可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 高瀬栞菜個展『Read Your Diary』

展覧会『高瀬栞菜「Read Your Diary」by imura art gallery』を鑑賞しての備忘録
CADAN有楽町〔Space M〕にて、2025年2月18日~3月9日。

僅かに歪な世界を舞台に愛嬌のある動物の登場する寓話的な絵画で構成される、高瀬栞菜の個展。

《部屋の馬》(1940mm×3240mm)は、部屋のテーブルで跳ねる紙製の馬を表した絵画。海を見晴らす丘に立つ建物の赤い床張りの部屋では、手前にあるピンク色のテーブルでライオン(手先しか見えない)が折り紙をしている。4つ折りの折り目の入った青緑の紙に、クリーム色の紙を組み合わせた、テーブルの天板よりも大きい馬が両前肢を上げ後ろ肢だけで立っている。紙の馬には目、鼻、口、鬣、蹄、尾などに書き込みがある。テーブルの上には、折り紙で作ったチューリップの他、チェスのポーンが転がる。部屋の端まで進んでポーンはナイト(馬)にプロモーションしたのだろうか。折り紙でできた手裏剣や蝶などが飛び、矢やダガーが並べ置かれている。テーブルの脇にはサボテンの鉢植えがあり、海側の隅にはフロアランプも見える。左側の窓の下の壁が奥に行くにつれて小さくなるのに対し、赤い床は奥に向かって僅かに拡がるというように透視図法が敢て崩れているため、赤い床が馬とともに立ち上がるように見える。奥の窓ではカーテンが外に掛けられ、右奥には全く異なる雰囲気のコンクリート打ちっぱなしのような暗い階段と出入り口があり、犬の尻尾が覗いている。画面左端には白い馬と黒い馬とが顔を出し、室内の紙の馬という風変わりな存在を眺めている。緑の丘では白馬が前肢を前に、後ろ肢を後ろにほとんど水平に投げ出して不自然に浮いている。海には尾鰭を覗かせるサメ(?)の姿がある。雲に覆われつつある空には、2羽の鳥を追うように紙飛行機が飛ぶ。カーテンの表現などに見られる内と外
とが入れ替わる点にはルネ・マグリット(René Magritte)、透視図法が崩されている点や人間が登場しない点ではジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico)、さらに馬が登場する本作に限れば、レオノーラ・キャリントン(Leonora Carrington)の影響が窺える。尤も、剽軽さを感じさせる動物や飛翔の効果線などにより、形而上絵画やシュルレアリスムとは異なる印象である。チェスのプロモーションかどうかはともかく、馬が変身の象徴であることは疑いない。馬だけでなく、蝶、手裏剣、飛行機といった折り紙により、変身が繰り返されている。また、跳ねる馬は跳躍、飛翔も象徴する。室内では蝶や手裏剣が飛び、外では馬や紙飛行機が飛ぶ。さらに、カーテンの表現が表す、内外の反転がある。変化、飛翔、反転は、今、ここから別の時空へと鑑賞者をワープさせる絵画の機能を表現するようだ。
《ドア越しのうかがい犬》(910mm×910mm)は黒いドアを開けた玄関に佇む黒いブルドッグを描いた作品。廊下にはボール、骨、などが転がり、奥の扉が僅かに開き、別の犬の尾が覗く。《部屋の馬》の右奥の出入り口に登場した犬の尾と同じパターンである。異様に低い位置にある覗き穴、ドアノブ、ブルドッグの目、テニスボール、チューリップ、野球のボールと丸(円)の連続により視線が奥へと誘われ、尾だけが見える。尾を摑まえようとしても、決して追いつくことはできない。ラテアートの犬の顔を描いた《にじみラテ犬》(180mm×180mm)では、テーブルのもう1つのカップが果てしなく遠くにあるように描かれるのも、近くて遠いという現象を表現している。手が届きそうで決して届くことはないのだ。《夕暮れ鳥(こっちをみてる)》(530mm×652mm)の籠の中の鳥、《なすすべなし亀》(606mm×727mm)の布の中でひっくり返る亀のように、身動きが取れないのである。否、そのときこそ、変化、飛翔、反転といった絵画の力により、追い求める対象を摑むべきなのだ。