可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『プレゼンス 存在』

映画『プレゼンス 存在』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
84分。
監督は、スティーブン・ソダーバーグ(Steven Soderbergh)。
脚本は、デビッド・コープ(David Koepp)。
撮影は、ピーター・アンドリュース(Peter Andrews)。
美術は、エイプリル・ラスキー(April Lasky)。
衣装は、マーシ・ロジャーズ(Marci Rodgers)。
編集は、メアリー・アン・バーナード(Mary Ann Bernard)。
音楽は、ザック・ライアン(Zack Ryan)。
原題は、"Presence"。

 

郊外に建つ歴史ある瀟洒な住宅の前に1台の車がやって来る。雨の中、不動産会社のシシ(Julia Fox)が車を飛び出して、家に駆け込む。灯りを点け、広いダイニングキッチンに向かうと、テーブルに出しっぱなしの水のペットボトルを処分する。コートを脱ぎ、髪を手櫛で整えたところへ、電話が鳴る。慌てて玄関へ向かう。こんにちは! シシが満面の笑みで内見に訪れた一家を迎える。待ってて下さったの? レベッカ(Lucy Liu)が尋ねる。いつも早めで。学区を確認したいんですけど。北です。そうでなければ内見をお薦めしませんでした。レベッカの夫クリス(Chris Sullivan)、息子のタイラー(Eddy Maday)、娘のクロエ(Callina Liang)も入ってくる。空っぽなのはまだ売り出し前だからです。内見は皆さんが最初なんです。この一帯の需要は高まっていますよ。ご自由に中をご覧になって下さい。質問があればお受けします。ありがとう。クロエは古い木製の棚の楕円の鏡に目を奪われる。美しいでしょう? シシが説明する。100年前のものです。この建物を建てた際に造り付けたものなんです。硝酸銀ガラスです。今ではもう製造されていません。光の質が違いますよね。素晴らしいでしょう? 家の中心と言って過言ではないと思いますよ。ダイニングキッチンではレベッカがここに決めましょうとクリスに言う。どうかな。私たちが最初に内見しても躊躇したら手に入らないわ。この地区には出物がないの。タイラーが北の学区に入らないと。個人メドレーで勝てるわ。通りを隔ててポプラだ、消防署がある。州大会で優勝できたら将来の見通しが立てられるわ。消防車のサイレンの悩まされないか? レベッカは資金繰りについて頭を回す。急ぎすぎじゃないか? タイラーにとって? 水泳は11月からよ。クロエのことだ。これが生活よ。クロエは大丈夫、変化はいいことよ。ダイニングキッチンにやって来たシシにレベッカが早速支払いや修繕にについて相談し始める。タイラーはスマートフォンで話し込んでいる。クロエは1人で2階に上がる。壁は落ち着いたモスグリーンで統一されていたが、角の部屋の壁は明るいペールオレンジで、窓は大きな木に面していた。クロエはクローゼットから視線を感じた。
内装業者のトラックが家の前に停まる。社長(Benny Elledge)がペンキの缶や梯子を抱えた職人3人を引き連れて家に入ってくる。1人はアメリカンフットボールについて捲し立てている。社長がペンキの種類を指定して上の階から始めろと職人に指図する。
社長が2階の角の部屋に入る。職人が1人でペールオレンジの壁にモスグリーンの塗料を塗っていた。まだ終わらないのか? 全部1人でやるんじゃなきゃね。ロバートはどこ行った? 何で一緒に作業しない? 奴はこの部屋に入ろうとしなかった。奴が入ろうとしなかったって? この部屋には絶対入らないって奴は言い張った。…いかれてるな。

 

レベッカ(Lucy Liu)が家族とともに築100年という瀟洒な住宅の内見に訪れる。改修を経てスタイリッシュでモダンな雰囲気が加わっているが、1階にある楕円の鏡の付いたキャビネットは建築当初の面影を伝えていた。レベッカは息子タイラー(Eddy Maday)が水泳で活躍できるよう北学区の物件を入手することだけを考えていた。夫クリス(Chris Sullivan)は、友人2人を事故で失って以来塞ぎ込んでいる娘クロエ(Callina Liang)の環境を無闇に変えたくなかったが、レベッカは北学区に出物が滅多にないことから不動産会社のシシ(Julia Fox)と契約条件を詰めてしまう。クロエは内見の際、何かの気配、視線を感じた。一家で引っ越してからは、クロエはその存在を自室で度々感じる。持ち物が勝手に整頓されることまであった。クロエは亡くなったナディアではないかと踏む。クロエは自分の体験を家族に話すと、タイラーに頭がおかしいと一蹴される。クリスはクロエの薬やカウンセラーを変えることを提案するが、レベッカは時間が解決すると取り合わない。クロエはタイラーが家に連れてきたライアン(West Mulholland)と親しくなる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ポルターガイストは描かれるが、ジャンプスケアの類はない。幽霊も姿を現わさない。恐怖映画が苦手な人にもお薦めできる秀作である。結局、一番怖いのは、お化けや幽霊ではなく、人間なのだ。

