映画『Back to Black エイミーのすべて』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のイギリス・フランス・アメリカ合作映画。
123分。
監督は、サム・テイラー=ジョンソン(Sam Taylor-Johnson)。
脚本は、マット・グリーンハルシュ(Matt Greenhalgh)。
撮影は、ポリー・モーガン(Polly Morgan)。
美術は、サラ・グリーンウッド(Sarah Greenwood)。
衣装は、PC・ウィリアムズ(PC Williams)。
編集は、マーティン・ウォルシュ(Martin Walsh)とローレンス・ジョンソン(Laurence Johnson)。
音楽は、ニック・ケイブ(Nick Cave)とウォーレン・エリス(Warren Ellis)。
原題は、"Back to Black"。
エイミー・ワインハウス(Marisa Abela)がアスファルトを駆け抜ける。
私の歌を聞いた人が5分でも悩みを忘れてくれたらいい。ウェストエンドでもブロードウェイでもチケットが完売した歌手だって覚えていて欲しい。ありのままでいるだけで。
ミッチ・ワインハウス(Eddie Marsan)の家のダイニングキッチン。テーブルに坐るエイミーが筒に入った合格証を取り出して、キッチンで調理する祖母シンシア・レヴィ(Lesley Manville)に言う。演劇学校に入学できて当然よね、ありのままるでいるだけで。こんなものよくまだ持ってたわね。13だったっけ。シルヴィアがあなたの声がジュディ・ガーランドに似てるって。退学になる前、後? エイミーが煙草を吸おうとするのをシンシアが止める。勉強なんて全然しなかったわね。エイミーは箱に収められたシンシアの若い頃の写真を手にする。この写真いいよね。50年代のピンナップガールみたい。オードリー・ヘップバーンとか。そう? ファッション・リーダー、憧れだよ。私がファッション・リーダーなの? そうだよ。シンシアがエイミーにブラウニーを切り分ける。ロニー・スコッツで歌ってるとこだね。エラ・フィッツジェラルドとかマット・マンローとかトニー・ベネットとか。アンソニー・ベネットは神々しかったわ、声も下半身も。2人で笑う。あなたもいつかチケットを完売させる歌手になるわ。思い出の箱を借りてもいい? 大事にしてくれるならね。シンシアがリヴィングにブラウニーを持っていく。
リヴィングではピアノの伴奏に合わせてヘブライ語の伝統的な歌を集まった人たちで歌っていた。エイミーが祖母の飼っている黄色い小鳥に声をかける。君の方が歌が上手だよ。歌が途切れたところでエイミーが「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」を歌い出す。フランク・シナトラを愛するミッチも歌い出す。
ミッチの運転するタクシーでエイミーは自宅へ送ってもらう。ラジオから流れるセロニアス・モンクの「ストレート、ノー・チェイサー」。この素晴らしさが分からない人って何? 天才でしょ。ジャズを好きにならない人って狂ってるよ。狂ってないジャズファンに会ったことがあるか? ない。じゃあジャズファンが狂ってるのかもな。確かに。兄さん、大学はどうだ? 自分で聞いてよ。煙草吸って寝てカップ麵食べてるんじゃない? ドラッグが心配なんだ。ママのこと心配してよ。具合悪いから。
タクシーが停まり、エイミーが降りる。面倒なことになるだろ? 何も言ってない。顔見りゃ分かる。母さんによろしく、兄さんには電話するよう伝えてくれ。エイミーがミッチに抱きつく。5分だけでもママに会ってよ。寂しい。日曜日にハンガーレーンのパブでギグがあるんだけど、来てくれる? 先約があってね。次は行くから。どうでもいい。おい、これを忘れるぞ! ミッチが後部座席からシンシアの箱を取り出す。元気でな。パパも。ミッチのタクシーが出て行く。
ただいま! 2階よ。母親のジャニス(Juliet Cowan)が応じる。ジャニスは机に向かっていた。ジャックって子が電話してきた。誰? カレンの彼氏。クリス(Ryan O'Doherty)からも電話があったわ。あなたの彼氏でしょ? そ、じゃあね。
