映画『ザ・ゲスイドウズ』を鑑賞しての備忘録
2025年製作の日本映画。
93分。
監督・脚本は、宇賀那健一。
撮影は、古屋幸一。
照明は、加藤大輝。
録音は、岩崎敢志。
美術は、松塚隆史。
スタイリストは、中村もやし。
ヘアメイクは、くつみ綾音。
特殊メイク・特殊造型は、千葉美生と遠藤斗貴彦。
VFXは、松野友喜人。
編集は、小美野昌史。
音楽は、今村怜央。
高崎市街を見渡す農村。1軒の民家をドキュメンタリー映画監督(中野歩)が訪れた。その家をパンクバンド「ザ・ゲスイドウズ」が生活と音楽活動の拠点にしているのだ。畳敷きの和室にセットを組み、ヴォーカルのハナコ(夏子)、ギターのマサオ(今村怜央)、ベースのリュウゾウ(喜矢武豊)、ドラムスのサンタロウ(ロコ・ゼベンバーゲン)が獲れたてキューリを囓る姿をカメラに収める。リュウゾウが畳に虫が這っているのを見つけると、マサオが虫を捕ってシンバルに乗せる。サンタロウは粗茶ですがと監督にお茶を勧める。
畜舎の傍にある小屋でザ・ゲスイドウズが演奏する様子を監督が撮影する。
夜、ザ・ゲスイドウズの面々と監督とで食卓を囲む。頂きます。監督は味噌汁を飲むと思わず美味しいと漏らす。アリガトウ。サンタロウは料理が上手いんです。監督がハナコに質問する。あなたにとってパンクとは何ですか? 私にとってパンクとは、このお味噌汁のようなものです。お味噌汁。
1年前。パンクミュージックとホラー映画に関連するグッズで埋め尽くされた、散らかり放題のハナコの部屋。小さなテーブルの上には「Happy Birthday 私」と書いた紙を貼りつけた、コンビニで買って来たショートケーキ(2個入り)。青いジャージ姿のハナコがパッケージを開け、ケーキを右手で摑むと口に入れ頬張る。ギターを引っ張り出し、クリームの付いたままの手で、湧き上がる感情を音楽にしようとするがうまくいかない。日めくりカレンダーは2月20日。「あと365日」の書き込みがある。ハナコはケーキをカレンダーに投げつけた。
ライトパップした東京タワーの近くにある公園。警備員の制服を身に付けたハナコが坐っていると、先輩にサボってるんじゃないと頭を叩かれる。すいません、先輩と交代するのを待ってただけです。すいませんじゃない、申し訳ございませんだ。ハナコがウザい先輩にパンチを食らわすと、先輩はハナコのヘルメットを叩いたことも忘れ、暴力を振ったと上に報告するからなどとぐだぐだ文句を言う。ハナコは誘導棒で先輩を威嚇すると、その場から逃げ去った。
ライヴハウス。ザ・ゲスイドウズがステージに立つ。4人のメンバーに対し、客は2人だけ。池添柚(水沢林太郎)はハナコのファンで、絶叫するハナコに夢中だが、もう1人はバーに置いてあるプラスティックカップをステージに向かってひたすら投げつける。マサオが中指を立てる。
柚が出待ちをしていると、ザ・ゲスイドウズの4人が意気消沈して姿を現わす。ハナコが客が入らないとぼやく。前回も前々回も…。リュウゾウは日が悪かったからだとカレンダーを見てライヴの日程を決めようと慰める。
所属音楽会社の会議室。お前らの1stは全然売れてない! そもそも販売しなかったのかもしれない。音楽は楽じゃない。お前らの音楽は単なる騒音だ。いや、騒音の方がまだマシだ。辞めるなら300万置いてけ。ザ・ゲスイドウズのメンバーを前にマネージャーの高村隼人(遠藤雄弥)が滔滔と捲し立てる。高村はスタッフを呼び、段ボール箱を持って来させる。ザ・ゲスイドウズの1stアルバム『トキシック・アベンジャーズ』の在庫だった。ここは産廃処理場じゃない。…私、昨日、誕生日だったんです。そうか、それはおめでとう。だからあと1年なんです。ロックレジェンドは27で死ぬから。あと1年。
