映画『アビゲイル』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
109分。
監督は、マット・ベティネッリ=オルピン(Matt Bettinelli-Olpin)とタイラー・ジレット(Tyler Gillett)。
脚本は、スティーブン・シールズ(Stephen Shields)とガイ・ビューシック(Guy Busick)。
撮影は、アーロン・モートン(Aaron Morton)。
美術は、スージー・カレン(Susie Cullen)。
衣装は、グウェン・ジェファーズ(Gwen Jeffares)。
編集は、マイケル・P・ショーバー(Michael P. Shawver)。
音楽は、ブライアン・タイラー(Brian Tyler)。
原題は、"Abigail"。
バレエの衣装に身を包んだアビゲイル(Alisha Weir)が舞台袖から出て来て中央に立つ。「白鳥の湖」が流れ、アビゲイルが踊り出す。
寂れた路地に立っていたアナ・ルイサ・クルス(Melissa Barrera)が棒付きキャンディーを取り出し、口にする。通りに1台の車が到着し、クラクションを鳴らす。アナはキャンディを仕舞い、銃を用意し、手袋を嵌めて車に乗り込む。助手席のリーダー格の眼鏡の男(Dan Stevens)が振り返ってアナを確認する。ハンドルを握るがたいのいい男(Kevin Durand)がアナに寒すぎたり暑すぎたりしないか尋ねる。眼鏡の男が運転だけしてろと注意する。アナは注射器を確認する。
ヴァンの助手席でラップトップを操作してハッキングする女(Kathryn Newton)が監視カメラを停止させたと告げる。ライフルを手にした男(William Catlett)が現場で逢おうと車を降り、目標の屋敷の塀に上がり配置に付く。誰の家か聞いてるか? ヴァンの運転手(Angus Cloud)がハッカーに尋ねる。知らない。オレもだよ。
踊り終えたアビゲイルが劇場を出て、駐車場に待機していた車に乗り込む。車の底には発信器が取り付けてあった。
眼鏡の男がアビゲイルの自動車が発車したことを把握。車内の3人は目出し帽などで顔を覆う。
ヴァンの運転手はハッカーに彼氏がいるか聞くが相手にされない。音楽をかけて口遊むが、彼女に音楽を止められる。屋敷の門をハッキングして開扉させる。
眼鏡の男が率いる3人組が開い門から屋敷に入り、建物の1室に入る。女の子の部屋だった。子供なんて聞いてない! アナがリーダーに文句を言う。リーダーは相手にせず向こうに隠れろと指示する。
アビゲイルが無人の屋敷に帰宅する。踊りながら階上へ。スマートフォンで保護者と話しながら部屋に入る。良かったよ。楽しかった。ベッドの上に坐る。何か気配を感じ、通話を止める。異常がないと確認して電話を切る。眼鏡の男が少女を襲い、口を押える。アビゲイルはすかさずペンで男の手を刺す。がたいのいい男がアビゲイルを押え付ける。眼鏡の男がアビゲイルを殴ろうとするのをアナが止める。アナが注射してアビゲイルを眠らせる。
ハッカーが車がやって来たと報告する。父親かもしれない。想定外だ。少女をバッグに入れると、がたいのいい男が担ぎ、眼鏡の男の先導で建物を出る。帰って来た男がアビゲイルを呼ぶ。眼鏡の男が裏門に車を回すように指示する。スナイパーも合流して門へ。そのときサイレンが鳴り、ライトが点灯する。4人は慌てて門の前に急停車したヴァンに乗り込む。街から出るまでは危険だ。アナがバッグを開け、少女の状態を確認し、目隠しをする。続いてアナは眼鏡の男の手を取り、手当てする。感謝する。だが二度とそんな風に手を摑むな。分かった。ハッカーが交差点にカメラがあるからと回避するよう指摘する。だが運転手はそのまま交差点に向かい、カメラに映り込まないようトラックの隣に車を停めた。いいねえ。だろ? 名前は? 運転手がハッカーに尋ねる。名前を聞くな。ルールだ。眼鏡の男が運転手に釘を刺した。目的地までカメラはなし。分かった、じゃ、何かに捕まっておいた方がいいぞ。運転手は猛スピードを車を走らせた。
