可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『時々、私は考える』

映画『時々、私は考える』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
93分。
監督は、レイチェル・ランバート(Rachel Lambert)。
原作は、ケビン・アルメント(Kevin Armento)の戯曲"Killers"。
脚本は、ケビン・アルメント(Kevin Armento)、ステファニー・アベル・ホロウィッツ(Stefanie Abel Horowitz)、ケイティ・ライト・ミード(Katy Wright-Mead)。
撮影は、ダスティン・レイン(Dustin Lane)。
美術は、ダニエル・マハマン(Daniel Maughiman)。
衣装は、ジョーダン・ハミルトン(Jordan Hamilton)。
編集は、ライアン・ケンドリック(Ryan Kendrick)。
音楽は、ダブニー・モリス(Dabney Morris)。
原題は、"Sometimes I Think About Dying"。

 

コロンビア川河口の町、オレゴン州アストリア。坂道の側溝に多数のリンゴが転がり落ちている。コロンビア川をタンカーがゆっくりと進む。住宅地の階段を鹿が降りてくる。鳩を餌付けする老人。アストリア・メグラー橋を行き交う自動車。浜辺に波が打ち寄せる。海鳥が空を飛び交う。草葉が風に揺れる。砂浜に佇むフラン(Daisy Ridley)。
朝7時前。フランが起き出してベッドを軽く整える。
フランが港にある職場に向かう。海鳥の鳴き声が当たりに響き渡る。玄関を抜け、階段を上がり、自分のデスクへ。早くに出社したダグ(Jeb Berrier)は既に珈琲を手にしている。フランは椅子に上着を掛け、卓上のライトを点け、PCを起ち上げる。ショーン(Sean Tarjyoto)がギャレット(Parvesh Cheena)にケーブルを持っていないか尋ねる。持っていないとギャレットはダグに聞いてみようとショーンと一緒にダグのもとへ。
フランが珈琲を淹れていると、エマ(Ayanna Berkshire)がキャロル(Marcia DeBonis)と氷河を話題にしている。氷河を見るの? 溶けた水は飲めるの。一番綺麗な水だから。ギャレットが写真をあげてくれと話に加わる。
インターンのソフィー(Brittany O'Grady)が出社。職場の面々に小声で挨拶して通っていく。
ダグがショーンと窓の外を見て、港に停泊する巨大客船について話している。いつまで泊ってるんだろうな。さあ。午前中にはありましたよ。出社したときにはもう泊まっていた。なぜそこに泊めなきゃならないんだろうな。山が見えない。
フランが窓を眺めると、クレーンが作動しているのが見えた。フランは誰もいないガランとした空間に自分のデスクだけが置かれている場所を想像する。クレーンが荷物を吊り上げると、自分も吊り上げられるような気がする。
フラン! ボーッとしていたフランはイゾベル(Megan Stalter)に声をかけられる。驚かせちゃった? 皆に忍び寄ってるとこなの。明日でキャロルは最後だから、メッセージを書いてもらえる? 驚かせたいから黙ってて。メッセージカードを受け取ったフランは何を書くか迷う。キャロルの席はフランの席の左斜め前にあって、これまで目にしてきたキャロルの後ろ姿が思い出された。ドーナツを嬉しそうに食べる姿、PCの扱いに戸惑う姿などなど。フランはカードの隅っこに「定年退職おめでとう フラン」とだけ書く。
フランが1人家に向かう。坂道を登っていると、向かいの家の母娘が車から降りてきて、母親が娘たちに荷物を運ぶよう言っていた。
フランが自分の家に戻る。電気を付けず薄暗い部屋の窓際のテーブルに、ワイングラスとボトルを赤ワインを持っていき、ワインを注ぎ一口飲む。電子レンジでミートローフを温める。カーテン越しに緑を見ていると、森の中、苔に覆われた場所で仰向けに倒れて死んでいる自らの姿が思い描かれた。電子レンジの音で我に返る。ミートローフを取り出し、オニオンチーズディップをかけると、立ったまま食べ始める。どこかで何か作業をしているらしく、騒音と話し声が漏れ伝わる。
テレビを点けてカウチに坐り数独に取り組む。電話が鳴るが、母親からと分かっているので出ない。
電動歯ブラシで歯を磨き、10時過ぎにベッドに入る。