自分の部屋に戻ったエイミーが祖母の箱を開けて写真を眺める。ふと歌詞を思いつく。
2001年ロンドン。エイミー・ワインハウス(Marisa Abela)は、歌手としてロニー・スコッツのステージに立っていた祖母シンシア・レヴィ(Lesley Manville)の影響を受け、シンガーソングライターとして活動していた。自らの実体験に即した楽曲制作のため、交際相手のクリス(Ryan O'Doherty)など自分が扱き下ろされたと離れて行きもした。友人タイラー(Spike Fearn)を介してデモテープを聴いたアイランド・レコードのニック・シマンスキー(Sam Buchanan)がエイミーに関心を示し、契約に至る。シンシアはエイミーがロニー・スコッツのステージに立ったことに感激し、タクシー運転手の父親ミッチ(Eddie Marsan)は娘のデビューアルバムの広告を客に自慢する。アイランド・レコードの売り出し方に反感を覚えたエイミーは楽曲作りのために休暇を取ると宣言。エイミーはカムデンタウンのパブでブレイク・フィールダー=シヴィル(Jack O'Connell)と出逢う。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
シンガーソングライターのエイミー・ワインハウスの生涯を描く。タイトルはエイミーの2枚目のアルバム「バック・トゥ・ブラック(Back to Black)」(タイトル曲がシングルカットされている)から。エイミーの楽曲は自身の体験に根差していることが描かれ。「バック・トゥ・ブラック」は交際相手のブレイクとの関係に基づく。本作の柱はブレイクとの関係である。
もう1つの柱に父ミッチ方の祖母シンシアとの関係がある。シンシアもまたシンガーであった。冒頭、エイミーがシンシアを自分にとって"style icon"であると言い、写真など祖母の思い出の品の詰まった箱を受け取る。父の家で飼われる黄色い小鳥もまた祖母、歌の象徴である。さらにはニューヨークへ発つエイミーにシンシアはジャズクラブ"Birdland"(birdはジャズミュージシャンCharles Parker Jr.の愛称)を必ず訪れるよう促す。
エイミーは愛するブレイクとシンシアのタトゥーを入れる。エイミーの一途さを象徴しょう。自分のシンガーとしてのスタイルも貫こうとして、アイランド・レコードにおいて男だらけの販売戦略会議で啖呵を切るエイミーの姿も印象的だ。その一途さは正直外れと映る。世間の風当たりの強さをエイミーは酒と煙草で耐えようとする。
ジャズが分からない人が狂っているのではなくてジャズを愛する者が狂っているのかもしれないというエイミーとミッチとのやり取りが描かれるが、もしも世界が狂っているなら、狂っている人間こそまともだということになる。
「バック・トゥ・ブラック」の歌詞には"I died a hundred times"というフレーズがある。メタファーではあるものの死が直截言葉にされる。blackは暗闇であるとともに死であり、過去である。祖母のスタイルや往年のジャズやポップスへの愛着もまた示される。
死には、天に昇るイメージもある。冒頭で歌われるフランク・シナトラ(Frank Sinatra)の「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(Fly Me to the Moon)」、あるいは作中で言及されることはないが「バードランドの子守唄(Lullaby of Birdland)」の"Flying high in birdland, high in the sky up above"は、鳥とともに飛翔のイメージを喚起する。
エイミーは子供を得たがっていたことが描かれる。ブレイクと動物園に行って以前に見たライオンのように6人の子供が欲しいと言う。リカーショップでサインを少女にサインを求められたエイミーは養子にしたいくらいと言う(エイミーには養子縁組をする噂があったことを踏まえている)。そんなエイミーにとって、ブレイクが別の女性と交際して子を儲けたとの知らせは決定的なダメージとなった。エイミーは自分とシンシアとのような関係を子や孫と築きたかったのであろう。