車が林道の中の門に到着。門を抜けると、古い洋館があり、玄関先でランバート(Giancarlo Esposito)が皆の到着を待ち構えていた。
アナ・ルイサ・クルス(Melissa Barrera)は金策のために身代金目的略取に参加する。リーダー格の眼鏡の男(Dan Stevens)とがたいのいい男(Kevin Durand)とともに侵入した豪邸で潜入したのは少女の部屋で、息子ケイレブのいるアナは動揺する。3人は帰宅した少女(Alisha Weir)を拉致し、見張り役のスナイパー(William Catlett)とともに、逃走用のヴァンに乗り込む。運転手の若者の(Angus Cloud)の隣には、屋敷の解錠やカメラを停止させた若いハッカー(Kathryn Newton)がいた。6人は郊外の古い洋館で、ランバート(Giancarlo Esposito)の出迎えを受ける。5000万ドルを父親に要求するため、24時間人質を監禁するのが6人に課された任務だった。追跡を回避するために電話を没収され、お互いに素性を知らせないよう念を押される。眼鏡の男はフランク、がたいのいい男はピーター、スナイパーはリックルズ、運転手はディーン、ハッカーはサミー、そして少女の世話係に指名されたアナにはジョーイのニックネームが付けられた。バーに集ったメンバーたちをディーンが何者か推測する。見当外れだと指摘するジョーイにフランクがプロファイリングしてみろと100ドル紙幣を差し出す。ジョーイはフランクの姿勢から警察官で、なおかつ発言からクイーズ出身の刑事だと言い当てる。ピーターやサミー、ディーンにも頼まれ分析して見せた。ジョーイは少女の部屋に向かい、目隠しを外し、手錠を緩めてやる。少女はアビゲイルと名乗り、自分に暴力を振る舞わないようジョーイに約束させた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
フランクは勝手に人質の部屋に入り込み、アビゲイルが目隠しを外されていることを知らず顔を見られてしまう。父親が大規模な犯罪組織のトップであるクリストフ・ラザール(Matthew Goode)であることを聞き出すと、激しく動揺する。顔が割れて逃走することも難しいと判断したフランクは、ラザールの襲撃に備えて身代金を手に入れ、人生を一からやり直すことにする。
お互いについてよく知らないメンバーは疑心暗鬼に陥る。リックルズはジョーイに一緒に組もうと提案する。ディーンはサミーに執着するが相手にされない。サミーはディーンの叫び声を聞いて、地下に向かう。
身代金目的の略取事件に関与するメンバーは恐らく闇サイトで集められたのだろう。個々のメンバーは指示通りに行動するだけで、犯罪の全体像やお互いについて何も知らない。知らないことが完全犯罪遂行のための強みだ。だが不明点ばかりであるがゆえに、ちょっとした疑念が容易に増幅する。孤絶した古い洋館は恐怖の共鳴室だ。メンバーはお互いを疑い、銃を向け合うようになる。
アビゲイルが舞台でバレエを踊る姿を真上から捉えるショットは、一種の倒立であり、コウモリ的なイメージを形成する。重力に引っ張られることのないかのように軽やかに舞うバレエは、人間を超えた存在の表象としてふさわしい。
(以下では、結末に関わる事柄についても言及する。)
物語の大きな柱は、かつて薬物中毒に陥ったアナ(=「ジョーイ」)が、息子ケイレブとの生活をやり直すことである。彼女がかつて衛生兵であったことは、たとえ傷ついても恢復して再び立ち上がる可能性を暗示する。
アビゲイルが自らのことを傷つけない(傷つけさせない)と「ジョーイ」との間で指切りするが、その約束は破られてしまう。それは、薬物を止めようと心に決めながら、再び薬物に手を出してしまった過去のアナ(=「ジョーイ」)の姿を象徴しよう。アビゲイルを傷つけないとの約束を真に果たせるときが、アナが薬物を断ち、ケイレブとの生活を再建できるときなのだ。