映画『愛を耕すひと』を鑑賞しての備忘録
2023年のデンマーク・ドイツ・スウェーデン合作映画。
127分。
監督は、ニコライ・アーセル(Nikolaj Arcel)。
原作は、イーダ・イェスンス(Ida Jessens)の小説"Kaptajnen og Ann Barbara"。
脚本は、アナス・トマス・イェンセン(Anders Thomas Jensen)とニコライ・アーセル(Nikolaj Arcel)。
撮影は、ラスムス・ウィドベク(Rasmus Videbæk)。
美術は、イェテ・リーメン(Jette Lehmann)。
衣装は、キキ・イレンダー(Kicki Ilander)
編集は、オリバー・ブゲ・カウテ(Oliver Bugge Coutté)。
音楽は、ダン・ローマー(Dan Romer)。
原題は、"Bastarden"。
18世紀のデンマーク=ノルウェー王国。歴代の王はユトランド半島の荒野の資源化を狙ったが、不毛な土地は過酷な気候な上、無法者が跋扈するため入植の試みはいずれも惨めな失敗に終わった。
荒地を耕すことはできない。
1755年、コペンハーゲン。退役軍人救貧院。ルドヴィヒ・ケーレン大尉(Mads Mikkelsen)が部屋の隅のテーブルに自ら描いた地図を拡げ、その上で勲章を磨いていた。軍服を着て胸に勲章を取り付けると、騎乗して王宮に向かう。
ケーレンは財務局の前に直立して待っていた。王に侍臣が出発を促す声が遠くから漏れ伝わった。ルートヴィヒ・ケーレン、入室したまえ。ケーレンが呼ばれる。
中央のテーブルでは職員が着座して書類に眼を通している。中には犬に餌を与える者もいる。大臣のパウリ(Søren Malling)が入って来た。何者かね? ケーレン大尉はドイツでの25年間の軍歴があります。ユトランド半島の荒野に植民する許可を求めています。パウリは鳴く鸚鵡に餌を与え、やおらケーレンの提出した地図に目を通す。素晴らしい。だが無駄だ。荒地の耕作は不可能だ。どんな土地も耕作できます。3分の1もの国土を放置するのは遺憾でなりません。私なら荒地を耕作できます。最初の入植地を建設します。荒地は石と砂ばかりだ。何も育たない。お前より優れた者どもによって証明済みだ。失礼ながら、陛下に直訴したいと存じます。それでは陛下をお呼び致しましょう、となるとでも? 財務局の職員が笑う。荒地の開発にこれ以上国費を無駄にできないのだ。とりわけ見窄らしい軍服の自惚れ屋などにはな。摘まみ出せ。国費の支出など求めておりません。資金は自弁します。どうやって? 恩給があります。微々たるものだ。ロイマ(Jirí Konvalinka)がケーレンに尋ねる。入植地の建設に成功した暁には、どのような報償を望んでいるのだ? 貴族の称号、領地、使用人です。外で待ってもらえるかな? ケーレンが退出すると、事務官が報告する。彼は馬の骨です。母親はどこぞの貴族の屋敷で侍女であったようです。ドイツ軍に採用されるまでは庭師として働いていたにすぎません。身分が低いにも拘わらず大尉に上り詰めましたが。非常識な要求だとパウリが言下に否定すると、要求などどうでもいいのです、とロイマが指摘する。彼には皇帝の座を約束することもできましょう。いずれにせよ耕作など不可能だからです。それでも彼に許可を与えれば、陛下に入植計画を断念した訳ではないと申し開きができるではありませんか。
ケーレン大尉、入室ください。朗報があります。ケーレンが微笑む。
ケーレンは1人、無人の荒野に向かう。土を掘り出し、僅かでも耕作の可能性のある土を探し求めて彷徨する。
ある晩、野営していると、助けて、と少女の叫び声が聞こえた。跳ね起きたケーレンは銃を手に声の聞こえた森へと入って行った。少女(Melina Hagberg)が向こうから歩いてきた。森の中で一人ぼっちの可哀想な女の子に恵んでおくれよ。立派なお兄さんだから、たんまり持ってるんでしょ。そのとき背後から足音がした。後ろから男が襲いかかってきた。仰向けに倒されたケーレンは何とか銃を男に向け、頭を撃ち抜く。銃声を聞いた者たちが森の中でざわめき、口笛を鳴らすのが聞こえた。
