可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『若き見知らぬ者たち』

映画『若き見知らぬ者たち』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の日本・フランス・韓国・香港合作映画。
119分。
監督・原案・脚本は、内山拓也。
企画は、宮前泰志。
撮影は、光岡兵庫。
照明は、阿部良平。
録音は、小黒健太郎
美術は、福島奈央花。
装飾は、遠藤善人。
衣装は、加藤哲也。
ヘアメイクは、寺沢ルミと杉本あゆみ。
音響効果は、長谷川剛。
編集は、平井健一。
音楽監督は、石川快。

 

それでは全国の天気を見ていきましょう。関東地方は猛暑日です。引き続き半袖が出番となります。秋の訪れはまだ先になりそうです。ニュース番組の天気予報の言葉を壊れたレコードのように繰り返しながら、母親がパンチを繰り出す。そのパンチを息子がボクサーのトレーナーのように受ける。
風間彩人(磯村勇斗)がベッドで母親・風間麻美(霧島れいか)のパンチを受けていると、交際相手の日向(岸井ゆきの)が顔を出す。彩人、ご飯にしようか。
食卓。彩人の隣で麻美がご飯を持った茶碗に生卵を入れ、醤油と塩をドバドバかけると、スプーンで頬張る。彩人の弟・風間壮平(福山翔大)が食卓にやって来る。日向ちゃん来てたんだ。おはよう。夜勤明けで、さっきね。ブロコッリーと卵、まだ大丈夫だったよね? 日向は減量中の壮平のために別の食事を用意していた。疲れてるのに、いつも有り難う。頂きます。あとどれくらい? 5キロちょっとかな? 調子どう? いいよ。そろそろあがっていかないと。言われなくてもやってるよ。今日から? 昨日から。ほとんど朝だけ。彩人が通帳とカードを壮平に差し出す。これ、入金頼む。彩人、壮平、日向が奇声をあげる麻美と同じ卓を囲み、黙々と食事を取る。
壮平が門を出てランニングを始める。住宅地の中を駆けていく。
彩人が母親をベッドに寝かせる。坐り込んだ彩人が手紙を開封すると督促状だった。300万とある。煙草を咥えて火を点けようとするが着かない。次々と使い捨てライターを取って試すがどれも駄目だった。日向が来て、彩人の煙草を取って自ら口に咥えて火を点けると、彩人の口に戻してやる。煙草を吸う彩人をじっと見詰める日向。する? 彩人が日向の唇を、舌を時間をかけて味わう。彩人は日向を抱えると、風呂場に連れて行く。
壮平がシャドーボクシングをして、階段を降っていく。坂の下には蜿々と住宅が軒を連ねている。
風呂場で彩人が日向を後ろから突き上げる。彩人が果てる。
修斗のジム。選手が個々にトレーニングに励む中、リングでは壮平がトレーナーを相手に実践的な練習を行っている。
壮平が会長の早川(大鷹明良)の元に顔を出す。失礼します。どうだ? 順調です。お前はまだアルバイトをやっているのか? すいません。壮平、もたもたするな。挑戦者だが、タイトル戦に呑み込まれるな。
作業着姿の彩人が自転車で長い坂道を登っていく。
病院。ナースステテーション。402号の上原さん、内服薬変更して容態が落ち着いているので、点滴も1本に。明日、レントゲン撮ります…。申し送りを終えた日向が廊下で幼子を抱えた大和(染谷将太)に出会す。どうしました? 熱です。吐いちゃって。奥さんも熱有るから、俺が仕事抜け出して。ドタバタしてて。彩人とはどう? いつも通り。あ、小児科はあっち。
スーパーのバックヤード。店長(阿南敦子)に彩人が金を渡す。あなたも大変ね。
食卓に坐る麻美に向かいに坐った壮平がどら焼きを差し出す。麻美は反応しない。母さん、もういらないの? 麻美はマグカップのコーヒーに蜂蜜を入れる。珈琲が溢れ出す。入れすぎだって。駄目だって。壮平が蜂蜜のボトルを取上げると、麻美は止めてと叫ぶ。苛立った麻美は部屋の照明を切って、自室に戻る。暗い部屋に取り残された壮平。テーブルクロスに溢れた珈琲が床に落ちる音だけが響く。壮平はテーブルを拭く。
公衆トイレを出たところで、彩人は若い男が職質をする警察官2人(東龍之介、滝藤賢一)と揉めている場面に遭遇する。

 

