展覧会『curator's vol.5 伊藤藍「SOUVENIR スーベニア展」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY TAGA 2にて、2024年11月14日~12月9日。
旅先で撮影した写真をもとにしたイメージを綴織に仕立てる伊藤藍の個展(キュレーション:町田つかさ)。
冒頭を飾るのは、窓越しの人物を描いた「MADO」シリーズからの2点。《MADO-03》(150mm×310mm)では、2枚の格子窓が左右に寄せられて、テーブルに向かう男女の姿が覗く。食事をしているのか読書をしているのか、向かい合って坐る赤い服の女性と青い服の男性はともに下を向いている。作品の縁でもある紫の窓枠と相似をなす室内の奥側の窓枠(ないし柱)に向けて視線が誘導されるのは、照明であろうか、男性の上に配されたオレンジの点の弧状の連なりのためである。《MADO-04》(各160mm×190mm)は、観葉植物の置かれた部屋で前後の座席に坐る人たちと、何かを手にして佇む人とを表した2点組の作品。《MADO-03》の紫の補色である黄色い縁に、銀(?)のサッシという共通のフォーマットにより、右向きに坐る人たちと、左向きに立つ人という対照性が浮かび上がる。織りによるイメージの微妙な歪みと羊毛の厚みとが物として実在する感覚を高める。掌に載せられるサイズと相俟って、記憶(souvenir)を喚起する土産物(souvenir)の印象を生む。
《The Guggenheim》(880mm×670mm)は、グッゲンハイム美術館の螺旋状の構造を吹き抜けのフロアから見上げた光景を表した作品。縁は作られていないが、波紋のように拡がる各階層の円弧が複数の枠となっている。それぞれの壁に生まれる光の当たり具合、陰影の差異が表情となっている。リウム美術館のエントランスホールで見上げた螺旋階段をモティーフとした《Leeum》(1020mm×720mm)においても、螺旋状の構造の壁に現われたモアレに作家の関心があることが窺える。
《Tate Britain》(730mm×970mm)では、テート・ブリテンのプロセニアムのような効果を担った柱越しの絵画を描く。作品自体と絵画=窓という入れ籠の枠構造に、「プロセニアム」というもう1つの枠が挿入されている。
ところで、絵を描く際、キャンヴァスや紙は予め裁断されている。画面の枠という限界がある。それに対し、綴織のような織物の場合、経糸に色糸を編んでいくことでイメージと同時に支持体が形成される。予め設定された枠はない。時間が蜿々と織られ続ける織物に擬えられることがあるのはそのためでもあろう。窓枠、プロセニアムをなど枠に対する強い関心は、枠が無いことの裏返しとして生じるのではないか。
綴織のイメージは、自ら撮影した写真に基づくという。写真(photography)とは光(photo)が画く(graph)ものである。光とは時間である。写真により切り取られた刹那という時間は、綴織を編む作業によって引き伸ばされる。ここにも一種の「裏返し」が認められるが、どちらも永遠を目指しているという点では等しい。永遠を無限遠ないし消失点と置けば、そこには、プロセニアムが形成する遠近法の眼差しへと回帰しよう。確かに作家は枠の周囲を彷徨しているのである。去り難く留まり続ける彷徨こそ記憶(souvenir)の別名ではなかろうか。