いつものように土を掘り返していると、ケーレンは遂に望んでいた土を発見した。
ケーレンは早速近くの村へ向かい、郡長のラウンフェルト(Morten Burian)に開拓に必要な物資や人足を求める。何故私の管轄地に家を建てるのです? ラウンフェルトが愚痴るのを若い牧師アントン・エクルンド(Gustav Lindh)が勤勉な者は勝利しますよと諭す。ケーレンが馬車の木箱を開けて中身を確認する。その様子を牧師と郡長が見守る。何が入っているんです? 私も知りたいさ。メクレンブルクからの荷だ。何故だか知らんが彼は秘密主義でね。人足はあれだけなのか? ケーレンがラウンフェルトに尋ねる。秋までに家を建てるには足りない。野心のある男で荒野で犬死にようなんて奴はいませんよ。3倍は必要だ。近隣で見つけてくれ。酷い痔がありましてね、とても道で揺られるなんてできませんよ。森には無法者が潜んでますしね。それより5リスデラー。郡長として物資や人足の調達に当たったんですから報酬を頂かないと。運送用の馬も必要ですからな。そのとき牧師が人足を調達できるかもしれないとケーレンに提案する。
ケーレンは牧師に案内されて村を行く。私の教区を入植地に選んで下さり、嬉しく思っています。神の御威光が荒野に射すときが来たらんとしているのですね。牧師はケーレンを納屋に案内した。出てきなさい、あなた方の家を見つけましたよ。熟練の農夫ヨハネス・エリクスン(Morten Hee Andersen)と妻のアン=バーバラ(Amanda Collin)です。逃亡した小作人を使用することは違法だ。彼らは残忍な領主の下から逃れてきました。エリクスンは仕事熱心ですし、アン・バーバラは有能な家政婦です。給料は半額でも構わない。夫婦の部屋さえあれば。部屋と二食は与える、但し無給だ。目下のところこれ以上の機会はないはずだ。家が完成すれば貴賓の来訪もあるだろう。家格を保つよう頼む。承知できるか? アン=バーバラが頷く。うまくいきますよ、荒野まで追ってくることはないでしょうから。牧師が2人を励ます。
4ヶ月後。ヘル荘園。ノルウェーのレーシン伯爵の娘エーデル・ヘレーナ(Kristine Kujath Thorp)が馬に運動をさせている。豪勢な城館ではフレデリック・デシンケル(Simon Bennebjerg)が剥製のクマに向かって銃を構え、肖像画を描かせていた。執事のバンド(Thomas W. Gabrielsson)が現われる。私は馬鹿のように突っ立って最高の季節を無駄にしているところだ。熊撃ちの肖像画は流行ですからな。私の従妹はどこにいる? 遠乗りに。彼女は馬と戯れてばかりだ。荒野でケーレン大尉が家を建設しています。「王の家」と名付けました。荒野にやって来る気違いなどいないと言ってたではないか? すぐに買い占めてしまえたものを。ケーレンと言ったな? ルートヴィヒ・ケーレンです。何者か調べろ。直ちに。
1755年、フレデリック5世統治下のデンマーク=ノルウェー王国。25年間に渡りドイツで軍役に就いていたルドヴィヒ・ケーレン大尉(Mads Mikkelsen)が王宮の財政を司る大臣パウリ(Søren Malling)からユトランド半島の荒地の開発許可を取得した。ケーレンは地味の肥えた場所を求めて1人荒地を調査して廻り、遂に開拓地を選定した。近隣の郡長のラウンフェルト(Morten Burian)に必要な物資や人足を求めるが無謀な入植計画に参加しようという者は集まらない。教区牧師アントン・エクルンド(Gustav Lindh)が匿っていた逃亡者ヨハネス・エリクスン(Morten Hee Andersen)とその妻アン=バーバラ(Amanda Collin)を無給で雇い入れることにする。