可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 池田萌々恵個展『1/n』

展覧会『池田萌々恵個展「1/n』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2024年9月16日~21日。

一筆書きの略画のようなキャラクターを書割の中に表したような演劇的なイメージの絵画などで構成される、池田萌々恵の絵画展。

《scene Ⅰ》(910mm×727mm)は、ピンスポットの当たる男女が複数の階段のある装置の前で向かあう、タイトルからも演劇の1場面を描くと思しき作品。男性はバレエを彷彿とさせる衣装で爪先立ちで軽やかに立つ。ピンクのドレスの女性は挨拶するように両手でスカートを抓んで持ち上げやや腰を屈める。彼女の上半身が肩と腰の間で凹み"⊃"のように描かれているのが特徴である。青い床は夜の帷が落ちたことを示すのだろう。2人にはピンスポットが当たっていることが足元の光円から分かる。左奥に塔が立ち、その手前にはアプローチとしての階段がある。右手の階段の途中にある踊り場には3人の黄色いドレスの女性たちが控える。上空には植栽の表現か、緑の円錐から茶色い直方体がぶら下がったものがいくつも浮いている。黒い線で表された人物に顔は描かれない。塔を初め装置は歪む。ところどころ黒い輪郭線が余ったように飛び出す。一見して粗雑な印象は免れない。もっとも、陰影を施した着彩は的確で、食み出す輪郭線も動きの表現と思しい。
《scene Ⅱ》(652mm×530mm)は、アーチの連続する建物を背景に、ピンクのローブ・デコルテ姿の女性を描く。暗い空間にはアーチ越しにぼんやりとした光が入り込む。花や鳥の文様が3つ縦に配されているのは、ステンドグラスが嵌め込まれているか、あるいはタペストリーがかかっているかであろう。女性は上半身を大きく後ろに反らせている。とりわけデコルテが後ろにずれているのが漫画的と言えるほどの誇張的表現である。もっとも女性やアーチやステンドグラス(ないしタペストリー)の輪郭線が荒々しく配されいるために、画面に馴染んで違和感がない。
星空の下、煉瓦造りの建物を背に向かい合う2人の女性を描いた《星明かり》(455mm×530mm)や、石組みのアーチが浮ぶ中で坐る男性を描いた《祈り》(652mm×530mm)も建物や構造物が歪んだ表現により書割のようで、舞台の一場面の観を呈する。絵画が断片でなく、連綿と続く物語の中に位置付けたいとの意志が示されている。絵画は全体nの一場面、すなわち"1/n"なのである。
キーヴィジュアルに採用された、出展作品中最大画面の作品《あなたはどこへ行くの、私はどこへ行くの》(1620mm×3600mm)には、どこまでも続くようなブロック塀の書割を背景に、ピアノを奏でる人物などを配し、女性と男性とがやや距離を置いて反対側を向いて佇む姿が描かれる。出入り口や階段など別の世界へ通じるようにも見えるが、ここは舞台なのである。男女の足元に描かれる円環が示す通り、仮に場面が転換しても同じ舞台なのだ。川の流れの中に足を浸して坐り、あるいはテーブルを前に立つ人たちを描いた《River》(1400mm×1400mm)もまた、時の経過にも拘わらず同じ場所に居続ける人々を描いているとも言える。
他方、針金(青銀や緑銀の線も配される)を折り曲げて人物や建物などを表現したように描いた《Good morning, Good day》(1120mm×1455mm)や、クレパスで描いたような震える黒い線による人物の略画《Mary the Man Today》(333mm×242mm)では、優れた彩色能力を敢て封印し、いかに限られた線により具体的なモティーフを表すかが探究されている。描き込む手数"n"を可能な限り減らしていくと、1つ1つの線がより豊かな内容を含む。"1/n"を1=全体に近付ける試みと言えよう。