映画『愛に乱暴』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の日本映画。
105分。
監督は、森ガキ侑大。
原作は、吉田修一の小説『愛に乱暴』。
脚本は、森ガキ侑大、山﨑佐保子、鈴木史子。
撮影は、重森豊太郎。
照明は、中須岳士。
録音は、猪股正幸。
美術は、松永桂子。
装飾は、岩本智弘。
スタイリストは、望月恵。
ヘアメイクは、澤田梨沙。
VFXは、須藤公平。
音響効果は、勝亦さくら。
編集は、平井健一。
音楽は、岩代太郎。
神奈川県綾瀬市。住宅街のゴミ収集所で紙類が付け火で燃え上がる。
朝。初瀬家の離れのリヴィングの窓からエプロンを掛けた桃子(江口のりこ)がゴミ袋を手に出て来る。桃子は母屋に向かって声を掛ける。お義母さん、ゴミありますか? 照子(風吹ジュン)が顔を出して頷く。真守は昨日も晩かったの? 飲み会だったって。大変ね。ちょうど真守(小泉孝太郎)がジョギングから帰って来る。おはよう。真守が離れへ引っ込む。休みの日だけにしておけばいいのに。毎日走らないと落ち着かないんですって。
桃子が照子から受け取った母屋のゴミと一緒にゴミを収集場所へ運ぶ。今日は可燃ゴミの収集日。黄色いネットを持ち上げてゴミを入れようとすると缶チューハイの空き缶が転がる。桃子は思わず溜息を吐く。
台所で食器を洗う桃子。リフォームのカタログ届いたわよ。真守は無言で冷蔵庫を開け、飲み物を手に立ち去る。今日も晩くなるの? 桃子が玄関の真守に尋ねる。分からないから夕食はいらないよ。一応作っとく。昼もコンビニで済ませないでね。真守が玄関を出る。
リヴィングの窓から桃子が庭に出る。ピーちゃん! ピーちゃん! 何処? 夫が出て行く。照子がいってらっしゃいと息子を見送る。
洗面所で桃子が鎮痛剤を飲む。生理痛に悩まされていた。電気シェーヴァーの臭いを嗅ぎ、洗面台に飛び散ったままの夫の髭を洗い流す。
桃子がレジ袋を手に収集所に向かう。烏を追い払うと、缶酎ハイの空き缶を拾い集める。おはようございます。近くのアパートに暮らす李(水間ロン)に挨拶をする。李は黙って自転車で去る。桃子は家並の向こうに黒い煙が濛々と立ち上るのに気付いた。
桃子はかつて在籍していた会社で石鹸作り講座の講師を週に2日担当していた。桃子が受講生を前にトレーにポーシュを使って石鹸の素材を絞り出す。料理と同じです。無添加なら赤ちゃんの肌にも使えます。お菓子みたいで美味しそうですよね。
講座が終了すると、社員の浅尾(青木柚)が桃子に声を掛けた。こないだのアンケート結果、この講座の満足度高かったですよ。この講座、もっと大きくできないかな? 鰐淵部長(斉藤陽一郎)にこの紙の資料、渡してもらえない? データは送っておいたんだけど、念のため。さすが元社員、よく出来てますね。パートが偉そうにって思った? 思ってないですって。良くないですよ、そういう言い方。
桃子がバスで病院に向かう。すぐ脇に赤ん坊を前に抱えた母親が立った。桃子が席を譲る。この子は立ってないとぐずってしまうんです。すぐ降りますから。席を立った桃子は赤ん坊に可愛いねと声を掛け坐り直す。
産婦人科。検診台に脚を開いて横になる桃子。子宮は綺麗ですね。医師が内診の所見を述べる。以上となります。話は向こうでしましょう。検診台がゆっくり作動して支脚部が閉じ、リクライニングシートが起き上がる。
特に問題は無いですね。気になることはありますか? 生理痛が酷くて。今朝も鎮痛剤を飲んだんですけど。生理痛はライフステージで変化しますからね。更年期が始まると不規則になります。年齢が上がって軽くなった人も多いって聞きますけど。出産で軽くなることはありますけどね。生活に支障を来すならまた受診して下さい。
桃子は肉屋に立ち寄る。スペアリブ、800グラム下さい。こちらでよろしいですか? お願いします。
家の近くまで戻るとゴミ収集所で警察官2人が住人と何やら話していた。警察官が桃子を呼び止める。綾瀬南警察です。隣の区画のゴミ捨て場で不審火がありまして。お気づきのことがありましたら交番までお願いします。
リヴィングの縁側の下に置いてある餌皿の餌は無くなっていた。ピーちゃん! 桃子が庭で探す。
台所で桃子がローズマリーの香りを嗅ぐ。グリルのスペアリブにローズマリーをチラシ、火に掛けようとするが、うまく火が着かない。サティの「ジュ・トゥ・ヴー」をハミングしながら、スマートフォンでSNSをチェックした。うにゃ22ニャン。真守の不倫相手だ。
