可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ふたりで終わらせる IT ENDS WITH US』

映画『ふたりで終わらせる IT ENDS WITH US』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
130分。
監督は、ジャスティン・バルドーニ(Justin Baldoni)。
原作は、コリーン・フーバー(Colleen Hoover)の小説『イット・エンズ・ウィズ・アス ふたりで終わらせる(It Ends with Us)』。
脚本は、クリスティ・ホール(Christy Hall)。
撮影は、バリー・ピーターソン(Barry Peterson)。
美術は、ラッセル・バーンズ(Russell Barnes)。
衣装は、エリック・ダマン(Eric Daman)。
編集は、オーナ・フラハティ(Oona Flaherty)とロブ・サリバン(Robb Sullivan)。
音楽は、ロブ・シモンセン(Rob Simonsen)とダンカン・ブリッケンスタッフ(Duncan Blickenstaff)。
原題は、"It Ends with Us"。

 

2021年秋。リリー・ブルーム(Blake Lively)がメイン州プレソラにある実家に車を走らせる。家の前に車を停めると、喪服姿の母ジェニー・ブルーム(Amy Morton)が玄関から出てきた。車を降りたリリーが母親のもとに向かい抱き合う。あなたが臨終に立ち会えなくて残念だわ。どうしたらいいわ分からないの。2人は家の中へ。花を用意しないと。父さんの葬儀のために花を用意することになるなんて…。何故あなたは引っ越しなんてしたの? 私があなたの仕事をしてたら何としてもしがみついてたもの。そんなに評価してくれてたのね。荷物を置いてくる。リリーは階段を昇る。ユリ。何ですって? 葬式のお花。ああ、ユリ…。あなたが帰って来てくれて嬉しいわ。私も。
リリーは自室に入り、幼い時の母との写真が目に入る。窓から向かいの家を眺め、オルゴールの箱を開け、歪なハートの木彫を手にした。彼は本当にあなたのこと愛してたわ。部屋にやって来た母がリリーに言う。誰? お父さんよ。分かってるわ。弔辞の用意は? 感動的な文章なんて書いたことないもの。お父さんの好きなところを5つ挙げればいいの。買い物リストじゃないでしょ。たった5つよ。簡単でしょ?
公会堂。アンドリュー・ブルーム(Kevin McKidd)の告別式。演壇に立った保安官(Robert Clohessy)が挨拶する。ここに集ったのはアンドリュー・ブルームを追悼するためです。深く愛された町長であり、慕われているジェニー・ブルームの夫であり、優しいリリーにとっては父親でした。リリー、どうぞ壇上へ。リリーが演壇で挨拶する。お集まり頂きありがとうござます。父を讃えるために父の好きなところを5つ皆さんにお話します。リリーの手にする紙には1から5の数字がふられているだけ。リリーには1つも話すべき事が無かった。ごめんなさい。リリーは演壇から離れるとそのまま会場を後にする。
リリーの車がボストンに到着する頃にはすっかり夜になっていた。高級アパルトマンの屋上にリリーが忍び込み、塀に坐って林立する高層ビル群をぼんやりと眺めていた。突然背後で扉が開き、男(Justin Baldoni)が椅子を蹴り上げた。驚くリリー。だが興奮する彼はリリーに気付かず、気を落ち着かせようと煙草を吸い始めた。彼はようやくリリーの存在に気が付く。…丈夫な椅子なんだ。そうなの? 悪いね、散々な日でね。降りてくれないか? 大丈夫。そんな端に坐られたら落ち着かないよ。リリーは彼を相手にしない。仕上げが必要? 大丈夫。何なんだよ。彼もまた塀を跨いで腰掛ける。シロップ漬けのサクランボは7年胃に残るとか。癌になるだったかも。シロップ漬けのサクランボについては知らないな。出鱈目かもしれないけど、体には良くないわ。間違いない。で、何があったの? さっき当たり散らしてたでしょ。女? 男? ひょっとして椅子? そうだよ。で、何階に住んでる? 先に言ってよ。最上階。妹夫婦の隣。仕事は? 脳神経外科医。リリーが笑う。おかしいか? 冗談じゃなくて? ああ。リリーは1人で大笑いする。暗号資産で稼いでる人かと。それか身体を売ってるか。高く付くぞ、キスだけでもな。初めて会うよね? 脳神経外科に用がないから。実を言うと、ここに住んでないからだけど。勝手に入り込んだのか? 眺めがいいから。たしかに。名前は? リリー。あなたは? ライル。ライル・何? キンケイド。偽名でしょ。どうして偽名を言う必要が? 君は? いいでしょ。リリーは姓を告げずにをはぐらかして立ち去ろうとする。付き纏ったりしないから。恥ずかしいの。ブルーム。リリー・ブルーム? そう、実はもっと酷いの。リリー・ブルームより? 話したくない、本当に恥ずかしいから。私は花屋を開こうとしているの。花屋? 子供の頃からの夢だから。ライルが笑う。花屋のリリー・ブルームなんてね。嫌ならミドルネームを使えばいいだろ? まさかヴァイオレットとか? オブザヴァリーとか? ブロッサム。両親に嫌われてるのか? もう知ることは叶わないわ、父が月曜に亡くなったから。だから思いっきり泣いて、裕福な脳神経外科医に会うのよ。父が亡くなる前に会いに行けたのに、私はそうしなかったの。酷いな。ええ。赤裸々な真実って必ずしも素敵なものじゃないでしょ? …今晩、幼い少年が亡くなった。まだ6歳でね。兄が両親の部屋で銃を見つけて暴発させてしまったんだ。あらゆる手は尽したけどね。残された少年にどんな影響が残るか誰も分からない。一生背負っていくことになる。もう1つ教えてよ。赤裸々な真実を。頼むよ。…そうね、初めての相手がホームレスだったの。

