可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 尾関立子個展『とある場所』

展覧会『尾関立子「とある場所」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿 GT2にて、2024年9月21日~10月5日。

家と空地をモティーフとした銅版画で構成される、尾関立子の個展。

《House -Morning-》(2210mm×2200mm)は、紙を継いた1辺2メートル超の正方形の画面に、描切妻屋根の家ないし小屋のみを描いた作品。斜め上からの構図で、左奥が僅かに画面から切れている。黒く太い線を平行に連ねることで屋根や壁が板張りのように表されることもあって、木版画のような力強い印象を受ける。
《House -Morning-》を正面にしたとき、その左側の壁に《Vacant lot》(1000mm×1000mm)、右側の壁に《Vacant lot in the rain》(1000mm×1000mm)が向かい合うように展示されている。《Vacant lot》は一面に草花を描き出した作品で、その同じ版に黒いインクを載せて水溜まりを表現したのが《Vacant lot in the rain》である。家ないし小屋とその周囲の空地とが、擬似的な三幅対として提示されている。三連画がもともと中央の画面を左右の画面で折り畳むことが想定されていたことを示すように、左・中央・右の画面の横幅がほぼ1:2:1とされているからである。《House -Morning-》の画題に「朝(Morning)」が付されているのは、始まり、新築を象徴するためではなかろうか。だが時は経つ。「昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる」(『方丈記』)のである。いつしか家は崩れ、草叢に覆われる時が来るだろう。

そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。(『方丈記』)

ところで、『新古今和歌集』には卓抜した歌才に恵まれながら早世した宮内卿の歌が載る。

薄く濃き野辺のみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむら消え(『新古今和歌集』)

宮内卿は草の色の濃淡から雪の浅深を読み取った。過去を、因果を見たのである。《Vacant lot》の作家は、そこに未来を見るのである。雨が降り、《Vacant lot in the rain》へ転ずる。水に象徴されるのは生命であり、時間である。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。(『方丈記』)