冒頭、早朝のまだ薄暗い中、角の部屋の窓から家の前に立つ大木を映し、そこから家の中の部屋を1つずつ流れるように映し出していく。家具など何もない伽藍胴になっている。2階を一通り巡ると、階段で階下へ。1階を眺めて廻ると、再び最初の部屋に戻り、クローゼットの中に入る。暗転。2階の角部屋のクローゼットからペールオレンジの壁の明るい部屋が映し出され、大木の見える窓の外を眺めると、シシの車がやって来る。シシが玄関に向かうと、追いかけるように階段を降りて玄関に向かう。その後はシシの姿を追っていく。クロエが角部屋に行くと、クローゼットに気配を感知する。後に角部屋がクロエの部屋になると、やはりクロエはクローゼットからの視線を感じる。常にではないかもしれないが、映像はクロエの部屋のクローゼットを塒にする(?)「存在」の主観になっている。
クロエが「存在」について家族は懐疑的で、友人を失ったショックによる精神状態がもたらした幻覚だと考える。とりわけ物が動いたというクロエの主張に、タイラーはクロエが異常者だと決めつけて嘲る。だがタイラーの部屋に飾った合ったトロフィーが落ちるに及んで、家族はクロエの主張が幻覚ではないと気付く。クリスがシシに相談すると、シシは事故物件ではないと請け合うとともに、千里眼の義姉リサ(Natalie Woolams-Torres)を紹介する。リサは来訪するなり「存在」に気付く。普通の人には「存在」を感じられないが、リサのように生まれつき感覚が鋭い者もいる。クロエの場合、友人の死を契機に「存在」に対する感覚が開花したらしい。「存在」には時間が線形的なものではなく、過去と現在との間に区別がないと言う。
ライアンは支配的な母親の下で自分のことは自分で決めたことがないと言う。セックスするかどうかもクロエに委ねる。ライアンはクロエに選択権を与えることを強調しつつ、その実、自分の望み(クロエとのセックス)を実現しようとする。ライアンは――母親と同じく――支配欲が強いが、同時に選択を母親ら他者に委ねてきたために責任を負う意志が皆無なのだ。選択権を委ねるのは責任転嫁の手段に過ぎず、自分の思い通りに相手に選択させるように誘導するのである。支配欲が過剰になると、生死のコントロールに行き着くだろう。

(以下では、後半の内容についても言及する。)

クリスは高嶺の花だったレベッカの決定に従うことに喜びを感じていたが、信心深かった自らの母親の考えが今更ながら正しかったのだと思えるようになったとクロエに告げる。すなわち、クロエの抱える問題は時が解決するという考え方に疑問を抱いたのである。その背後にあるのは時とは変化であるという思考である。クロエの精神状態が時の経過とともに和らぐということである。だが、裏を返せば、クロエの精神状態が友人の死をきっかけに異常になったという判断である。クリスは、それは違うと考えたのだ。リサの言うように、クロエには扉が開かれたのである。それは否定すべき事柄ではない。だから、クロエに変わって欲しくないと訴えるのだ(何と素晴らしい父親なのだろうか。クロエが思わずクリスに抱きつくのも納得だ)。ここに時間=変化でない世界が開かれる。リサが言っていた「存在」にとっての時間概念である。

(以下では、結末についても言及する。)

「存在」はクロエの発言からもクロエの亡き友ナディアであると思われた。だが実はそうではなかった。ある出来事をきっかけに、一家は家を去ることになる。その出来事の精神的ダメージによってレベッカにも「存在」を感知する扉が開かれた。家から退去する直前、レベッカが気配を感じてふらふらと鏡に向かうと、「存在」の姿が映っていた。そこでレベッカは気付くのである。ずっと「存在」がクロエを守っていてくれていたのだと(亡くなった2人の友人と一緒にいたクロエだけ助かったのは「存在」のお蔭だった!)。「存在」は時間を融通無碍に越えられるのである。