 

2021年秋。リリー・ブルーム(Blake Lively)はマサチューセッツ州の州都ボストンからメイン州カンバーランド郡のプレソラにある実家に車を走らせる。町長だった父アンドリュー・ブルーム(Kevin McKidd)が亡くなったのだ。動揺する母ジェニー・ブルーム(Amy Morton)から、5つ好きなところを挙げれば良いと弔辞を頼まれた。告別式でリリーは父の好きなところを5つ挙げると言いながら押し黙り会場から出て行ってしまう。ボストンに戻ったリリーは高級マンションの屋上に忍び込む。最上階の住人ライル・キンケイド(Justin Baldoni)がリリーに気付かずに現われ、鬱憤を晴らすべく椅子を蹴り上げた。リリーに気付いたライルはリリーに興味を抱く。見初めた女性を落とせなかったことはないライルは名前こそ聞き出したもののリリーは容易には靡かない。リリーが敢て父の死に目に会いに行かなかったことを告白すると、脳神経外科医のライルは弟の誤射を受けた6歳の少年を救えなかったと怒りの原因を伝えた。ライルから他の秘密を打ち明けるよう求められたリリーは、高校時代(Isabela Ferrer)に初体験の相手がホームレスのアトラス(Alex Neustaedter)だったことを教える。それに対しライルはリリーが欲しいと率直に思いをぶつけるが、緊急の手術に呼び出される。また会おうというライルに応じずリリーは立ち去った。リリーは長年の夢である花屋を開くために古い店舗を手に入れた。1人改装作業に取り掛かったリリーは、近所に住むアリッサ(Jenny Slate)の訪問を受ける。花嫌いのアリッサだったがリリーの花に対する考えに共鳴して店を手伝うことに。開業の準備が進む中、アリッサの夫マーシャル(Hasan Minhaj)が妻を迎えに店に立ち寄った。マーシャルとともに姿を現わしたのはアリッサの兄、ライルだった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

高校時代、リリーは、母のジェニーが父アンドリューから虐待されながら何故別れないのが訝しんでいた。ある日、空き家になっていた隣家に若い男が忍び込むのを目撃した。彼は食料を手に入れるためごみ箱を漁った。彼が同じバスに乗り込んだので同じ学校の生徒だと知ったリリーは、食べ物を提供する。彼は母親の連れ込んだ男に虐待されて家出する他無かったのだと打ち明けた。他の生徒から臭いなどと馬鹿にされるため、リリーは自宅のシャワーを使わせ、父親の衣類を提供した。リリーは彼、アトラスと距離を縮めていく。リリーはアトラスと庭で植物を手入れしながら、大事なのは根(roots)だとアトラスに教える。そして、樫の木は誰の世話も受けずに勝手に育つとも。アトラスは卒業したら海兵隊に入り、その後ボストンで暮らしたいと言った。アトラスと一夜をともにした翌朝、アンドリューがリリーの部屋が怒鳴り込んできた。

(以下では、中盤以降の内容及び結末に関する事柄にも触れる。)

ライルは優しく容姿端麗で裕福な脳神経外科医と誰もが羨む存在である。だが、リリーが交際するうち、ライルの粗暴な一面が次第に明確な姿を現わしていく。彼の性格、脳神経外科医という職業は、子供の頃のある出来事に根差していた。
リリーは、ライルとの交際を続ける中で、何故ジェニーがアンドリューと別れなかったかに気が付く。時に暴力を振う以外では、アンドリューもまた非の打ち所がない人物だったのだろうと。そのままライルとの関係を継続して、ジェニーと同じ道を辿ることは果たして正しいのかとリリーは頭を悩ませる。
「ルート(Root)」というレストランでリリーはアトラス(Brandon Sklenar)に再会する。アトラスは植物は根(roots)が大事というリリーの言葉に因んで店名に冠していた。なおかつ、リリーが樫の木が誰の世話にもならず成長すると言っていたのを忘れず、樫の木のように生きてきたのだった。
冒頭、リリーが実家の部屋に戻った際、窓から隣家を眺め、オルゴールに収めた無骨なハート型の彫刻を目にする。そのとき母親に彼は本当にあなたのこと愛してたわと問われ、思わず「誰?」と尋ねるのは、父親ではなくアトラスの事があったからだろう。リリーもまたハート型のタトゥーにアトラスへの思いを託していた。
「ふたりで終わらせる」の「ふたり」とは、"us"(一人称複数)である。リリーを"I"としたときの複数である。すなわちリリーと娘サミー、リリーと母ジェニー、リリーとアトラスであり、あるいは、リリーとアリッサ(ライルの妹としてではなく、リリーの友人としてリリーの決断を後押しする)であり、リリーとライルである。終わらせるのは、暴力(の連鎖)だ。