映画『ノーヴィス』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
97分。
監督・脚本は、ローレン・ハダウェイ(Lauren Hadaway)。
撮影は、トッド・マーティン(Todd Martin)。
美術は、エバ・コズローバ(Eva Kozlova)。
衣装は、ケイト・アダムス(Kate Adams)とアリサ・クロスト(Alisa Krost)。
編集は、ネイサン・ヌーゲント(Nathan Nugent)とローレン・ハダウェイ(Lauren Hadaway)。
音楽は、アレックス・ウェストン(Alex Weston)。
原題は、"The Novice"。
9月。ウェリントン大学の階段教室の1つで物理学専攻の1年生が物理の試験を受けている。いち早く解答を終えたアレックス・ドール(Isabelle Fuhrman)は再び問題を解き始める。終了よ。試験監督を務めた助手のダニ(Dilone)が告げる。気が付けばアレックス以外に1人の学生の姿も無かった。最初に解き終わったのに何で解き直すわけ? アレックスは慌てて答案を提出して教室を出る。
アレックスが川沿いに立つ建物の階段を駆け下りる。地下にある女子漕艇部の部室では、新入生対象の説明会が既に行われていた。慌てなくていい、坐って。ピート(Jonathan Cherry)がアレックスに声をかける。君たちは漕艇を始めてみたいとここに来たんだよね? どうして漕艇をやってみようと思ったのか聞かせてくれる? ジェイミー・ブリル(Amy Forsyth)が促され答える。コーチに勧められて、二年次に奨学金が貰えるって。確かに代表チームは狭き門だけど、君たちが昇格できるといいね。そのためにも漕ぎ方を身に付けて楽しんで欲しい。君は? 友達を作りたいから。アレックスは周囲に目を奪われて上の空。気が付けばピートに志望理由を尋ねられていた。答えようとしたところへ代表チーム「レイヴンズ」の2人がやって来た。主将のハイスミス(Chantelle Bishop)と一番の漕ぎ手ジャンセン(Sage Irvine)だ。ジムでローイングマシンを使ってる人を見たことがあるんじゃないか? そういった連中の漕ぎ方はこうだ。ピートがジャンセンに間違った動きをしてもらう。これじゃ椎間板ヘルニアへ一直線だ。ジャンセン、どうやって漕ぐのか見せて遣ってくれ。違いが分かるかい? 脚を使ってるだろ。漕ぐのは腕だと思ってる人が多いが間違いだ。脚と背中ですね? 御名答。60~70%は下半身なんだ。彼女のリズムに注目してくれ。脚・体・腕、腕、体、脚、脚・体・腕、腕・体・脚…。
実際にローイングマシーンを使った練習が始まる。脚・体・腕、腕、体、脚、脚・体・腕、腕・体・脚…。いいかい、初心者を抜け出すには1万時間必要だぞ!
朝、アレックスがはウィノナ(Jeni Ross)とともにキャンパスに向かう。ここにいる人たちって全員高校ではトップだったんだよね。皆同じってことなのよ。お母さんが私たちが同室になったことを喜んでくれてるでしょ。6年生の頃からずっと夢だったからね…。漕艇で頭がいっぱいのアレックスは隣で話すウィノナの話がまるで頭に入ってこない。
艇庫。ピートがボートの種類を新入部員に説明する。こちらのが8人乗り、向こうのが4人乗り。1人乗りもあるけどそれはまた追々。ボートには面白い言葉が沢山ある。コックスとかクラブとか。クラブってカニのことですか? 櫂を摑み損なって艇のコントロールを失うことだ。水に投げ出されてしまう危険がある、笑い事じゃないぞ。エリン(Charlotte Ubben)が新人チームのコックス(舵手)を務める。君たちは後ろ向きに漕ぐから彼女が眼の代わりになる。艇を操縦し、戦略を練る。チアリーダーなんかじゃないぞ。
エリンの号令で皆が艇を抱えて川に運ぶ。足元に気を付けて。あのう、雨ですけど。水上競技だからどうせ濡れるでしょ。持ち上げて。いい? じゃあ水に下ろして。慎重に。穴を開けたら5万ドルだよ。5万ドル? まあ、連中にとっちゃ小遣いみたいなもんか。ジェイミーが愚痴る。
新人たちがぎこちなく艇に乗り込む。脚・体・腕、腕、体、脚…。ピートの掛け声で櫂を動かそうとするが、思うように扱えない。アレックスはTシャツの裾を櫂に挿んでしまう。だぶだぶの服は着てくるなよ!
9月。ウェリントン大学に入学したアレックス・ドール(Isabelle Fuhrman)は一番不得意な物理学を専攻する。高校時代、成績トップの男子生徒を打ち負かすため身に付けた、可及的に速やかに問題を解いた上で頭から解き直しをする手法を物理学のテストに応用し、いつも1人だけ教室に残り試験監督を務める助手のダニ(Dilone)を辟易させた。アレックスは女子漕艇部に入部する。エドワーズ(Kate Drummond)が監督を務める代表チーム「レイヴンズ」には主将のハイスミス(Chantelle Bishop)やジャンセン(Sage Irvine)らが所属する。ピート(Jonathan Cherry)が監督する新人で編成される2軍はエリン(Charlotte Ubben)が舵手を務める。高校時代にバスケットボールとバレーボールで代表チームに所属していたジェイミー・ブリル(Amy Forsyth)は「レイヴンズ」に選抜され奨学金を得ようと必死だ。高校で首席の座を転入生に掻っ攫われたアレックスは二番手にはなりたくないとジェイミーに闘争心を抱く。アレックスは四六時中漕艇のことばかり考え、なりふり構わず時間と体力の限界まで練習に励む。アレックスはルームメイトのウィノナ(Jeni Ross)と参加したパーティーで釣った男と寝たものの退屈だったため、同性のダニにアプローチする。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
女子漕艇部に入部したアレックスは、体格も運動神経も勝るジェイミーを打ち負かして新入部員の一番に、そして代表チーム「レイヴンズ」のメンバーに選抜されようと、限界まで努力を重ねる。傷みを怪我をものともせず、フォームを研究し、目標から逆算した運動を自らに課し、艇の推進力を得ようと体重を減らすための手段を選ばない。過度な練習により学業まで疎かになると監督のピートが練習の休止を求めるも、アレックスは耳を貸さない。むしろ妨害行為と受け止め、却って練習に打ち込む活力に変えてしまう。アレックスにとって漕艇は団体競技ではあり得ず、常に個人競技である。
アレックスがパーティーで釣った男は噛ませ犬だろう。shaftを握るアレックスに男は不要だ。
闇の中に浮ぶ1人乗りの艇を上空から捉えた映像で始まる。カメラが回転することで艇が回転するように見える。独楽である。アレックスの周囲から人の姿は消え、気が付けば1人になっている。自傷行為的な過度の練習によってもたらされる怪我、そしてその痛みは自己の存在を認識する手段に他ならない。首位に立つことは、他者から離れることであり、やはり孤独ではあるが、それでも他人によって認識されることが可能となる。
漕艇に打ち込むレヴェルが加速度的に高まるアレックスの姿が緊張感を持続させ、鑑賞者を作品に引き込む。
擂鉢状の階段教室から類比の関係に立つ漕艇部の部室へ向かう螺旋階段へ。アレックスが階段を降りていく様は冥府下りのようである。部室も艇庫も暗く、雨天や早朝のために川も暗い。「レイヴンズ」=鴉の黒への連想が暗いイメージを増幅させる。
落涙、発汗、吐瀉、失禁。アレックスは漕艇によりデトックス効果を得て、冥府から帰還するだろう。