 

オレゴン州アストリア。地元出身のフラン(Daisy Ridley)は借家から港にある職場へ坂道を下って徒歩通勤している。フランは担当する備品管理の仕事を気に入っていた。だがフランは同僚の誰ともほとんど会話を交わさない。家と職場とを往復するだけの毎日を過ごしていた。職場で行われる送別会。キャロル(Marcia DeBonis)が定年退職し、夫とともにクルーズ船で旅に出るという。思い浮かぶのは、自席から眺めきたキャロルの後ろ姿だけだった。フランはカードに定年退職おめでとうとしか記せなかった。職場で行われた送別会。盛り上がる同僚を尻目にフランは切り分けられたケーキを携えこっそり帰宅する。後日、イゾベル(Megan Stalter)が会議室に皆を呼んでキャロルの後任のロバート(Dave Merheje)を紹介した。シアトルから来たロバートはすぐに同僚たちと打ち解けた。フランが会話を不得手と悟ったロバートはテキストメッセージを送ってきた。

(以下では、全篇について言及する。)

冒頭、フランが自宅と職場とを往復するだけの孤独な日々を送っている姿を映し出す。対照的に、職場の面々は、ほとんどどうでもいいような話題で会話をはずませている姿が描かれる。フランの姿を捉えるショットでは、敢て顔を映し出さないことで、幽霊的存在が示されもする。
海鳥の泣き声や作業音、同僚や近所の人の会話など、様々な音がフランには届いてくる。会話していれば集中して入ってこないはずの音がフランには等価に伝わるのだ。
印象的に挿入されるのが、フランの空想である。森の中で、浜辺で、ときにはクレーンに吊られることで、フランは自らの死(死体)をイメージする。それは孤独死である。
フランを変えるのが職場に加わったロバートだ。彼はフランが社交下手だと知ると、テキストメッセージを介してやり取りし、距離を詰める。大の映画好きであるロバートはフランを映画に誘う。フランはロバートの誘いに(ワンテンポずれるが)飛び付く。だがロバートに映画の観想を聞かれたフランは、気に入らなかったと断言する。しかも全てである。フランはロバートになぜ映画が好きか尋ねる。好きに理由はないとしつつ、ロバートが挙げたのは、見て何かを探して理解しようとすることだ。良い作品なら必ず何か見つかるはずだという(悪い作品ならポップコーンを投げてやる、とも)。ここにフランとロバートの性格が明確に表現されている。フランは映画=人生を否定的・悲観的に捉え、ロバートは映画を肯定的・楽観的に捉えようとしているのである。フランは自らをつまらない存在だと思い込んでいる。その眼差しは外部へも向けられているのである。
コインランドリーで回転する洗濯槽は、自動車を運転していてハンドルを取られ回転するイメージへと繋がる。ロバートの存在は、フランを転車台に乗せたのに等しい。フランの思考が方向性が変化するきっかけとなる。
2人はアメリアの家のパーティーに参加して、かくれんぼと演劇を組み合わせたようなゲームに参加する。そのときフランは上手くやってのけた。フランにとっては一種のドラマセラピーとして機能したのだ。フランの堅固な殻を破る、良い意味での蟻の一穴となる。だからたとえ一度失敗しても、心は折れない。諦めはしない。それを象徴するのが、傷心のフランが偶然出遭ったキャロルに勧められて職場に差し入れたドーナツである。心に穴が開いたフランが皆の幸せを配慮できるようになっていた。結果として、フラン自らもまた幸せに近付くのである。