展覧会『橋爪彩展「LA VIE EN ROSE」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋 美術画廊Xにて、2024年8月22日~9月9日。
名画を下敷きにした作品など、読み解きを促す不穏さの滲む状況を写実的に描き出した作品群で構成される、橋爪彩の個展。展覧会タイトル「「LA VIE EN ROSE」は、薔薇をイメージフラワーとする髙島屋に因み薔薇をモティーフとした作品を含むためであろう。
メインヴィジュアルの《La patience》は、白いワンピースの女性が白い椅子に右膝を載せ、白いテーブルに左手を突いて、卓上に並べたトランプを眺める姿を描いた作品。真っ暗闇に輝くばかりに浮かび上がる艶めかしい女性は、椅子とテーブルの下に敷かれた円形の絨毯をスポットライトのように見せる。垂下がる髪で目が隠され、女性の表情は窺えない。卓上にはガラスの花瓶に白い薔薇が挿してあることから、トランプを用いて恋占いをしているのかもしれない。タイトルからバルテュス(Balthus)の《La Patience》(1948)を下敷きにした作品と考えて間違いない。閉鎖的な環境で一人トランプに興じる女性という点で共通するものの、バルテュスの作品では女性は朱と緑の衣装であり、光を背に消えた蝋燭の置かれた暗い卓や、絨毯が四角いなど差異は小さくない。磨き上げられた床に這いつくばり、白い頁の本を眺める女性の姿を描く《the Blue Girl》も、バルテュスの《Les Enfants Blanchard》(1937)または《Le Salon 1》(1942)あるいは《Le Salon 2》)(1942)に基づく作品だろう。床が鏡面のように女性の身体を映し出していることから、カラヴァッジョ(Caravaggio)の《ナルキッソス(Narciso)》を連想させもする。その場合、白紙の頁を見詰めるのは内省を意味しよう。
《la rose d'Ingres》は、白い下着だけを身につけた女性が両膝を抱えて座り込む後ろ姿を表わした作品。白い薔薇が背骨に沿うようにブラジャーに挟み込まれている。タイトルから、裸体女性の背中にf字孔を描き添えたマン・レイ(Man Ray)の写真作品《Le Violon d'Ingres》(1924)(ドミニク・アングル(Dominique Ingres)の絵画《La Grande Baigneuse》(1808)に基づく)がモティーフであることは疑いない。白薔薇はヴァイオリンの指板に見立てることは不可能ではないだろう。バルテュスの《La Leçon de guitare》(1934)への連想からギターに擬えることもできよう。女性の身体を花器に見立てるなら、許曉薇の写真「花之器」シリーズを想起することにもなろう。
《Marie》は、紫の衣装の女性が絞首を暗示するかのように首の位置に真珠のネックレスを掲げる姿を、目の下から胸の辺りまで表わす。ギロチンで処刑されたマリー・アントワネット(Marie Antoinette)の見立てである。《Follow Your Dreams》は"Follow Your Dreams"と刺繍されたアイマスクを着用した女性の胸像で、頭頂部に頭蓋骨を載せている。アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)のヴァニタス「頭蓋骨」シリーズに因んだ作品であろう。ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal)の目隠しをして断崖に向かって行くという比喩を絵画化したものとも解される。
《5 dollars》では闇を背景に、透き通ったガラスの花瓶に活けられたピンクの薔薇が描かれている。薔薇の茎に5ドル紙幣が蝶ネクタイのように結ばれている(リンカーンの顔が中央に覗く)。長い頚を持つ花瓶の胴にはその紙幣が映り込んでいるのか、あるいは光の反射が葦手で表わされているかして、文字が見える。画面右下、花瓶を置いた台に左手の掌が置かれているのが不気味である。仮に長谷川潔の版画《薔薇と時》と対照すれば、時と金とを等価に見る、アメリカ的な思想"Time is money."が浮かび上がる。少女の後ろ姿を描く《les Coiffure》ではポニーテールを結わえるのに1ドル紙幣が用いられている。ドル紙幣を用いた作品は存在しそうだが、《5 dollars》や《薔薇と時》が特定の美術作品に基づいているかどうかは分からない。
《Lady with a Rabbit》は兎を麦腕で胸の位置に抱き上げている女性の肖像。この作品だけ円形の画面にしたのは、穴(兎穴)を連想させるためではなかろうか。女性が前髪で目を塞がれているのは、眠りのメタファーであろう。すなわち、ルイス・キャロル(Lewis Carroll)の『不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)』のメタファーである。