展覧会『没後30年 木下佳通代』を鑑賞しての備忘録
埼玉県立近代美術館にて、2024年10月12日~2025年1月13日。
視覚と認識あるいは存在と事物の関係性を探究した木下佳通代(1939-1994)の回顧展。第1章「1960-1971」では、「境界の思考シリーズ」や「滲触」シリーズなど油彩画を、第2章「1972-1981」では、複数の写真を並置し着彩した組作品や撮影されて歪んだ幾何学図形の上からフェルトペンで歪みの無い幾何学図形を描き加えた作品などを、第3章「1982-1994」では存在そのものを生み出そうと画布に塗布した絵具を拭き取った作品を、それぞれ展観する。
【第1章:1960-1971】
生家は建具店。長じて京都市立美術大学西洋画科で黒田重太郎や須田國太郎に師事する一方、辻晉堂や堀内正和の彫刻に親しんだ。哲学(久松真一)や教育学も熱心に学ぶ。身近な人物や植物を描く中、生命体が自在に存在することに関心を抱く[006]。1960~1966年までに6回のグループ展に参加し、1963年には京都アンデパンダン展に初出展した。個展は1966年に神戸ウィンナ画廊で開催。1962年に大学を卒業して中学校で美術を教え、1963年に河口龍夫と結婚。河口や奥田善巳が結成したグループ〈位〉にも関わり、同グループの存在に関する問題意識を共有した。1970年に奥田と再婚。単色で塗り潰した画面に同じ色と白色・灰色の面を持つ幾何学立体を描く「境界の思考」シリーズ[08-09、13]、格子に青緑や青を模糊として塗る「滲触」シリーズ[14-15]など認識や知覚の問題を扱う油彩画を制作した。
【第2章:1972-1981】
1972年からは写真を用いて「存在」、「知覚」、「認識」の問題に取り組む。複数の写真を並列することで共通点や差異を際立たせ、視線の動きやものを認識する過程、イメージと時間の連関を意識させ、存在と視覚の関係を提示した。水の入ったビーカーと水の入ったビーカーに挿し込まれた温度計(光の屈折により温度計が断裂して見えることもポイント)[21]、壁とチョークで印を描き込んだ壁[18]、同じ街頭の群像の写真を複数用意し、1人1人(あるいは物1つずつ)に輪郭と彩色を描き加えていって最終的には全面を塗り潰した作品[24など]、室内に1つずつ物を置いていき、再び1つずつ撤去して、設置と撤去の前後の空間の差異を認識させる作品[22]などである。1976年からは紙に描いた円などの幾何学図形を撮影したモノクロームの写真にカラーのフェルトペンで幾何学図形を描き加えた作品を展開する。例えば正円は斜めから撮影されると写真には楕円として現われる。だがコンパスとともに描かれている図形を、鑑賞者は正円として捉えてしまう。自動的に「補正」してしまう認識自体をフェルトペンで描き込んだ正円によって露わにするのである[42、44など]。図形を描いた紙を折り曲げたりくしゃくしゃにしたりして図形が異なった相貌を呈する作品[52、59など]や、線ではなく色面を描き込んだ作品[63]などへと展開する。コンパスの円が欠けている(一周せず円になっていない)こと、描き込むイメージが感覚を開けた線の連続になっていることも重要である。「完成」を「補正」し、あるいは空白部分に存在を(無を有と)認識していることに気付かされるからである。1981年にはドイツのハイデルベルク・クンストフェラインで個展を開催するに至った。もっとも禁欲的でシステマティックな作品の制作には抑圧を感じるようになっていた。
【第3章:1982-1994】
1980~1981年にかけてパステルを用いた表現を試みる。さらにより身体的な手法を求めて線と色との関係を油彩画で探究するようになった。「存在」を巡る概念や理念を作品に盛り込むのではなく、「存在そのもの」を画面上に出現させることを期し、1982年にはキャンヴァスに藍色の絵具を塗り込み布で拭き取る《'82-CA1》[90]を生み出した。「塗ること」と「拭くこと」、地としてのキャンヴァスと色面としての絵具とを等価に扱うことで、存在の本質に近付くことができると考えたのだという。設置と撤去の前後の空間の差異を認識させる作品[22]で行われていた、あるいは断続する線ないし図形の不在部分に存在を見出してきた作家に、画布の上で不在を存在せしめたという手応えがあったのではなかろうか(晩年の作品にも断続した「円」が画面に現われる[127])。1983~1985年には線の塗り重ねで塗面を生み出す表現を展開し[94-95など]、1987~1989年には「塗り」は後退し、ストロークそのものを見せるアプローチを取るに至った[112など]。1990年に乳癌を告知されると手術を拒んで治療法を求めて方方を巡るが、1994年に55歳で逝去した。
抽象絵画の先駆者ヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint)、レディメイドの実作者エルザ・フォン・フライターク=ローリングホーフェン(Elsa von Freytag-Loringhoven)など、歴史に埋もれた女性芸術家の掘り起こしが進む中、昨年(2023)は東京でも小規模ながら「女性と抽象」展(東京国立近代美術館で)が開催された。同年には毛利眞美の評伝が出版されるとともに出版記念の展覧会(南天子画廊)も催され、アーティゾン美術館が作品を収蔵、今年(2024)に入ってお披露目された。今年(2024)生誕100年を迎えた芥川(間所)紗織の作品がNUKAGA GALLERYを始め随所で展示されている。大阪・埼玉の公立美術館2館で行われる木下佳通代の回顧展もこの潮流に位置付けられよう。