可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 小田川史弥個展『名残の休日』

展覧会『小田川史弥「名残の休日」』を鑑賞しての備忘録
KATSUYA SUSUKI GALLERYにて、2025年2月15日~3月2日。

寛ぎの時間をモティーフに、引き伸ばされ歪んだイメージが印象的な絵画で構成される、小田川史弥の個展。

《二人の好きなもの》(410mm×318mm)は黄昏時の動物園で柵の前に立って檻の中を覗く女性の後ろ姿と、檻の方を見やる男性の後頭部とを描く。夕目暗の紫色の光で充たされた金網フェンスで覆われた檻では1本の木が枝葉を拡げ、その幹の傍に白い何か(動物?)が寝そべっている。女性は手で網を摑んで檻の中を食い入るように見ている。女性も含めて檻を眺める男性の後ろ姿が画面右下に肩から上だけを覗かせる形で配される。男性、女性、そして檻の中の動物(?)へと視線を誘導される。バサッと、突然に樹冠が落ちてくる。逃げようにも樹冠と網とで身動きが取れなくなる。鑑賞者を捕えらるための罠にも見えて来る。逢魔画時を描く絵画の中毒性を象徴するような作品である。なお、《貰った花》(273mm×220mm)は棚に置かれる花を生けた花瓶を描くが、背後の壁には《二人の好きなもの》に近い動物園の檻を覗く人々を描く作品が飾られている。
《Vacation》(210mm×180mm)は、夕暮れ時に高台のテラスで椅子に腰掛けて脚を手摺に乗せて寛ぐ女性の姿を描く。彼女のいるテラスには脇のテーブルに飲み物などが置かれ、紫の光の中に沈んでいる。彼女はオレンジの夕空をぼんやりと眺めるようだ。画面の上部に岩場のようなものが描かれるのではなく粘土で造型されている。夕空の上方に位置することを踏まえれば雲と捉えるべきであろう。それでもテラスの部分を無視すれば、夕空は砂浜となり岩場が現われる。女性が訪れた場所を思い返しているのかもしれない。
《ささやき》(1120mm×1455mm)は、暗緑色のパラソルの下でデッキチェアに坐る人を画面中央に、その向かいに坐る人物を画面左下に配した作品。パラソルのフリルが波を描く円弧の1つに人物の顔が収まり、そこから緩やかに彎曲した腕が伸び、手の置かれた膝でほぼ直角に弧を描いて足へ延びる。弧のモティーフは、向かい合う人物によって変奏される。パラソルの下の人物の膝の左側に頭部があり、肩が描く弧、肩から腕、そして足先へと延びる弧というように、緩やかな曲線が連なる。サイン波のようなパラソルのフリルから顔、顔から手、手から脚、頭部から肘、肘から足へ、次第に緩やかになる弧の流れの先に淡くやや暗いピンクの空間が拡がる。それはゆったりとした時間の流れの表象である。夕陽を受けたピンク色の水を湛える川の岸辺に坐る人物をほぼ真上から描き出す《そっと手を握る》(455mm380mm)においても、脚を投げ出し坐る人物の右手に背後から別の人物の手が添えられ、手の主の方へ坐る人物がやおらふり向くが、画面中央に広く岸辺の空間が残されている。
《夏を少し感じる》(1620mm×1303mm)は、夕暮れの川辺に集う人々を描く。浅瀬に水を浸して遊ぶ人たち、岸辺に腰を降ろして語らう人たち、そして画面手前で振り返る人物は、誰かに背後から声を掛けられたのだろう。振り返る動作は、過ぎ去る一日を名残惜しむ気持ちに繋がる。


《休日・散髪》(411mm×304mm)には、中央に坐る女性の髪を散髪する男性が、左手に挟みを持ち画面右側に立つ姿が描かれる。中央には椅子の背凭れの脇に茶の塊がある。おそらくこれが髪の毛であるのは確かだが、女性の頭部とはずれた位置にあるため、奇異な印象を受ける。女性は散髪用のケープを纏うこともなくただ下を向いている。男性は右手で触れる髪の毛に細心の注意を這うように顔を近づけ、前屈みの姿勢をとる。引き伸ばされて描かれた胴に対し脚は短く、膝がほぼ90度曲がる形で表される。木製パネルの右側が男性の姿に合わせて削られて、凹み、あるいは屈曲する。引き伸ばされたモティーフが支持体自体を変容させ、現実までも歪ませていくようだ。
《休日・ボート》(380mm×455mm)は、黄土色の池(あるいは川)に漕ぎ出したボートに坐る人物を描いた作品。作者が好む釣り鐘の形でボートの舳先が表され、俯いた人物が蹲り、やはり釣り鐘状でボートを漕いでいるであろう人物の影だけが映る。ボートの周囲には複数の魚影が見え、1匹が勢いよく跳ねて宙空に身を踊らせる。跳ねる魚と蹲る人物との静と動、鬱と躁との対照が鮮やかである。それでも画面上端の岸辺により、人物だけで無く魚もまた閉鎖的な環境にあることが示される。


表題作《名残の休日》(410mm×318mm)は、斜面に拡がる庭園の階段に立つ人物を見下ろして描いた作品。木立に向かって急傾斜で下る階段の両脇を低木の植栽が飾り並り、柵も覗く。水色のタンクトップにデニムのパンツの人物はトートバッグを左肩に下げて両手を組み、右に頭を傾げて立つ。その右側に頭を倒す運動から、時計と反対廻りの運動が生じ、身体が、階段が、歪み、空間と時間をも変容していくようだ。
《まだ宿につかない》(530mm×652mm)には湖のある平原を見晴らす山林の斜面を登る2人の人物を描く。画面下に男女の顔が前景として配され、背後の青々とした樹林と一体化している。湖を挟んで広い草原が地平線まで続くき、その上には山吹色の夕空が拡がる。湖の散策から山中の宿を目指して歩いているらしい。夕闇が迫る山中の道は疲れと相俟って長く感じられるだろう。他の作品に見られる類の歪んだモティーフは見えないが、時間は引き延ばされている。