映画『コンセント 同意』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のフランス・ベルギー合作映画。
118分。
監督は、ヴァネッサ・フィロ(Vanessa Filho)。
原作は、ヴァネッサ・スプリンゴラ(Vanessa Springora)のノンフィクション『同意(Le Consentement)』。
脚本は、ヴァネッサ・フィロ(Vanessa Filho)、バネッサ・スプリンゴラ(Vanessa Springora)、フランソワ・フィロ(François Pirot)。
撮影は、ギョーム・シフマン(Guillaume Schiffman)。
美術は、エドウィジュ・ル・カルケ(Edwige Le Carquet)。
衣装は、カリーヌ・サルファティ(Carine Sarfati)。
編集は、マリオン・モネスティエ(Marion Monestier)とソフィー・レーヌ(Sophie Reine)。
音楽は、オリヴィエ・クルシエ(Olivier Coursier)とオードリー・イズマエル(Audrey Ismael)。
原題は、"Le consentement"。
ヴァネッサ・スプリンゴラ(Kim Higelin)が背後を気にしつつ足早に街を行く。河岸から川へ延びる坂を下り川の中に入り込んでしまう。
ヴァネッサ、暗澹たる気分だ。最も美しく最も純粋で最も輝かしい愛の物語に終止符を打つなんて私にはとても想像できない。私の肌や口、愛撫や口吻なしに生きていくことなんて君にはできるのか? 別れを切り出す手紙はその文面とは裏腹に私だけを愛していると伝えている。私を傷つけたいのか? 私は君に忠実だった。私は神に誓ったのだ、君を決して過去にはしないと。
作家のガブリエル・マツネフ(Jean-Paul Rouve)を囲み関係者が集まっている。編集者の母(Laetitia Casta)に伴われた少女ヴァネッサの姿もある。マツネフは自由過ぎるし傲慢すぎるしあまりにも簡単に恋に落ちていると言われる。他の人たちとは違う。あなたの話を聞いた人はあなたのこと犯罪者と思わない? 犯罪者を裁けるのは裁判官だけだ。私は罪人かもしれないが法的なものではなく魂に関わる罪だ。罪を認めるのに吝かではないが隣人の胸ではなく自らの胸に入り込まなければ。あなたに入り込まれた女性は喜びそうですねと茶々が入り、皆が笑う。常識人が私を難ずるのは、私が自分らしくあり、何も後悔せず、トルストイが言うように心臓の血で書く勇気を持つからだ。私の周囲には幽霊しかいないが私の本の中では確かに人が息衝いている。ヴァネッサが席を離れて本を取り出す。ヴァネッサは本が好きなの? 娘は文学が大好きなのよ。子供っぽい娯楽には興味が無いわ。文学堅気か。私は11のとき『三銃士』を読んだ。デュマのお蔭で銃士に成れた。読書で人生が変わることもある。精神の涵養のためにもできるだけ早く師を見つけることだね。ヴァネッサには尊敬する人物はいるのかな? ヴァネッサは13ですけど、既に沢山の本を読んでるの。コーエン、ドストエフスキー、トルストイなんかが好みね。娘は私よりもずっと教養があるわ。ドストエフスキーにトルストイか。ヴァネッサと共通点が多そうだ。ヴァネッサは大人たちが談笑するテーブルから離れ1人読書をする。
ハンドルを握るジャン=ディディエ・ヴォルフロム(Noam Morgensztern)が助手席のヴァネッサの母とマルグリット・デュラスやヤン・ケフェレックなどゴンクール賞の作家について話している。後部座席ではマツネフが隣に坐るヴァネッサの脚に手を伸ばす。
書店。ヴァネッサがマツネフの本に手に取ろうとすると、店主(Benjamin Gomez)から女の子向けではないからとマツネフの別の作品を薦められた。
ヴァネッサがマツネフの本を読む。少女を描いた場面が目に留まる。
ヴァネッサがアパルトマンに戻ると、管理人から手紙を渡された。その中にマツネフから自分宛の手紙があった。
親愛なるヴァネッサ。手紙を書くことにした。心臓の血に浸したペンで。このペンでは君が私に与える甘美な悩みを伝えきれない。11月の晩、私を見つめる君の瞳の魔力に太刀打ちなどできなかった。君は私を悶えさせる。君は他の人たちとは違うんだ。
親愛なるヴァネッサ。君は魔女に違いない。心からの友となって君の抱える秘密を守りたい。指と指とを絡めるだけで私は満たされる…。
マツネフからの手紙を次々と送られてきた。文学的に早熟なヴァネッサにとって同級生達はあまりに幼く、その輪の中に入ろうとは思えない。
