映画『ロイヤルホテル』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のオーストラリア映画。
91分。
監督は、キティ・グリーン(Kitty Green)。
原案は、ピート・グリーソン(Pete Gleeson)のドキュメンタリー映画『ホテル・クールガルダ(Hotel Coolgardie)』(2016)。
脚本は、キティ・グリーン(Kitty Green)とオスカー・レディング(Oscar Redding)。
撮影は、マイケル・レイサム(Michael Latham)。
美術は、リア・ポップル(Leah Popple)。
衣装は、マリオット・カー(Mariot Kerr)。
編集は、カスラ・ラスールザデガン(Kasra Rassoulzadegan)。
音楽は、ジェド・パーマー(Jed Palmer)。
原題は、"The Royal Hotel"。
シドニー。カナダ人バックパッカーのハンナ(Julia Garner)とリヴ(Jessica Henwick)がクルーズ船のパーティーに参加していた。暗闇にピンクと青の光が明滅し、重低音が鳴り響くディスコ。2人が踊っていると、ハンナは大柄な男(Herbert Nordrum)に声をかけられた。ア・ドゥ・スヴェンスキ? 何? ごめん、スウェーデン人かと思ったんだ。俺はノルウェー人なんだ。カナダ。みんなカナダ人が好きよ。休暇で? そう。いいね。
リヴがバーに向かう。男(Keylan Devine-Ingerson)に話しかけられる。フランセーズ? ノン。リヴはバーテンダー(Dylan River)に興味があり、男を相手にしない。何にする? フォスターを2つ。もっといいビールあるよ。聞こえないわ。踊ってもらえる? このカード使えないよ。もう1度試してもらえない? もう試したよ。
リヴが強い陽差しが降り注ぐ甲板に上がる。船は間もなくハーバーブリッジを潜るところだった。ハンナはノルウェー人と熱烈なキスを交わしている。ハンナ、カード貸して。私の駄目で。本当に? 現金もないの。大丈夫? 大丈夫。警笛が鳴り、船が橋を通過する。船客が歓声を上げる。
職業紹介所。ハンナとリヴがデスクで並んで待っている。リヴがハンナの首にあるキスマークを指摘した。担当者(Bree Bain)が2人の前に坐る。お金にはなりますが場所が遠いのが難点です。机に拡げた地図で沙漠のど真ん中を示す。広大な鉱区にあります。男性からの注目は避けられませんよ。ええ、大丈夫です。リヴが答える。もう少し近場はありません? ハンナは乗り気でない。ありません、こんな急な問い合わせでは。カンガルーはいます? リヴが尋ねる。もちろん。じゃあ、引き受けます。良かった。書類をご用意しますね。ハンナがリヴをじろりと見る。何よ。
鉄道とバスを乗り継ぎ、アウトバックへ。曠野を真っ直ぐに伸びる道路の途中でバスを降りる。リヴがネックピローを落とす。ハンナがリュックに結わえ付ける。全部あんたのせいだからね。分かってる。何にもない。そのとき土埃をあげて黄色い車がやって来た。Uターンして駐まった。運転していた女(Ursula Yovich)が降りてきた。ワーク&トラヴェルで来ました。2人が説明して契約書面などを提示するが女は見向きもしない。荷物は後ろ。女はそういい捨てると運転席に乗り込む。乗らないの? 2人は黒い犬がいる車内に荷物を入れる。
曠野を黄色い車が走り抜ける。リヴは風景を褒めてハンドルを握る女に話しかけるが反応がない。プールの看板が道の脇にあった。プールだって。そんなに悪くないでしょ。疎らに木の生える以外に何も無い場所に石造りのロイヤルホテルが立っていた。建物の前のベンチには3人の男が坐っている。車を停めた女がバックドアを開け、犬を出す。女は入口の扉を開ける。荷物を抱えた2人が女の後を追う。リヴが男たちに手を振る。奥まで行って階段を上がって。あんたたちの部屋がある。2人が建物に入ると女が鍵をかける。2人は閉じ込められたと思ってドアを開ける。鍵はかけときな。パブは営業時間外だ。暗いパブ。リヴはカウンターの中に入り、蛇の漬かった酒瓶を見つける。
奥の階段を上がる。猫が居座っていた。部屋を見て回る。寝室は衣類が散らかっていた。居間では2人の女(Alex Malone、Kate Cheel)がソファで寝穢く眠っていた。テーブルは酒瓶でいっぱいだ。1人が新入りの娘かと尋ねる。そう。どこから? カナダ。あんたたちは? イングランド。リヴがWi-Fiを尋ねると笑われた。
ハンナとリヴはシャワーを浴びようと浴室に向かったが水が出ない。リヴが元栓を捻ると水が出た。そこへ店主のビリー(Hugo Weaving)がノックもせずに跳び込んできた。蛇口を閉めろ。貯水量は13%だ。12%になるとヤバい。分かるか? 2人はビリーが断わりなく浴室に入ってきたことに呆気にとられていた。英語は話せるのか? もちろん英語は流暢よ。スペイン語も、少しならポルトガル語も。賢いマンコってことか。賢いマンコって思ってるわけか。外国語が使えりゃ良いけどな。取り敢えず服を着ろ。ここはその手の店じゃない。ビリーが出て行く。私たちのこと何て呼んだ?