神奈川県綾瀬市の住宅街。初瀬桃子(江口のりこ)は夫の初瀬真守(小泉孝太郎)と義母の敷地に立つ離れに住んでいる。母屋には3年魔に夫を亡くした義母・初瀬照子(風吹ジュン)が1人で暮らしている。真守は飲み会で帰宅が遅くなったり、出張で家に帰らない日が多くなっていた。桃子は真守の不倫を把握していて、不倫相手(馬場ふみか)のSNSもチェックしていたが、おくびにも出さない。生返事しか返さない真守に食事を用意し、Yシャツにアイロンを掛け、仕事に送り出す。かつて勤めていた会社で週2回、手作り石鹸の講座を担当することが生き甲斐だった。義母は大した収入にもならないのに桃子が講師で家を空けることが気に入らない。猫を可愛がることも、魚好きな真守に肉料理しか出さないことも。そんな義母に桃子は気を遣い、やり過ごす。ゴミ収集所が汚れていれば率先して誰に頼まれるでもなく美化に努めた。近隣のゴミ収集所で不審火が起き、警察が警戒していた。生理痛に悩まされて受診したが、医師には問題無いと言われた。桃子は企画書を書き、かつての上司・鰐淵部長(斉藤陽一郎)に講座の拡充を提案する。社員の浅尾(青木柚)にも根回しを依頼するが、暖簾に腕押しだった。桃子は不倫相手のSNSで真守が離婚の意思を固めていることを知り、動揺する。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
桃子は真守に気を遣うが、真守は桃子の話を受け流す。象徴的なのは、桃子が提案する住居のリフォームを真守が相手にしないことだ。桃子は夫婦の関係を修復したいが、真守はその気がない。なぜなら桃子が楽しそうにしているとその分だけ真守は不快になるからだ。真守は不倫相手の三宅奈央との間に子供を作っていた。
実は真守は律子という前妻がいた。桃子の妊娠を機に律子と別れ、桃子と籍を入れたのである。ところが桃子は流産してしまった。桃子が探し続けているのは、流れてしまった赤ん坊なのだ。
桃子は真守に相手にされない。義母からは講師や猫や食事などで嫌みを言われる。近所の住人に挨拶しても挨拶が帰ってこない。かつての上司は桃子の提案に耳を貸さない。医者は不調を訴えても問題無いと言う。
桃子はお気に入りのティーカップを手に入れて、愛で、紅茶を注ぎ、1人で飲む。エリック・サティ(Erik Satie)の「ジュ・トゥ・ヴー(Je te veux)」をハミングし、失われた子の名前を呼び続ける。リフォームに望みを託す。
真守が桃子に飼い猫と捨て猫はどう見分けるのか尋ねて、首輪の有無で判断すると桃子から聞くと、首輪したまま捨てられたら最悪だと漏らす。桃子こそ、婚姻関係という首輪を付けたまま夫に捨てられた存在なのだ。
(以下では、後半の内容についても言及する。)
自宅で穫れたスイカは子供の象徴だ。桃子は奈央の家にスイカを持ち込む。真守(そして照子)から子供を産む役割が桃子から奈央へと襷が渡されることになる。それは桃子が律子から受け取ったものでもあった。しかし、その襷は、妊娠だけでなく、その失敗をも引き継がせることになる。
ホームセンターで桃子はチェーンソーを購入する。畳を上げ、荒床を切断し、地面を掘る。そこには産着が埋めてある。結婚生活の破綻の原因は、全て子供を持つことができなかったことにあった。しかも流産したことを桃子は言い出せず、義母の照子はそれを桃子の嘘・裏切りと考えていた。照子の懐疑は、桃子を縛り、桃子もまた奈央に対して本当に妊娠してるのかと詰問させることになる。自分を苦しめたのと同じ事を桃子は行ってしまうのだ。
そもそも離れは義父母の新居として建てられたものだ。居間の柱の傷は真守の成長を測定したものだ。そして、離れは真守と律子との住まいとして使われただろう。子を産み育てる桎梏を象徴するのが、離れだ。
(以下では、結末について言及する。)
裸足で駆け出した桃子が行き着いたのはホームセンターのバックヤード。裸足の桃子に靴を脱いで差し出すのは近所に住み、店員として働いていた李。近所で会ったとき挨拶を返さず、買い物してもろくに目も合せずにいらっしゃいませとぼそぼそ言ってレジ打ちをする李だった。のみならず、李は桃子に、いつもゴミ捨て場を綺麗にしてくれて有り難うございますと桃子に声を掛ける。感極まった桃子は、有り難うと言ってくれて有り難うと返す。桃子が求めていて手に入らなかったものが最後に手に入る。
この作品に興味を持たれた向きには、映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(Demolition)』(2015)をお薦めしたい。