可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ドライブ・イン・マンハッタン』

映画『ドライブ・イン・マンハッタン』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
100分。
監督・脚本は、クリスティ・ホール(Christy Hall)。
撮影は、フェドン・パパマイケル(Phedon Papamichael)。
美術は、クリスティ・ズィー(Kristi Zea)。
衣装は、ミレン・ゴードン=クロージャー(Mirren Gordon-Crozier)。
編集は、リサ・ゼノ・チャージン(Lisa Zeno Churgin)。
音楽は、ディコン・ハインクリフェ
原題は、"Daddio"。

 

夜のジョン・F・ケネディ国際空港。黒い革のジャケットにパンツスタイルのホワイトブロンドの女性(Dakota Johnson)がオレンジのバッグを肩に掛け、銀色のキャリーバッグを引いてタクシー乗り場に現われた。どちらまで? 案内係(Marcos A. Gonzalez)が尋ねる。44丁目。9番街と10番街の。案内係が先頭車の運転手(Sean Penn)に行き先をメモした紙を渡す。女性はトランクにキャリーケースを入れ、後部座席に乗り込む。眠らない街の魅力をお楽しみ下さい。ブロードウェイの輝きからセントラルパークの小径まで…。観光客向けの映像が流れるモニターの電源を切った。コンパクトを取り出して口紅を塗る。運転手がメーターを廻す。後ろのタクシーからクラクションが鳴らされる。畜生。車を発進させる。クソ野郎が。女性はマフラーを外す。バッグのスマートフォンに目を遣るが手には取らない。車両基地の脇を抜ける。女性は爪を噛む。運転手の姿に目が行く。横顔や太い腕、ハンドルを叩く指を見る。サンバイザーには古い写真が貼ってあった。女性はスマートフォンを取り出し、メッセージをチェックする。「着陸した」と打つ。44丁目、9番街? そう。ミッドタウンか。古き良きミッドタウンよ。今晩最後の客だ。そうなの? そうだ。私の勝ち? 勝ちだ。賞品が手に入る? 欲しいものは何でも。2人がクスクス笑う。大変な一日だった。短距離ばかりで骨折り損だ。クレジットカードじゃ話にならない。現金の頃はチップをはずんでもらったけどな。モノポリーの金みたいにさっと。でもアプリに入力しようとすると考えちゃうだろ。数字を眺めるうちに惜しくなるんだ。アプリなんて糞食らえ。珈琲、砂糖、石鹸に靴下、ワイン、水、葉っぱ、中華料理、全部財布なしで手に入る。ましてチップのために財布なんて持たない。塩が貨幣だった時代があったんだ。卵にかけるのと同じ塩だ。卵に振りかけるやつで命を落とした奴がいるなんて思わないよな。茶にしろ、珈琲にしろ同じだ。食料品店に並んでるもののために殺し合ってたんだ。俯瞰して見りゃ長い時間かけて塩、金、紙って移り変わって行った。今じゃ貨幣は画面上の数字になっちまった。触れることも埋めることも在処を地図に記すこともないさ。ふわふわ浮いてるクラウドに送り込むだけだ。いつかクラウドから降り注ぐ酸性雨を間抜け面にくらうど。運転手が笑う。補塡してあげる。え? 後部座席にあるバッグが解決してくれるはず。どうやって? 「塩」が一杯入ってるから。ああ、そりゃいい。でもカード払いは可能だ。タクシーは大ヒット映画みたいなものだろ。それでも10年したらなくなってるさ。アプリを使う連中に画面上の点になされちまう。昔と同じで電話で車を呼ぶだろうが、ハンドルを握るのは人間じゃない。呼んだ車が自動制御で目的地に送り届けてくれるんだからな。スピード違反も臭いもなし、気分が悪くなることも迷うこともない。まあ、今日がどんな一日だったか聞いてくるかもしれないけどな。アプリなんて糞食らえ。アプリなんて糞食らえ、ね。ラジオを点けようか? 必要ないわ。そうか。電話をいじらないのがいい。俺と話し続ける必要はないけどさ。常時接続じゃない人を見るっていいもんだよ。名前は? 何で? 人の名前に興味があるのよ。何て人間臭い客だ。いいね。クラークだよ。クラーク。ヴィニーとでも思った? クラークって言やハンプトンズに住んで、テニスしたりオペラを見に行ったりするような奴だろ。でも俺は絶対にそんな男になれない。選べるなら? ヴィニー。ヴィニー。定番って感じ。そうだよ。