荒地の開拓を進めるケーレンは、附近の領主フレデリック・デシンケル(Simon Bennebjerg)から招かれ、資金供与と引き換えに開拓地の収穫物を折半する契約を迫られるが、荒地は王領地だと突っぱねる。するとケーレン配下の数少ない人足たちは倍の賃金を提示されデシンケルの下へ走った。度々盗みを働くタティアの少女(Melina Hagberg)を捕まえたケーレンは彼女に森の中にあるタティアの住処に案内させる。タティアの雇用は禁じられていたが、ケーレンは首領のヘクトル(Magnus Krepper)と交渉し、タティアを開拓に従事させることにする。ケーレンはデシンケルの城館で知り合ったデシンケルの許嫁エーデル・ヘレーナ(Kristine Kujath Thorp)から誘われた感謝祭に赴く。デシンケルは逮捕した逃亡小作人ヨハネスに対する拷問を見世物にした。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ケーレンの母親はラーブンス伯爵家の炊事係で伯爵のお手付きとなった。妾腹の子(bastarden)であるケーレンは庭師を経てドイツ軍に入隊し、四半世紀もの努力を重ね漸く大尉となった。貴族ならば半年で昇進できる地位である。帰国後フレデリック5世の宮廷にユトランド半島の荒地の入植を申し出る。散々な失敗に終わってきた入植に新たに資金は提供できないと突っぱねられたため、微々たる恩給を元手に許可状の発給を受けた。ケーレンは僅かな人足と逃亡小作人夫妻ヨハネスとアン=バーバラと「王の家」と名付けた開拓地を設ける。
附近の領主フレデリック・デシンケルは荒地の支配権は自らにあると主張し(証文は所有していない)、資金提供の見返りに収穫を折半する契約の締結をケーレンに申し出る。(ニューヨークの「王様」のように)寛大な「ディール」を申し出た積もりであったが言下に拒否されたデシンケルはケーレンの開発計画を挫折させるべく、人足を買収し、ヨハネスを虐殺し(逃亡小作人に対する領主裁判権を有する)て雇用された放浪者集団タティアを逃散させ(タティアの雇用は法律上禁じられていた)、それでも着々と開拓が進む入植地を囚人に襲撃させる実力行使に訴える。
デシンケルが貧弱な入植者ケーレンに対して執拗な攻撃を繰り返すのは恐怖からである。許嫁であるエーデル・ヘレーナにもデシンケルが虚勢を張っていると見抜かれている。デシンケルは先代の父が一代で富を築き貴族になった。血統というよりも実力である。そしてデシンケルはたまたま母親が正妻であっため資産を継承できたに過ぎない。お手付きの子として生まれていれば、ケーレン同様の運命を辿ったのである。まさに「親ガチャ」だ。だからデシンケルは神も人生も、すなわち世界は混沌(kaos)であり、自らもまた混沌に呑み込まれる可能性を認識していたのである。混沌は荒地であり、荒地を手懐けようとするケーレンにより秩序を壊乱される恐怖に怯えたのだ。そのために法や契約書と「正義」を振りかざすことに躍起になる。
デシンケルに見初められた女中アン=バーバラはヨハネスとともに逃亡する。アン=バーバラはデシンケルによる非道により痛め付けられたヨハネスを労り、雇用主であるケーレンのために家事を担当する。ヨハネスがデシンケルに虐殺された後は、デシンケルに対する復讐のためにケーレンに接近する。そして、(近時の映画で描かれることの多い)疑似家族をケーレン、アンマイ=ムスと形成するのだ。デシンケルの「正義の倫理」に対する、アン=バーバラの「ケアの倫理」を読み取ることもできよう。
ケーレンは「正義の倫理」の枠組みでの成功を求める。故にケーレンもまた冷酷非情である。だが正義の名の下に法は権力者――デシンケルにせよ、パウリにせよ――により恣意的に運用され続ける。故にケーレンはアン=バーバラに触発され、「ケアの倫理」へと思考を転換するだろう。