パンクバンド「ザ・ゲスイドウズ」のヴォーカルのハナコ(夏子)は2月20日、26歳の誕生日を一人自宅で迎えた。ロックレジェントは27で死ぬ。もう1年しか残されていない。この日に行われたザ・ゲスイドウズのライヴにも熱心なファンの池添柚(水沢林太郎)の他には1名しか客が入らなかった。ベースのリュウゾウ(喜矢武豊)は日取りが悪かったのだと慰めるが、客が入らないのはいつものことだった。1stアルバム『トキシック・アベンジャーズ』の在庫の山を抱え対処に苦慮したマネージャーの高村隼人(遠藤雄弥)は、ザ・ゲスイドウズのメンバーを呼び出し、群馬県高崎近郊の農村に移住して農作業の傍ら曲作りするよう言い渡し厄介払いする。村の地域活性化事業を担当する飯塚トメ(天野眞由美)は、空き家を提供し農作業の手解きをするだけでなく、牛や野菜にパンクロックを聞かせるよう求め、見返りに野菜を提供してくれた。ドラムスのサンタロウ(ロコ・ゼベンバーゲン)は得意の料理でメンバーを喜ばせる。ギターのマサオ(今村怜央)はトメに振る舞われたおはぎにすっかりはまり、おはぎなしでは生きられなくなってしまう。リュウゾウは農家の娘・片本萌(伊澤彩織)に一目惚れする。ハナコはトメから託された飼主のいなくなった柴犬にジョン・ケージと名付けて可愛がるうち、ジョン・ケージの言葉(斎藤工)が聞こえるようになる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ザ・ゲスイドウズの楽曲「私のはらわた」の歌詞にある、「血反吐を吐きながらしょうもないモノを作る」。その精神に共感した人たちが集まって出来た作品だろう。
パンクロックとホラー映画を愛好するハナコは、ロックレジェンドとして27歳で死ぬと信じている。だが26歳の誕生日を迎えても、自らがヴォーカルを務めるパンクバンド「ザ・ゲスイドウズ」に売れる兆しはまるでない。マネージャーの高村に指図されるまま農村に移住したハナコは、農家の飯塚トメから、ザ・ゲスイドウズの音楽が刺さる人がどこかにいるはずだと励まされる。
ハナコは社会にうまく適合できず鬱屈し、その捌け口をパンクに求めていた。だが単なる鬱憤晴らし――絶叫するだけ――では音楽にならない。ハナコは沢庵しか作れないと地道に沢庵作りを続けるトメに感銘を受ける。トメも「クソ田舎」で鬱屈しながらも沢庵という作品を作り続け、結果、その味はハナコを感動させたのだ。ハナコは自分の中にある感情を作品に昇華すべく言葉に変換しようと足搔く。そのとき、犬のジョン・ケージの声が聞こえてくる。
ジョン・ケージが象徴するのは、『4分33秒』よろしく、自らの演奏、自らの声ではなく、周囲の環境に耳を澄ますことではないか。都心の狭い部屋に一人籠もっていたハナコは、農村でバンドメンバーと共同生活し、農家の人たちと触れ合う中で、自分だけでなく周囲の人々の存在にも目を向けるようになったのである。自分だけが「おっちんじまう」訳ではない。誰もが死を迎える。自己と他者との共通性を理解することが刺さる曲を生み出すことに繋がっていく。「Happy Birthday 私」と自らで完結していた誕生日は、仲間たちにより祝われる日となるだろう。
パンクロックはお味噌汁。すなわち、パンクとは日常である。ハナコの日常を構成するホラー映画もまたカルペ・ディエム(Carpe diem)を訴える要素がある点で、パンクと通底する。
半紙に筆で言葉を書き連ねるのは、TVドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿~』の当麻紗綾を彷彿とさせる。また、白紙に向かって思念するハナコとは、実は面壁達磨のメタファーではないか。高崎と言えば達磨だ。
ハナコを演じた夏子には作品を引っ張る力がある。ザ・ゲスイドウズのとぼけたメンバーたちも作品にはまっていた。
斎藤工は声だけでも格好いい。仕事の仕方も格好いい。