展覧会『角鹿万梨子「o.T.」』を鑑賞しての備忘録
gallery N 神田社宅にて、2024年10月5日~19日。
一見すると幾何学的なモティーフを限られた色で描くミニマリズム的な絵画でありながら、イメージの重ね合わせと描法の使い分けにより複雑なメージを生み出している、角鹿万梨子の絵画展。「o.T.」とは、ドイツ語で「無題(ohne Titel)」の頭文字。
《o.T.》(300mm×240mm)はベージュの絵具を縦横に格子状に塗り重ねた作品。単色と格子と言うと――画題も相俟って――ミニマリズムの絵画の静謐さをイメージするかもしれないが、厚塗りの筆跡の作る陰影はむしろ荒々しい。縦横のタッチは経糸と緯糸として、テキスタイルを連想させもする。
《o.T.》(400mm×500mm)は、画面の四辺の中央を円弧状に、また、画面の中央に楕円の四隅の欠いた形で残し、全面を淡い墨で塗り潰したようなモノクロームの作品。エッフェル塔を下から見上げたようなイメージと言ったら良いだろうか。薄塗りだが、筆を走らせた跡ははっきり表されている。
出展中最大の作品《Raum im Raum im Raum》は1700mm×1200mmの画面を横に2枚並べた作品。2つのイメージは中央で線対称になっている。2つの白い台形が作る六角形が中央に配され、その脇には、上下に黄の線を配した黒い襖のような面が配される。「襖」は墨のような黒で床・壁面・天井らしきものに描き分けられ、別の部屋が拡がっているように見える。「襖」の存在する面はベージュの壁のようで、その先(作品の両端)には闇が拡がる。「襖」の上下の黄の線は画面の四隅に延びており、作品の上部と下部とに2つのXとして現われる。端的に言って、白と黒とのパーティション及びベージュの床・壁・天井とが配された空間に2つの黄のXが延びたイメージである。白いパーティションの空間(Raum)、黒い襖の空間(Raum)、そしてベージュの壁面・床・天井の空間(Raum)が入れ籠になっているのが画題の由来だろう。光と闇とによる空間の拡がりを、対称性によって合わせ鏡的に表現することで、平面に深淵のイリュージョンを生み出す。その一方で、ベタ塗りの白色や水墨画のような黒、あるいは黄色い線や床や天井の影などに、描かれた世界(フィクション)であることを訴えもする。
《間の形》(300mm×240mm)は、画面上端の中央に頂点を持つ鋭角二等辺三角形が現われるように、その周囲を黒の厚い絵具で塗りたくった作品。モノクロームの抽象画であるが、荒々しい黒が草地を、二等辺三角形が遠近感を強調された道として、東山魁夷の《道》を想起させずにはいない。
《Form an Form》(535mm×240mm)には、《間の形》とは反対に、無地の画面の上に鋭角二等辺三角形を黒い絵具で描いてある。その画面は、無地の画面の上に一部重なるように設置されている。《間の形》が平面の中に空間を現出させているのと対照的に、画面に画面を重ねることで絵画を立体作品へと転換し、絵画の平面性を際立たせるのである。
《Form Form》(400mm×500mm)は、右から左、左から右へと4回ほど屈曲する幅の広い擦れた黒い線の上にベージュの厚い線を塗り重ねることで鋭角の二等辺三角形を浮かび上がらせている。蛇行する線は蛇のようである。それは、垂らされたベージュの線を変形した紙垂と見れば、注連縄になる。そして、隣に並べられた《間の形》が道の象徴なら、蛇行する線は、本殿へと向かう参道であろう。それはまた、槇文彦が「奥の思想」で述べるところの、奥性による空間の深化の表現ではなかろうか。エレベーターホールに飾られた同題同サイズ《Form Form》(400mm×500mm)において、蛇行する線をベージュの線で矩形に塗り潰し、山のような形が描かれているのも、同旨であろう。
《空間の底》(800mm×1000mm)は黒を中心に所々にクリーム、オレンジ、緑が配される、表現主義的なイメージである。捉えどころがないイメージであるが、「空間の底」という画題から、庭を空間(立体)を絵画(平面)という1つの底(てい)に投影した図と見ることはできまいか。《Form Form》の奥性の観点からは、回遊式庭園を散策した際の視覚像を折り畳んだ作品と解することもできるかもしれない。