 

夜のジョン・F・ケネディ国際空港で客待ちしていたタクシー運転手のクラーク(Sean Penn)はホワイトブロンドの妙齢の女性(Dakota Johnson)を乗せた。9番街と10番街の間、44丁目までと目的地を指定した女性は、さっと観光案内の映像を切って化粧を直したが、スマートフォンとにらめっこすることもなかった。クラークは彼女に今日最後の客だと伝え、何でもアプリになってタクシー運転手のうまみが無くなったと嘆いてみせる。彼女に名前を尋ねられて気を良くしたクラークは、外見やタクシーの乗り方から彼女がニューヨークで働く自立した女性だと指摘する。職業は意外にもプログラマーでニューヨークに住んで9年になると言う。疎遠だった11歳上の姉から連絡があり、オクラホマまで会いに行った帰りだった。大規模な事故があり、タクシーは立ち往生することになった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

クラークは美しい女性客を乗せ高揚する。尤もクラークと美しい乗客とは透明なアクリル板に隔てられ、クラークはバックミラー越しに彼女を見るだけだ。彼女はイメージである。
何でもアプリ頼みになった世の中を嘆いてみせるクラークに彼女の反応は良く、気を良くしたクラークは、彼女を詮索し始める。
母が出て行き、父の下を離れ、6歳で17歳の姉を母親代わりに生活することになった。姉は彼女を浴槽に縛って監禁し、犯罪者から逃げ出す訓練をさせたという。父親からの性的虐待については否定し、同居していた姉の彼氏について特に言及しなかった。父親からとの別れの際、ハグはおろかハイタッチさえ交わしたことのない父親が手を差し出してくれ、握手した感覚を鮮明に覚えていた。ところが再会した姉は彼女と父親との握手を否定したと言う。
彼女は、妻と娘と双子の息子を持つ、自分の父親世代の男性と関係を持っていた。彼のことをパパと呼び、愛しているとも伝えたらしい。クラークに云わせれば、男は他の男より優位に立つための玩具を欲しがるだけで、玩具からの愛など求めていないと言い放つ。
クラークはクラブ帰りのセクシーなポーランド系女性をタクシーに乗せたことが縁で結婚した。クラークが下らないいたずらをした際、その最初の妻は怒るか笑うか迫られた際には必ず笑うタイプの女性であったという。今、タクシーに乗っている彼女もまた美しく、クラークの不躾な発言――クラークは相手の嫌がるようなことをして拒絶されるかどうかで相手の好意を測っているのだろう――にも怒ることなく笑って対応する。彼女に最初の妻を重ね、彼女を手に入れたいと思う。
女性客は父親の不在という穴を埋めたい。現在の交際相手に父親代わりを求めているが、実際には彼の性慾の捌け口にされているに過ぎない。2人の関係は擬似的な近親相姦でありタブーなのだ。彼女の身体に宿った存在は流れてしまう。タクシーが遭遇する交通事故現場は彼女と交際相手との関係の破綻のメタファーだ。
父親と握手したという彼女の記憶が誤りで彼女と父親との悪手などなかったという姉と記憶が正しいのか、あるいはその逆か。二進法の世界は0か1かで組み立てられる。しかし記憶は真か偽かの二者択一ではなく、いかようにも変容してしまうイメージなのではないか。