カナダ人バックパッカーのハンナ(Julia Garner)とリヴ(Jessica Henwick)はオーストラリア滞在中、シドニーで資金が尽きてしまった。ワーク&トラヴェルに駆け込んだ2人は、担当者(Bree Bain)からアウトバックの鉱区にあるロイヤルホテルのパブを紹介された。男性からの注目は避けられないと注意され、ハンナは僻地であることに懸念を示すが、リヴがカンガルーがいると聞いて即決する。2人は電車とバスを乗り継ぎ、曠野のバス停で降りる。厨房を任されているキャロル(Ursula Yovich)に迎えに来てもらい、周りに何も無い場所に立つ石造りのロイヤルホテルに到着した。部屋に向かうと、イングランド出身のジュール(Alex Malone)とキャシー(Kate Cheel)が酔っ払ってしどけない姿で寝ていた。シャワーを浴びようとすると断わりもなく店主のビリー(Hugo Weaving)が入って来て水不足だと水を停めた。ハンナとリヴはビリーから注文への対応やレジの使い方を学び、すぐに仕事に入る。開店とともにやって来るティース(James Frecheville)を始め、マッカ(Adam MacNeill)、グレンダ(Barbara Lowing)、ドリー(Daniel Henshall)など常連で店はすぐにいっぱいになった。マティー(Toby Wallace)はリヴにディキンズ・サイダーの注文を復唱させ男たちの下卑た笑いを誘った。ハンナとリヴとの入れ替わりで店を去るジュールとキャシーが酔っ払ってはしたなく振る舞うのに男たちは興奮し、店は混沌とする。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
アウトバックの広大な鉱区の中に立つ酒場ロイヤルホテルは、アルコール依存症の店主ビリーと、ビリーの情婦らしい厨房担当のキャロル、それにワーク&トラヴェルで短期滞在する女性旅行者で切り盛りしている。附近にはロイヤルホテル以外に酒場はないため客は常連ばかりだ。女っ気の無い職場で働く男たちにとって酒場にいる若い女性店員は有り余る性慾の捌け口となっている。露骨に性的な眼差しを注ぎ、下卑たジョークで揶揄い、デートに誘い、常連同士で女を巡る諍いになり、時には暴力沙汰に至る。ワーク&トラヴェルで働きにきた女性たちは酒を飲んで感覚を鈍磨させなければ短期であっても持たない。
ロイヤルホテル到着時、リヴがパブの棚で毒蛇をつけ込んだ酒瓶を目にする。(毒)蛇はペニス延いては男性のメタファーであり、蛇酒の毒蛇はパブで酒を飲む男たちを象徴する。とりわけ粘着質な性格のドリーは、部屋に入り込んだ毒蛇を捕まえ、酒に漬け、ハンナにプレゼントするという形で、明確に「毒蛇」的キャラクターとして描かれている。
ハンナよりも精神的に弱いリヴは、男から受けるハラスメントに耐えきれず、飲み過ぎて酩酊し、男たちの慰み者になりかけてしまう。リヴはそういった社会から逃れて旅に出たのに、旅先でも同じ状況に陥ってしまっていることを嘆く。ロイヤルホテルは沙漠地帯の鉱区の酒場という極端な状況を描き出しているようで、その実、日常社会を映し出していることが分かる(そして、そのような社会に対する評価がどのようなものかはラストシーンに明確である)。観客に対し、ティースやマティーやドリーになっていないかとの問いを突き付ける。
ハンナがリヴを救うため斧を手にドリーに立ち向かう。斧はdickのメタファーであるなら、"dick inside her"と揶揄った男どもに対して、"dick with her hands"で立ち向かうのだ。あるいは、パブの外に女性の乳房とともに"FRESH MEAT"と書かれた落書きがあったことと、ハンナがリヴの誕生日を祝うケーキに蝋燭を灯そうとライターを借りると、女性のヌードが描かれていたことを思い出そう。豊満な乳房と乳首の形象は、日本の「蛇の目」の文様に似る。ドリーお手製の蛇酒の瓶をハンナが叩き割ると、酒に漬かった毒蛇が床に転がる。毒蛇はペニス≒男性から乳房≒女性へと転換される。毒を以て毒を制す大団円を迎えることになるだろう。