。一流の自転車です。みんな欲しがるでしょうね。ツール・ド・フランスが大好きですから。で、いくら? そう来なくっちゃ。ジョージーとアリが相談する体で話し合う。時間がないわ、ジョージー。1台60で。いらない。そうですか、では他を当たると致しましょう。またね、ドアを閉めてって。交渉失敗に落胆する2人。お願い、ゼフ。お金が必要なの。
ゼフよ。私の店。ジョージーに言いたいことは全ては循環するってこと。人は生まれ、誰もが死ぬ。もちろん彼女にはすぐに死んで欲しくはないわ、子供だし。
公園。アフリカ系の三つ児クンリ(Ayokunle Oyesanwo)、バミ(Ayobami Oyesabwo)、ルワ(Ayooluwa Oyesanwo)。スーツをビシッと身につけて黄色い自転車に跨がる。ジョージーはいい娘だよ。いい娘じゃない。自転車泥棒だろ。僕のは盗られてない。
公園。ピンク色の服で揃えた少女たちとともにいるレイラ(Freya Bell)。私たちは嫌い。ファンデーションの塗り方さえ知らないんだもん。
小学校。バロウクロウ先生(Cary Crankson)。欠席? 悲しむのに丸1日休む必要はない。午後から登校すれば立ち直れる!
福祉事務所。シャン(Jessica Fostekew)とユセフ(Asheq Akhtar)。もちろんとても悲しい。でも彼女が叔父のウィストン・チャーチルと暮らしているのはいいこと。
雑貨店。ジョージーが洗剤の匂いを嗅いで選ぶ。生活用品を手にレジのジョシュ(Joshua Frater-Loughlin)の所へ。頼みがあるの。録音はもうゴメンだ。でもすごく上手でしょ。何て言えばいいんだ? 「ジョージーは学校で上手くやってるよ」。ジョージーが録音のためにスマートフォンを取り出し、ジョシュに合図する。「ジョージーは学校で上手くやってるよ」。心が籠もってない。もう1回。「ジョージーは学校で上手くやってるよ」。素晴らしい、とってもいい。「ハムスターを飼う予定です」。
自宅でジョージーはジョシュの音声を使って福祉事務所のシャンと電話でやり取りする。「ハムスターを飼う予定です」。ハムスター、いいですね。ジョージーはどう? 「元気にしてますよ」。心の傷は癒えているかしら? 「今日はボロネーゼを食べます」。元気が出るわね。ボロネーゼが好きなの? 美味しいわよね。ジョージーはどうしているかしら? ジョージーが電話から離れて、電話に向かってこんにちはと声を出す。元気にしてる? すごく。忙しいから行かなきゃ。ウィンストン? 「元気にしてますよ」。
ジョージーが食器を洗い、シーツを替え、掃除機をかける。ジョージーが南京錠をかけた部屋に入る。
ジョージーがアリとともに外からベランダに出てきたアリの母親ニーナ(Aylin Tezel)に声をかける。アリに今晩泊まってもらっていい? いいけど10時までに寝るのよ。10時までね。叔父さんは気にしないの? 気にしないよ。叔父さんに会わせてよ。今すごく忙しいの。そうなの、でもどうやって生活してるの? ジョージーがアリに踊るよう指示する。ママ、僕たちのダンスを見たい? 見せて! 踊り出す2人。いい動きね!

 

12歳のジョージー(Lola Campbell)は一人暮らし。ずっと一緒に暮らしてきた母親ヴィッキー(Olivia Brady)が亡くなってしまったのだ。ジョージーは施設に入れられて母親との思い出の家を失うことを何よりも懼れている。アリの母親ニーナ(Aylin Tezel)始め周囲の大人たちには「ウィンストン・チャーチル」という叔父と暮らしていることにしてある。福祉事務所のシャン(Jessica Fostekew)から電話があると、録音した雑貨店のジョシュ(Joshua Frater-Loughlin)の声を使って応対した。生活費を稼ぐために親友アリ(Alin Uzun)とともに自転車窃盗に手を染め、ゼフ(Ambreen Razia)の自転車店に引き取ってもらっている。「仕事」で登校しないジョージーにバロウクロウ先生(Cary Crankson)はお冠だ。レイラ(Freya Bell)や三つ児のクンリ(Ayokunle Oyesanwo)・バミ(Ayobami Oyesabwo)・ルワ(Ayooluwa Oyesanwo)など近所の子供たちからの評判も芳しくない。アリには立ち直っていると強がるが、ジョージーはヴィッキーの並べていた通りにカウチのクッションを並べ、ヴィッキーの映像を眺めて涙を流す。ある日、父親と称するジェイソン(Harris Dickinson)がジョージーを訪ねて来た。12年も何の音沙汰も無かった父親がやって来るはずはないとジョージーはアリとともにジェイソンを追い出そうと画策する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

生まれた時から母親ヴィッキーと2人で暮らしてきたジョージー。ヴィッキー亡き後、部屋を綺麗に保ち、母親の並べていた通りにクッションを配置する。保護者がいないことが福祉事務所に知られれば、施設に送られて母親と暮らしてきた家を喪失することになる。ジョージーは、ウィンストン・チャーチルなる叔父を捏ち上げ、母親の思い出を懸命に守るのだ。生活費を工面するために自転車窃盗に手を染める。端から見ればジョージーの行動は歪んでいる。だがジョージーはヴィッキーとの関係を守るという筋を通しているだけなのだ。
ヴィッキーの影響でジョージーがアテレコごっこが得意だ。通販番組に適当な科白を充ててきた甲斐もあって、自転車窃盗が露見しそうになっても、盗んだ自転車を売るに際しても、滔滔と捲し立てることができる。もっとも未だ12歳のジョージーの嘘は見ぬかれているのだが、ジョージーの身の上を知る者はジョージーが元気にしている限りはお咎め無しにしてくれている(ようだ)。
ある日突然、父親のジェイソンが現われる。裏庭の壁を越えて来るのは、ジェイソンが父親としての責任を果そうとハードルの飛び越える必要があったことのメタファーだろう。無論、ジョージーにとっては闖入者に他ならず、その表現でもある。
ジェイソンはジョージーの生き方を否定しない。ジェイソンがジョージーの横を付いて歩くシーンに表現されている。また、ジェイソンは、ジョージーに誕生日でなくても誕生日プレゼントを渡す。これまで逃した分だと。ジョージーがジェイソンを信頼するようになる所以だ。
ジョージーは鍵を掛けた部屋にガラクタの山を築いている。いつか天井を突き破り再び青空の下に出ることを夢見て。ジェイソンが部屋の鍵をこじ開けることで、ジョージーは内に籠もる状態から解放され、人生の新たな一歩を踏み出すだろう。そのとき誰よりもヴィッキーが喜んでくれるに違いない。
ジョージー、アリ、ジェイソンは元より、登場人物が皆愛すべき存在なのは特筆に値する。
キャラクターごとの服や部屋の色遣いの鮮やかさ、インタヴューやゲーム画面の挿入、揺れ動くカメラワークや画面の切り替えなどを音楽との組み合わせで軽快かつポップに見せる。コメディ仕立てだが、その分、ジョージーが時折母親を恋しがる姿が切ない。
ジョージーの補聴器はファッションの一部に見えるが、ジョージーを演じたLola Campbellが元々身に付けているものという。