映画『悪魔と夜ふかし』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のオーストラリア映画。
93分。
監督・脚本・編集は、コリン・ケアンズ(Colin Cairnes)とキャメロン・ケアンズ(Cameron Cairnes)。
撮影は、マシュー・テンプル(Matthew Temple)。
美術は、オテロ・ストルフォ(Otello Stolfo)。
衣装は、ステフ・フック(Steph Hooke)。
音楽は、グレン・リチャーズ(Glenn Richards)。
原題は、"Late Night with the Devil"。
スタジオのステージに置かれたテレビが、戦争や暴動など1970年代のニュース映像を次々と映し出す。
テレビは混乱を記録するとともに、恐怖をリヴィングルームにもたらす。しかし同時に慰めも提供する。1971年4月4日、UBCの「ナイトオウルズ」の初回が放送される。UBCの期待を背負うのは、シカゴのラジオアナウンサーだ。
スタジオのセットの扉が開き、ジャック・デルロイ(David Dastmalchian)が生バンドの演奏に合わせて軽快に登場する。夜更かしの皆さん、こんばんわ。司会のジャック・デルロイです。初回をご視聴頂き有り難うございます。この夢に協力してくれた皆さん、とりわけイリノイ州のバーウィンに住む両親に感謝します。テレビの前で満面の笑みを浮かべて見てるのはジョニー・カーソンでしょうけど。
インタヴュー、音楽、コントと盛りだくさんの深夜番組「ナイトオウルズ」は視聴者の心を摑む。週5日、ジャックは不安を抱える国民が悩みを忘れるのに貢献する。1972年11月、ジャックはUBCと5年契約を結ぶ。エミー賞の候補となり、更なる視聴者を獲得したジャックは深夜番組の帝王の座を狙う。ジャックを支えるのは妻で舞台女優のマデリン・パイパー(Georgina Haig)。2人はおしどり夫婦として知られている。マデリンはジャックのミューズであり親友だが、ジャックを支えるのは彼女だけではない。カリフォルニアのセコイアの森にある紳士クラブ「ザ・グローブ」との関係がジャックがラジオアナウンサーの時代から取り沙汰されてきた。「ザ・グローブ」は1800年代創立、政治家、芸能人、実業家など富裕層や権力者のサマーキャンプと称しているが、不可解な儀式などで様々な憶測を呼んでいる。4シーズンを終えて視聴率は依然ジョニー・カーソンに及ばない。賞レースにノミネートされても受賞は逃す。いつも後塵を拝してばかりという表現が痛手となり始める。王者しか歴史に残らないことをジャックも百も承知だ。1976年9月、ジャックの世界がひっくり返る。非喫煙者のマデリンが末期の肺癌と診断されたのだ。10月、マデリンは「ナイトオウルズ」に特別出演する。
車椅子のマデリンがジャックの手を握りながら思い出話をする。ジャックと初めて会ったのは「オー、カルカッタ!」に出演している時、舞台裏で出演陣の見事なカラダに顔を赤くしたのよ。その話は必要ないんじゃない? ほら、顔が赤い。恋に落ちないわけにはいかないじゃない? 凄い女性でしょ、皆さん?
この回は最高視聴率を記録したものの、それでもカーソンには1ポイント及ばない。2週間後、マデリンは亡くなった。悲嘆に暮れるジャックはメディアを避けた。彼はニューヨークから姿を消した。わずか1ヶ月後、UBCは突然ジャックの復帰を発表した。しかし、ジャックとカーシンの差は開くばかり。ジャックとプロデューサーのレオ・フィスクは(Josh Quong Tart)は数字を取るために話題作りに走る。視聴率は急降下、スポンサーは苛立ち、ジャックの契約は終了が迫る。崖っぷちで迎えた1977年ハロウィーンの視聴率調査週間。絶望したジャックは自分の運命を好転させるべく秘策を練る。これからご覧頂くのは、最近発見されたその晩放送のマスターテープと、未公開だった舞台裏の映像だ。国民を震撼させた生放送、「悪魔と夜更かし」。
1971年4月4日放送開始のUBC系列の深夜の帯番組「ナイトオウルズ」。司会に抜擢されたのはシカゴのラジオ局のアナウンサー、ジャック・デルロイ(David Dastmalchian)。インタヴュー、音楽、コントを詰め合わせたヴァラエティ・ショーは、デルロイのガス・マコーネル(Rhys Auteri)を相手とした軽妙な掛け合いで進行し、視聴者を摑む。1972年11月にはジャックはUBCと5年契約を結び、エミー賞の候補にもなった。だが深夜番組の帝王ジョニー・カーソンの「トゥナイト・ショー」の背中は遠い。1976年10月、ジャックを支えた妻で舞台女優のマデリン・パイパー(Georgina Haig)が末期癌のために余命幾ばくもない状況でに出演すると、過去最高視聴率を叩き出した。だが「トゥナイト・ショー」には1ポイント及ばなかった。悲嘆に暮れるジャックは行方を晦ます。1ヶ月で復帰したジャックだったが、なりふり構わぬ話題作りに却って視聴者は離れてしまう。ジャックの契約終了が迫る中迎えた1977年ハロウィーンの視聴率調査週間。ジャックは「悪魔と夜更かし」特集で勝負することに。霊能者のクリストゥ(Fayssal Bazzi )、奇術師のカーマイコゥ・ヘイグ(Ian Bliss)、超心理学者で『悪魔との対話』の著者ジューン・ロスミッチェル(Laura Gordon)とジューンの研究対象者である集団自殺した悪魔協会の生存者リリー・ダボ(Ingrid Torelli)をスタジオに招く。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
少女に取り憑いた悪魔を出演させたテレビの深夜番組のマスターテープが最近発見され、その映像を流すという、ファウンドフッテージ形式の作品。
ジャック・デルロイとガス・マコーネルの愉快な掛け合いを挿みつつテンポ良く進行する番組は魅力的で、つい見入ってしまう(生演奏が羨ましい)。マスターテープと舞台裏映像との組み合わせという触れ込みで、放送中のハプニングに対し(放映時に視聴者が見ることができなかった)スタジオの出演者とスタッフの動向が、ハプニングのリアリティを高める効果を発揮している。クリストゥやジューンやリリーを腐すカーマイコゥや、やたらカメラを見詰める不敵な悪魔憑きの少女リリーも良い。
魅力的なヴァラエティ・ショーも週5日の放送ではどうしてもマンネリに陥る。スポンサーからの重圧を受け、番組は数字を取ろうと過激な演出に走り、却って視聴者を遠ざけてしまう。
ジャックを支えていたのは妻マデリンと紳士クラブ「ザ・グローブ」と紹介される。ミューズであった妻を病気で失ったことがジャックに極めて大きな痛手であった。のみならず、マデリンの女性目線と「ザ・グローブ」の男性目線との均衡が崩れてしまったことも、ジャックを不安定な立場に追いやったと言えよう。
ジャックが参加する「ザ・グローブ」には不可解な儀式を行っているとされており、ジャックと悪魔との繋がりが想像される。
視聴率のために悪魔に魂を打ってしまったジャックは、出演者を数字獲得のために消費していく。その結果、自らもまた消費され、破滅することになる。状況に応じてコロコロと姿を変え、「船」が沈みそうになると真っ先に逃げ出すプロデューサーは、ネズミなどに姿を変えることのできる悪魔に擬えられよう。一番恐ろしいのは、悪魔ではなく人間なのである。