ラテン語の授業。カミーユ(Lila-Rose Gilberti)がヴァネッサの見詰める写真の男について尋ねる。誰? お父さん? カミーユは初体験を済ませたと走り書きしたノートをヴァネッサに見せた。教師(Anne Loiret)が注意する。スプリンゴラ、聞いてる? 成績が優秀なら授業に参加しなくてもいい訳じゃないのよ。英雄を破滅させる傲慢さに注意しなければ。次回までに「傲慢」の意味を調べてクラスメイトに説明して下さい。…先生。授業を続ける教師にヴァネッサがおずおずと手を挙げる。傲慢さは過剰な自尊心で、英雄たちを破滅させる欠点です。例えば、古代ギリシャ神話のオイディプスは傲慢さのために悲劇に見舞われます。静まり返る教室。改めて調べてこなくてはいけませんんか? 生徒たちが笑う。
ヴァネッサが14歳の誕生日を迎えた。
1985年パリ。ヴァネッサ・スプリンゴラ(Kim Higelin)は編集者の母(Laetitia Casta)と2人暮らし。家にいるときは酒と煙草を口にしてしどけない姿を晒す母親は、男はろくでもないと不平を口にしながら、母娘の間に秘密はなしと平気で男を連れ込む。今は妻子ある批評家ジャン=ディディエ・ヴォルフロムと関係を持っている。母親の影響で文学的に早熟なヴァネッサには周囲の13歳が余りにも幼く見える。孤独を癒やすためにヴァネッサはますます書物に耽溺し、孤独を深める。周囲の女子たちは恋人との性交渉に及び始める。11月のある晩、ヴァネッサは母親に付き添って文学者の集いに参加する。少女や少年に執着する50絡みの人気作家ガブリエル・マツネフ(Jean-Paul Rouve)はヴァネッサを見逃さない。マツネフは頻繁に熱烈な恋文をヴァネッサに送る。名のある作家から他の人とは違う特別な存在だと持ち上げられたヴァネッサはマツネフの虜となる。14歳の誕生日を迎えたヴァネッサは、遂にマツネフの誘いに応じ、彼の部屋を訪ねる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
文学的に早熟なヴァネッサは、同世代が幼く見えて輪に入ろうとは思えない。孤独がヴァネッサを読書に耽溺させ、ますます孤立を深める。そんなとき、少女や少年と性交渉を持ち、それを作品にしていた人気作家マツネフに見初められ、何通もの手紙による猛烈なアタックを受ける。マツネフに絆されたヴァネッサはマツネフの部屋を訪ねる。
『不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)』もルイス・キャロル(Lewis Carroll)が愛する少女アリスのために描かれた作品ではなかったかとマツネフはヴァネッサを籠絡する。聖母に誓って嫌がることはしないとマツネフはヴァネッサに愛の技巧を施す。ヴァネッサは敢えなくその罠に落ちる。もっともヴァネッサの内部の構造の問題でマツネフは性器を挿入することはできなかった。マツネフの愛情が失われるのではないかと思い悩むヴァネッサは婦人科医(Manuel Durand)に外科処置を施してもらってまでマツネフの性器を受け容れる。
マツネフは性交渉を作品に仕立てるために「黒いノート」に克明に行為などを記録していて、ヴァネッサを初めて貫き果てるや否やヴァネッサそっちのけでベッドを飛び出し記録に勤しむ。
マツネフは愛においては汚いことや禁じられたことはなく、恥ずかしいと思えることでも皆がやっているのだと言い聞かせるようヴァネッサを諭し、自らの欲望の捌け口とする。そして、詳細な記録を綴るのだ。
(以下では、後半の内容についても言及する。)
マツネフが出張した際、ヴァネッサはマツネフから禁じられていた著作を読む。そこにはフィリピンでの少年買春について描かれていた。ショックを受けるヴァネッサだが、それでもマツネフへの執着を断つことができない。他方、マツネフは少女が母親みたいになったとヴァネッサに飽き、新たな獲物を物色する。
ヴァネッサは母親が孤独から酒に溺れ、男を求める姿を見てきていたが、結果として、ヴァネッサもまた孤独を埋め合わせるためにマツネフの毒牙にかかり、酒に依存するようになる。ヴァネッサの目が覚めるのは、マツネフが次の獲物を手に入れたことに気が付いてからだった。
マツネフはヴァネッサとの関係を記した書物を発表する。16歳になっていたヴァネッサは生徒や教師(Anne Benoît)らから蔑まれ、自主退学を求められる。マツネフではなくヴァネッサが非難の的となってしまう。ある男性教師(Frédéric Andrau)など、ヴァネッサの味方だと嘯き、マツネフに代わりヴァネッサを性的に搾取しようとするのだ。