展覧会『世界のブックデザイン 2023-24』を鑑賞しての備忘録
印刷博物館 P&Pギャラリーにて、2024年12月14日~2025年3月23日。
2024年3月にライプツィヒブックフェア(Leipziger Buchmesse)で発表された「世界で最も美しい本(Schönste Bücher aus aller Welt) 2024」受賞図書とともに、日本の「第57回造本装幀コンクール」、「ドイツの最も美しい本(die schönsten deutschen bücher)2024」、「スイスの最も美しい本(Die schönsten Schweizer Bücher)2024」、カナダの「アルクィンブックデザイン賞(Alcuin Book Design Awards)2023」、中国の「最も美しい本(最美的书)2023」、フィンランドの「最も美しい本(Kirjataiteen vuoden kaunein kirja)2023」、デンマークの「デンマークブックデザイン賞(Den Danske Bogdesignpris)2024」の各受賞図書を併せ約150点を展観する企画。展示書籍は手に取って閲覧できる。
「世界で最も美しい本 2024」で金の活字賞を受賞したLynn Gommes他の"Walking as Research Practice"は、歩行について研究書で、歩きながら読むことが意図された奇書。タイトルなどを天と地に配し、歩行経路を表した地図にようにも坐る人にも見えるドローイングが配された表紙の本は、やや灰色味の柔らかい紙を2つ折りにして閉じた冊子。一見雑とも思える作りで軽い。片手で持って開くことができ、しなやかな紙が手に馴染む。紙は斜めに裁断されていて頁を開くのも容易である。右頁に黒文字で本文が組まれ、左頁は註や図版、写真などが黄土色で配されている。
「世界で最も美しい本 2024」で金賞を受賞したJeppe Sengupta CarstensenとAnna Aslaug Lundの"Critical Coast"(9788774074885)は、ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展のデンマーク館で催されたCoastal Imaginaries展の内容に基づき、海岸の景観や生態系に関する現況や将来について論じた書籍。赤茶のハードカヴァーに鮮やかな黄緑のタイトル、海岸線や植物をイメージさせるエンボス加工によるイメージが印象的。表紙ではCoastの文字が海岸線あるいは(同時に)崩れ落ちる様を表わす様に右下の隅へと文字を間隔を開けて並べてある。本文でも段丘を連想させる段組や弧状や渦状に文字が組まれている箇所がある。写真の頁とともに黄緑の紙の頁がアクセントとなっている。
「世界で最も美しい本 2024」で銀賞を受賞したAnniina Koivuと柳原照弘の"A Brief Moment ( ) A Long Tradition"(9788797476505)は、有田焼のブランド「1616 / arita japan」を紹介する本。明るい灰色の布の表紙には藍色で皿やフォークなどの単純化、抽象化されたイメージが表されている。洗煉された空間に食べ物を盛ったモダンな有田焼を配したイメージに加え、有田焼の陶石土の採掘場、工房や道具などの写真も並ぶ。墨絵のような水彩画の頁も焼き物の頁と調和している。
「世界で最も美しい本 2024」で銀賞を受賞したSebastian Riemerの"Press Paintings"(9783959056342)は、手作業で行われていた時期の報道写真の修正について実例を列挙する本。切り取りや描き込みなどによるイメージの改変が如実に示される。写真と絵画とをテーマに制作してきたゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)など芸術との関連の指摘もある。
「世界で最も美しい本 2024」で銅賞を受賞したLene Askの"Ingen har sett det du ser"(9788293560647)は、白いスパイラルのリングで閉じられた厚紙の表紙には、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)の描いた太陽の部分が採用されている。白紙の頁の間にムンクの絵画の小さい紙が挿入され、裏を捲ると、"Draw something frightening"のような指示がある。子供たちの想像力を育むことが企図されたスケッチブックである。
フィンランドの「最も美しい本 2023」に選出されたLiisa Kallioの絵本"Kädellisten sukua : piirroksia ihmisyydestä"は、人間の誕生や他者や自然環境との関わりを表したドローイングで構成される文字のない絵本。灰色の布の表紙に黒い線で巨大な手を持つ人物の上半身のイメージが印象的。黒い描線で表された人物たちの様々なポーズが、頁を繰る毎に次々と現われる。簡潔にして複雑、力強いととおに繊細といった、えもいわれぬ魅力的な絵が並ぶ。終わりには収録されたイメージを検索できる一覧が付いているのも良い。身体を扱った作品としては、Aapo Huhtaの"Gravity"(9789198760675)がある。異空間に呑み込まれたような歪んだ身体のモノクロームの写真が並ぶ。一度見てしまうとなかなか目が離せない、中毒になりそうな写真集である。住宅など建築物の一部だけを際立たせた写真が並ぶKimmo Metsärantaの"Notes on a Place"(9789526524306)や、自然の中に佇む編み物を来た人物とその編み物の編み方とを紹介したLaura PajulaとLiisa Saarenmaaの"Neuloosisko – neuleita metsästä ja mereltä"(9789510497425)など、フィンランドの書籍は魅力的だ。
「スイスの最も美しい本 2024」に選出された"Alexandra Bachzetsis―Show Time Book / Book Time Show"(9789464460414)は、舞踏家・振付師Alexandra Bachzetsisのダンスを本の中に展開しようとしたもの。ダンサーたちの姿に目を奪われ、以外と多いテキストの分量に気付かない。Julian DenzlerとManuel Walserの"The One-man Water Cannon Test"(9783907384060)も、Julian Denzlerがスーツ姿で放水を受けるパフォーマンスの記録集だが、書籍内でのパフォーマンスと言えなくはない。Ben Schwartzの"Unlicensed―Bootlegging as Creative Practice"(9789493246294)は、アートとしての海賊版について論じた書籍。反転した写真や黒地に白文字の本文など、アングラなイメージを体現している。
「第57回造本装幀コンクール」では、小学館が小学生用の国語辞典に贈答相手の名前の項目を立てて製本する、プロジェクト「きみ辞書~きみの名前がひける国語辞典~」が印象に残った。自分の名前の由来が記された辞書を作ってしまうとは。採算度外視で挑んだ版元にも拍手を送りたい。東京オペラシティ アートギャラリーで開催された「石川真生 ―私に何ができるか―」の個展のカタログは、鮮やかな黄色の表紙に赤銀の文字が映える、短冊を重ねたような縦長の本。個性的な本が並ぶ中でも異彩を放っていた。縦に文字やイメージを追っていく際に、連綿とした日々が浮かび上がる。
ドイツ人は石(stein)みたいに真面目なイメージがあるが、「ドイツの最も美しい本 2024」に選出されたFelix Borkの"Oh, ein Stein!―Ein Bestimmungsbuch mit ziemlich vielen Mineralen und Gesteinen"(9783847901556)は美しい石の絵や写真が並ぶ図鑑でありながら、物理学者の名を叫ぶようなタイトルからも分かる通り、作者が好き勝手に作った本である。"Ich werde diesen witz nicht machen."と言いながら…。偶然の一致ではあるが、昨年(2024年)は雑誌『ユリイカ』で特集が組まれたり、太田達成の映画『石がある』(2022)(未見)が上映されたりと、石の年であった(?)。序でながら小池昌代の短編小説「石を愛でる人」もお薦めしたい。