展覧会『日比野絵美展「版画と生活」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー川船にて、2024年9月30日~10月12日。
金属板にカーボランダム(炭化ケイ素)と砂などの混合物で描画して版(凸版)を作り、僅かに茶色がかる黒いインクを載せてプレス機で刷り出す技法により、輪あるいは円、または線あるいは格子が画面を埋め尽くすモノクロームの作品で構成される、日比野絵美の個展。
輪、卵形(楕円)、塗り潰した円、あるいは線や格子が画面を埋め尽くしている。1つ1つの輪や線がカレンダーに印を付けるように、あるいは写経のように繰り返され、淡々とした日々の積み重ねが表現される。金属板に彫るのではなく、カーボランダムを用いたメディウムで描いている。エッチングやドライポイントなどの凹版とは異なり凸版である。もっとも木版画のように馬楝を用いるのではなく、プレス機で刷り出している。そのために描画していない部分に拭き残されたインクが表情が生まれる。地は空白ではなく、模糊とした世界が拡がっている。画面に直に描画するのではなく、金属版に描画して作った凸版にインクを載せてプレス機で刷り出すがゆえに可能となるイメージである。その迂遠さは、描画、インクの塗布、プレスは、日常生活の動作を擬える。プレス機に紙を送ることとは、生活を送ることに他ならない。個々の作品に題名の無い(《no title》)のも、坦坦とした日常を表現していよう。
小品は矩形の画面1枚で、大作は矩形の版画を組み合わせ、正方形ないし長方形の画面としている。小さな画面が大きな画面へと連なっていく。「一斑を見て全豹を卜す」と言うが、日常を表す豹柄にも見える画面、一斑ならぬ一版は、額装されていないこととも相俟って、イメージの拡がりを暗示するのである。
モノクロームの作品群が展示空間に見事に調和している。カーペットか何かを貼ってあったのを剥がしたらしい黒い床は、作品と相似を成して相性がいい。展示空間で版画(作品)と生活(現実世界)とが一体化する。恰も「版画と生活」を冠したインスタレーション作品のようである。
…などと評することが、全豹一斑の謗りを免れていればよいが。