神奈川県郊外にあるベッドタウン。風間彩人(磯村勇斗)は昼間は建設作業員として、夜は両親の開いたスナック「花火」を切り盛りして、父親・風間亮介(豊原功補)の遺した借金返済のために働いている。母親・風間麻美(霧島れいか)は精神を病み、介護が無ければ生活が送れない状況にあった。目を離すと徘徊し、店の物を盗ったり、畑を荒らしたりしている。そのため彩人はあちこちに謝罪して弁償して廻る羽目に陥っていた。彩人の弟・風間壮平(福山翔大)は修斗の選手をしながら、兄とともに母の面倒を見ている。タイトルマッチに挑戦するために過酷な減量に励んでいた。彩人の交際相手の日向(岸井ゆきの)は看護師の仕事に忙殺されているが、それでも頻繁に風間家に出入りし、彩人だけでなく壮平や麻美の世話も焼いていた。彩人の親友の大和(染谷将太)は由梨(長井短)との間に子供が出来るとすぐに結婚した。結婚披露宴が近々開催され、彩人や大和と同じサッカー部のメンバーが集まるのを楽しみにしている。ある晩、彩人は警察官の瀬戸(東龍之介)と松浦(滝藤賢一)が若い男をネチネチと職質している現場に出会し、思わず食ってかかってしまう。

(以下では、後半の重要な内容についても言及する。)

恐らくは、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)の盛り上がりの契機となったジョージ・フロイドの殺害事件に(も)着想を得た作品。人間が曖昧で不確かな存在であるからこそ信じるべきというメッセージがストレートに描かれる。
彩人は暴力団員3人にリンチされていた際、駆け付けた警察官の瀬戸と松浦から過剰に制圧され、結果死に至る。彩人が以前、職質中に食ってかかってきたことを松浦は根に持っていた。ほぼ無抵抗の人物に対して一方的に暴力を振うという点で暴力団員と警察官とがパラレルだ。権力を行使する立場にある者は、その地位が脅かされることを懼れ、何としても反抗を抑圧しようと暴走してしまう。
意外にも子煩悩ぶりを発揮していた彩人の親友・大和は、彩人の死に納得がいかず警察署に出向いて、警察官に食ってかかる。
壮平は、修斗のタイトルマッチでファビオ(ファビオ・ハラダ)に勝利し、挑戦者から王者になる。それに対し、壮平の親友・治虫(伊島空)は、彩人の死後、警察官を辞めてしまう(敢て辞表とともに拳銃を返却する場面が描かれる)。権力を手にする者、権力を手放す者とのコントラストが鮮やかである。
実は彩人と壮平の父親・風間亮介は優秀な警察官だった。ところが誤認逮捕した人物を死に追いやることになってしまった人生が暗転する。恐らくその死を補償しようとして亮介は多額の借金を拵えてしまったのではなかろうか。揚句に亮介は自ら命を絶ってしまった。亮介の子・彩人が、皮肉なことに警察官・松浦によって死に追いやられてしまったのである。
人は変わる。大和に彩人の死の状況を問い詰められた瀬戸が口にするように、人間が曖昧で不確かな存在であることを示している。換言すれば、人はいつ加害者になり、いつ被害者になるのか分からないということだ。繰り返し坂道が画面に映し出されるのも、坂道が上り坂でも下り坂でもあるからだろう。
彩人と日向は何かにつけて煙草を吸う。今日日の映画では比較的珍しいかもしれない。そこには、健康という価値の権力性を暴き出す意図があるのではないか。健康を持ち出されると抗いがたい。だが肺癌のリスクを犯しても、至福の一服を享受する自由は認められて然るべきなのだ。健康原理主義は決して健康的な考え方ではない。
健康と病気という問題――あるいは厚生権力の肥大――を象徴するのが麻美の存在である。真っ当だった麻美が発狂してしまった。世界が異常なら、むしろ異常な存在こそ正常へと反転する。冒頭、麻美が「異常気象」のニュースを繰り返していたのが象徴的である。何を基準に異常を判断するのかという問いを鑑賞者に突き付けているのだ。そして、彩人は異常のレッテルで母親を排除しない。異常を文字通り受け止めるのである。
瀬戸に人間は曖昧で不確かな存在であると言われた大和は、だから人間を信じるのだと言い返す。人間を信じるのが、彩人であり、壮平であり、大和や日向であり、この作品を世に問う監督その人である。
墓で壮平は警察官の治虫から辛いことは忘れるよう促される。墓参とは記憶のためのテクネーである。それに対し警察官が象徴する権力は不都合なことを忘れるように促す。だから権力の座にない者にとって、記憶することは抵抗の手段なのである。レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)の小説『華氏451度(Fahrenheit 451)』にせよ、ノーベル平和賞を受賞した日本被団協にせよ、記憶が命なのである。壮平が忘れたいことより忘れたくないことの方が多いと言い切るのは、それが彼の抵抗の手段だからだ。治虫もまた警察官の職を辞することになるだろう。
自分が何をしたかではなく、誰かに何かを残したかが生き様なのだと壮平は言う。彩人は花を贈ろうとして花屋に注文した。だがその花が届くことは無かった。否、花という物の形では届かなかった。所詮花は枯れてしまう。彩人が贈るのは花火だ。それは両親から受け継いだものだ。スナック「花火」であり、魂である。壮平は発汗のためにサウナスーツを着てベッドに横たわる。その姿と棺に入った彩人の姿が映像で重ね合わされる。棺は火葬炉で燃やされ、彩人が菊の花とともに燃えていく。花火は彩人から壮平へとリレーされ、消えることは無い。